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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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夏の夕暮れ

 今から約二十年前の夏、東北の山中に建てられたとある別荘で、殺人事件が起きた。


 夏季休暇を利用しその別荘を訪れていた家族五人、両親と娘の三人が何者かによって惨殺され、休暇を終えても出勤せず連絡が取れないことを不審に思った父親が勤める会社の上司が警察へ相談をしたことで、この事件は発覚した。


 警察が別荘を訪れた時には、死後一週間以上が経過しており、遺体はどれも腐敗が進みかなり凄惨せいさんな現場と化していたという。


 この殺戮さつりくに及んだ犯人は未だ捕まっておらず、世間では現在も未解決事件として扱われている。


 そして、メディアによりこの事件が世間に知れ渡ると、一時期の間、物好きな若者たちと不謹慎な一部のマニアが興味本位で別荘へ足を運ぶことが頻発したそうで、いつしかこの場所は殺された家族の霊が出ると噂される心霊スポットになってしまった。


 身体の崩れた娘が奥の部屋から這い出てくるのを見た。


 犯人を恨む父親が、悪霊になって訪問者を無差別に呪い殺す。


 自分が殺されたことを自覚していない母親が、血まみれの姿で別荘内を徘徊している。


 といった、誰が初めに言いだしたのかわからない好き勝手な噂が、事件当時のネット掲示板に未だ削除されることなく残り続けているのが現状だった。


 その真相を確かめる……と言うのは建前で、俺は自分の知的好奇心を満たしたいという目的のためだけに、現場へ赴こうと行動を起こした。


 小学生の頃から、心霊番組が大好きだった。


 中学になるとオカルト本を見つける度に買い漁ることを繰り返した結果、部屋の本棚の一角を奇抜なタイトルの本が占領する光景ができあがり、家族を呆れさせたりもした記憶がある。


 そして、高校二年の夏辺りから近場の心霊スポットや近所にある墓地へ夜に足を運ぶという、普通の感覚をした人間からは奇行と思われかねない行動をするようになった。


 それから五年。


 大学への進学を金銭的理由で諦めた俺は、地元で無難に就職をした。


 そうして、自らで稼いだ金で気兼ねなく遠出をできる立場になったことにより、連休の度にネットや本で調べた曰くつきの場所へと旅行をする生活を満喫するようになる。


 そういった経緯で今回選んだ目的地が、過去に謎の殺人事件が起きた別荘というわけで。


 始発の電車で目的の駅まで移動し、日中は目についた店で適当に昼食を食べ、目的もなく見知らぬ町の散策を楽しんだ。


 そうこうしているうちに時間は過ぎ、時刻を確認すれば夕刻の六時を回った頃。


 俺は駅前まで戻ってくると、客待ちをしているタクシーへ近づき乗りますという意思表示で、目を合わせて軽くお辞儀をした。


 運転席に座っていたのは、六十代くらいと思しき初老の男。


 若干日焼けした様子の肌と、白髪が多く混じった髪を綺麗にセットしているその見た目で、どこかの会社の上層部にでもいそうなイメージを抱きそうになる。


「ご利用ありがとうございます。どちらまで行かれますか?」


 後部座席のドアが開き、俺が乗り込んだのを確認した運転手は、バックミラー越しにこちらを見ながら声をかけてくる。


 知的で落ち着きを感じる声だなと胸中で評価をしながら、俺は今回旅をする目的となった別荘の名と住所を告げた。


 それを聞いた運転手は、一瞬きょとんとしたような表情を作り、それから業務用と思われる笑みを大袈裟に貼り付けてから、やんわりと言葉を返してきた。


「お客さん、一応確認させていただきますが……そこ、どういった場所かご理解された上でおっしゃっていますか?」


 見せる笑みとは裏腹に、その声音は全くほがらかさを含んでいない。


 地元の人間なのだろうか。恐らくではあるが、この運転手も俺の告げた行き先にまつわる不穏な噂や過去の惨劇を把握しているのかもしれない。


 そう思いながら、わざとらしく意味深な笑みを浮かべて返事をすると、運転手は困ったように唸った後、


「私も仕事ですから、断りはしませんが……もう暗い時間ですし、ここからだとそれなりの距離がありますよ? あそこは、山中にあるもので。途中の道は悪路にもなっております。そうですね……大体一時間半くらいは覚悟していただかなくてはいけませんが、それでもよろしいですか?」


