第二十四話:友達の家
「――とまぁ、ひとまずこれくらいにしておきましょうか。恐い話も、不思議だなと感じる話もあったのではと思いますが、いかがでしたでしょうか」
暫しの一人語りを終えた見越は、フッと肩から力を抜くようにして柔らかいトーンの声へ切り替えてきた。
「いや、大変面白かったです。やっぱり、世の中にはまだまだ自分の知らない怪異があるものですね。これだけ多くの人が人生で一度や二度くらいは不思議な体験をしているのに、どうしてそれを追いかけてる俺には一向に霊的現象が寄ってこないのか、何だか不公平な感じがしますよ」
冗談交じりな調子でそんな言葉を返してみると、見越は声を出して笑い
「ギャンブルなんかと一緒ですね。当たれと欲を出して挑む人には掠りもせずに、深く考えもせずにチャレンジした人の方が当たりを出すなんて話をたまに耳にしますし。でも、今夜は何かあるんじゃありませんか? 何せ、今向かっている場所は本当に霊がいると言われているんですから」
そう言って、わざとらしく頭を左右に揺らして見せてきた。
「だと嬉しいんですけどね。どうでしょうか、俺個人には霊感とかないし、側に霊がいても気づけないのかもしれません。逆に、そんなんだからこうして好き勝手に動き回っていられるのかも」
あながち的外れな考察ではないなと、内心で自画自賛する。
本気で日頃から霊が視え、襲われるような体験ばかりを繰り返していたら、余程の者でない限りは懲りて行動を自粛することだろう。
「気をつけて下さいよ。あまり気を緩ませ過ぎて、取り返しのつかない事態へ身を置くことになる可能性だってありますから」
「大丈夫ですよ。これまでだって、何事も起きたことはありませんし。まぁ、出向く場所が場所ですから、呪いや祟りよりも予期せぬ物理的な事故の方には警戒していますけど」
滅多に人が来ない場所を訪れ、怪我で動けなくなったなどというシチュエーションは笑い話にもならない。
そんなことになるくらいなら、まだ霊にとり憑かれ呪われでもした方が身動きが取れるぶん対処のしようがあるというものだ。
「確かに、そういったことへの注意も必要ではありますけれどね」
自分が警告したかった内容を真面目に受け取っていないとでも思ったのだろう、見越の返答はどこか不満そうな響きを帯びているように感じた。
「あー、そうだ。今度は俺の方から一つ、お話しましょう。家に纏わる話になるのかは微妙だし、恐い系でもないんですけど。俺が小学三年の時、隣のクラスの男子が体験した出来事で、当時少しだけ話題になった話があるんですよ」
重い空気に変えるのも得策ではないと、俺はすぐに何でもない風な調子で話の舵を切って逸らした。
「もちろん、お聞かせいただきます。どんなお話でしょう」
こちらの胸中を慮ってではあろうが、見越も何事もないように話へ乗ってくる。
「隣のクラスの男子二人が体験したって言うべきなのかな。名前は確か……うろ覚えですけど、井上と伏見だったと記憶してます。その井上って奴が、伏見の家へ遊びに行った時に体験したっていう話です」
◇◆◇◆◇◆◇
その日、学校帰りに伏見の家へ立ち寄った井上は、二人でテレビゲームをして遊んでいたんだそうです。
伏見の両親は共に仕事で家にはいなかったそうですから、気を遣うことなく自由に騒ぐことができていたんでしょう。
遊んでいる途中、伏見がお菓子を持ってくると言って一度部屋を出ていったらしいのですが、その伏見が出ていったドア、まぁ部屋の入り口のドアですね、ちゃんと閉めていかなかったせいで半開きの状態になっていたそのドアの隙間から、三歳か四歳くらいの男の子が照れたようにはにかみながら井上の方を覗いているのを発見したそうで。
あれ? 伏見って弟いたのか。
何だ、それなら部屋に入れて一緒に遊んでやれば良いのに。可哀想じゃんか。
