第四話:覗く顔
「ただの不幸な偶然。そう片付けてしまえばそれだけのお話なのですが、こっくりさんをしたという四人が最後に聞いた声とは何だったのでしょうね? 怪談をよく聞く身としては、やはりそこに何かしらの因果関係があるのではないかと、そんな風にこじつけて考えたりもしてしまうのです。もちろん、こんなこと、お話をされた神代さんには言えませんでしたが」
わざとらしく落としていた声のトーンを元に戻し、見越は世間話をする口調で付け加えるようにそう言った。
「うーん……その声は、別の教室や校庭に残っていた生徒の声が、たまたま気味悪い感じで聞こえてしまっただけ……なんて言い張ることもできるでしょうけど、俺もそんなロマンのない考えは持ちたくはありませんね」
聞かせてもらった話の余韻を脳内で味わいながら、俺は自分なりの感想を口にしてみる。
「子供だましの儀式や根拠のないお呪いと思えるものも、何かしらのきっかけがあったから生み出され広まったはずですから。であれば、実はそこに不思議な力、それこそ忌まわしいモノを呼び寄せる条件のようなものが含まれていてもおかしくはないと思います」
世の中、どんな出来事にもきっかけや理由があるものだ。
呪いのメールやこっくりさんといった、子供の間で広まりやすい噂や都市伝説も、それらが生まれた瞬間がどこかに存在する。
それが本当に単なる悪戯心で生まれたものなのか、触れてはいけないヤバい何かが絡むものなのか。
それは普通に生活をしているだけの人々には、そうそう確認できるものではない。
「なるほど。確かにそうですね。霊が目撃される場所には、目撃されるに至る理由がある。誰かが呪われるには、呪われるだけの理由がある。怪異で例えれば、そんな感じでしょうか?」
「ええ、そんな感じですかね。だからきっと、その不幸に飲み込まれた四人の子も、そうなる理由があったんだと思います。それが具体的に何なのかは、部外者の俺には見当をつけられませんけど」
「……それで良いと思います。見当をつけてしまったせいで、お客さんまで命を狙われてしまっては大変ですから」
冗談口調でそう言葉を返して、見越は暫し運転に集中するかのように沈黙を挟んだ。
そうして、気持ちを切り替えるような間を挟んだ後に、見越は
「――どんなことにも理由がある、と言うのなら……あの話も正にそうなるのでしょうか」
と、意味深な呟きをこぼし俺のことを見つめてきた。
「何ですか?」
言おうとしている内容がわからず聞き返せば、見越はまた前に目線を戻しながら
「いえね、高速道路を走行中に、恐ろしいモノを見たことがあると言っていたお客さんがいたんですけれど、あれもきっと見るべくして見たモノだったのかと、ふと思いまして」
そう言って、こちらのリアクションを探るような間を空けてきた。
「高速道路で? それも怪談ですか? 聞かせてもらえるなら、是非お願いしたいですが」
この流れで無視をするなどさすがに失礼だろうし、怪談であればいくらでも興味はある。
そんな思いであえてわかりやすく話へ食いつくと、見越は「もちろん構いません」と頷いて、小さな咳ばらいをした。
「私もこんな仕事をしている身ですから、他人事として聞き流せないお話だなと思いながら聞いていたのですけど、これもまた三十代半ば程の女性から教えていただいたものになります」
◇◆◇◆◇◆◇
ある冬のことでした。
年が明けてまだ間もない、一月の上旬。
その方、仮に橋本さんとお呼びしておきましょうか、橋本さんは旦那さんが運転する車でご自分の実家へ帰省するため高速道路を移動していたのだそうです。
年末年始は旦那さんがお仕事で休みが取れず、橋本さん本人は車の免許を持っていない。
そんな理由から、お正月明けに旦那さんが連休を貰ったのに合わせて、帰省をすることにしたと。
そうして、時刻は夕刻と言っていましたか。
サービスエリアで休憩を挟みつつ高速道路を走っていると前方に一台、高速バスが走っていたらしいのですが、橋本さんが何気なくそのバスの窓に視線を向けると、そこに何かおかしなモノがくっ付いていることに気がついた。
冬の夕刻ですから、周囲は暗いです。
車はそれなりに走っているため、ヘッドライトの光はあちこちにあるものの、バスにくっ付いているモノはいまいち正体がよくわからない。
バスの内側ではなく、外側。運転席がある車体右側の窓に、それはくっ付くようにして存在している。
橋本さんはバスの飾りかと一瞬考えたものの、そんな物を付けて高速を走るなんて危険なことがあり得るだろうかと思い直し、乗客がふざけて荷物を外へはみ出させたりしているのかとも疑った。
それで、どうしてもその正体が気になった橋本さんは、旦那さんならわかるかと声をかけてみたそうなのですが、問われた旦那さんも不思議そうに首を傾げただけで望んだ答えは得られない。
すると突然、旦那さんはスピードを上げるとバスの横へ並走するように車をつけ、「ここなら見えるか?」と橋本さんへ訊いてきた。
ちょうどくっ付いている何かの真横の位置まで近づくことができた橋本さんは、窓へ顔を付け見上げるようにバスの窓へ目を向けると、そこでようやくそれが何であるのかを理解し、短い悲鳴を上げてしまった。
旦那さんが驚く横で、橋本さんはすぐにバスから離れてくれとお願いし、車がスピードを上げバスを追い越すように通り過ぎるのを待ってから、改めて今自分が見てしまったモノを思い返した。
橋本さんが見てしまったモノは、窓の外側にピッタリと張り付くようにして車内を覗き込んでいた、中年男性の生首。
捩じ切れたような首の断面と妙に青白い肌が、一瞬しか見なかった橋本さんの瞼の奥へ焼き付き、それは何年が過ぎても忘れられない光景となってしまったのだと言っていました。
それで……このお話を聞いた後、私ちょっと気になりましてその首を見たという場所の近辺を調べてみたのですが、どうやらその場所、過去に乗用車と旅行バスが事故を起こし、乗用車に乗っていた男性が死亡しているみたいなんですよ。
ですから、橋本さんが見た男の首は、ひょっとしたらその時に亡くなった男性のもので、未だに自分を死に追いやったバスを探しているのではないのかなと、そんな風に思った次第でして。
こういうのもまた、見てしまうべき理由が過去にあったからこそ目撃してしまった怪異、と呼べるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?