頭を丸坊主にしたその男の子へ、井上はおいでおいでと手招きをしてみたのだそうですが、男の子はどうしようかと逡巡する様子を暫し見せ、結局そのままドアの前から離れていなくなってしまった。
それとほぼ入れ違いに部屋へ戻ってきた伏見に、井上は「弟いたんだな」と何気なく訊ねてみると、伏見は少し驚いた様子で「何で知ってんの?」と問い返してきた。
「いや、お前が戻ってくるちょっと前まで、ドアの隙間からこっち覗いてたの見つけてさ。可哀想じゃん、一緒に遊んでやろうぜ」
自分に気を遣って他の部屋で大人しくさせていたんだろうと推測した井上がそう提案すると、伏見は一度ドアの方を振り返った後、何故か少しムッとした表情になりながら再び井上を見つめてきた。
「井上、お前そういうの止めろよ。さすがに最低だぞ」
「え? 何がだよ。だって、弟一人だけ他の部屋に置いとくなんて、可哀想だろ? おれは別に気にしないし、一緒に交ぜてやれば良いじゃんか」
どうして伏見が怒りだしたのか今一つわからず、井上は訝しみながら反論すると、伏見は
「俺がいない間に、他の部屋勝手に入ったんだろ?」
更に詰問するような口調でそう言って、井上を睨んだ。
問い詰められた井上は、必死に首を横へ振ってそんなことしていないと訴えたが、伏見は信用してくれる気配はない。
「ずっとここにいたよ。弟が自分からそこまで来て、部屋の中覗いてきただけだって。坊主頭にしててさ、可愛らしい弟だなって思って。そんで手招きしたらいなくなっちゃったからさ。それだけだよ」
あんまり良い空気じゃなくなってきたことを察した井上は、内心喧嘩になるんじゃないかとヒヤヒヤしながら弁明していたが、伏見はフッと怪訝そうな面持ちに表情を切り替え、
「坊主頭?」
と、井上の言葉を反芻するように繰り返し、何事かを考えるように数秒視線を下に落した。
そして、
「なぁ、ちょっとこっち来て」
突然立ち上がりながらそう言うと、伏見は井上を座敷の部屋へと連れて行いくと、そこにあったある物を指差した。
「あ……」
伏見が指し示す先にあったのは、先程見たばかりの男の子が写った遺影。
ただ、唯一違っていたのは遺影の中に写る男の子は丸坊主ではなく、普通に髪が伸びているということ。
「俺の弟、三年前に交通事故で死んだんだ。あの写真は事故に遭うよりずっと前に撮ったやつで、事故の時は坊主にしてた」
状況がうまく掴めず、呆然と遺影を見つめる井上に、伏見は暗い口調で説明するように言葉をかける。
「さっきは、お前がこの写真見つけてふざけてんのかと思ってたんだけど、弟が坊主にしてたのは知ってるはずないし、あれぇ? って思って。……お前、本当に坊主頭にしてる弟見たのかよ?」
井上は、自分が見た弟の容姿をもう一度説明し、遺影に写る男の子で間違いがないと付け加えた。
その後、二人は部屋へと戻ったものの、またゲームをして遊ぶ気分にはなれず、適当なタイミングで遊びを切り上げ、井上は伏見の家を後にした。
それから、一週間も過ぎた頃。いつも通り登校してきた伏見は、教室へ入るなり真っ直ぐ井上の元へ行き、こんなことを言ってきた。
「なぁ。俺さぁ、お前が弟を見たって言った日から、ゲームやる時は弟の写真に一緒に遊ぶかって声かけてからやるようにしてみたんだよ。コントローラーも毎回二人分用意してさ。そしたら昨日なんだけど、俺がゲームの途中でトイレに行って、また部屋に戻ってきたらさ、ゲーム画面が勝手に動いて切り替わってたんだ。ストップさせてからトイレ行ったし、親は仕事でいないから他に勝手に触る奴なんていないのにだぜ? これって、俺が部屋から出た間に弟が遊んだってことなのかな?」
問うように言われた井上は、ドアから遊びたそうに中を覗いていた弟の顔を思い出し、
「たぶん、そうだと思うよ」
と、答えた。
言葉にはしなかったものの、弟はきっと兄ちゃんと遊べて嬉んでるんだろうなと、そんな風にも思ったんだそうです。