 と、忠告するようにこちらの意思を確認してきた。


 正直、そこへは行けない、またはやめておいた方が良いといった拒絶の反応を返されるかと危惧していたため、俺は内心で少し面食らいながらはっきりと首を縦に振った。


「構いません。どうせ今夜はその別荘へ行くこと以外に予定は入れていませんし、実のところ宿すら取ってませんから。運転手さんには面倒をおかけしますが、時間なんていくらかかっても問題ないので、どうかよろしくお願いします」


 ここで思い直せと諭されていても時間が惜しい。


 勢いで話を押し切ってしまおうという魂胆も滲ませながら俺が言うと、運転手は数秒だけ思案するような間を空けてから「そうですか」と短い返事をして視線を逸らした。


「そう言うのでしたら、私に止める権利はありませんのでご案内させていただきますが、帰りはどうなさるおつもりですか? あの辺りは民家もなければ外灯すらほとんどない場所ですよ? 確か、携帯電話の電波も入り難いと聞いたことがありますし、徒歩で戻られるのはかなり難しいかと思いますが」


「ああ……それは、たぶん大丈夫かと。俺、今までにもよく色んな似たようなスポットへ出かけているんですけど、大抵どうにかなりましたし。道さえあるなら、そこ歩いてればいずれ電話が通じる場所にも出られるでしょうし」


 慣れない土地の、それも夜の山中を一人で歩くことがどれだけ非常識でリスクの高いことか、そんなことは人に言われなくとも充分に理解はしている。


 それでも、もし諸々のリスクを抱えた上での行動を起こした結果、何かしら怪異と遭遇できれば儲けもの。


 本当かどうかもわからない他人の恐い話を聞いているより、余程有意義で貴重な経験ができる。


 そう考えれば、漆黒しっこくに包まれた山中を一人歩くことくらい、どうということもない。


「おかしな奴だと思われてしまうでしょうが、俺はオカルト……まぁ心霊関係の話題が唯一の趣味でして。恐怖にまつわる体験を得られるなら、どこへだって飛び込んでいくんですよ」


 さすがに引かれるだろうなと思いつつも言わずにはおれず、俺は得意気に顔がニヤつくのも構わずにそんなことをカミングアウトすると、どういうわけか運転手は面白そうに肩を揺らし、「そうですか。それでしたら、何も問題はなさそうですね」とあっさり理解を示す反応をしてみせてきた。


「では、いつまでもここにいても到着が遅くなってしまいますし、ひとまず出発を致します。私、見越みこしと申します。安全運転で参りますので、どうぞよろしくお願い致します」


 会社のマニュアルなのだろう、まるで定型文のような言葉を吐き出してから、車はゆっくりと走り出し道路へと出ていく。


「今ぐらいの時間帯だと、会社帰りの車とかもっと走っててもよさそうな気がしますけど、この辺りはそれほど交通量は多くないんですか?」


 ただ沈黙しているというのも息苦しいと思い、車窓から眺められる景色をネタに話を振ると、見越と名乗った運転手は「そうですねぇ」と前方から視線を逸らさぬまま返事をしてきた。


「まぁ、都会みたいに人口が多いわけではありませんし、ここらはこれくらいが普通ですかね。老人も多い地域ですから、夜は家の電気が早く消える家庭も珍しくありません。七時くらいには全員寝てしまう家もあるくらいで」


「ああ。確かに、お年寄りは早寝する方もいると聞きますもんね」


 よくある話だなと内心思いつつ愛想笑いで頷きを返すと、走り始めてすぐ、駅前にあった信号が赤に変わって車が止まるのに合わせ、見越はバックミラーで俺を一瞥し、僅かに声のトーンを落としながら言葉を続けてきた。


「ええ、そうなんですよね。……ただねぇ、過去に一人、まだ全然若いのに夜になるとすぐ眠くなって困ってたことがあるって、お話をされてきたお客さんがいましてね。私、その話を詳しく聞いた後、ああ……そういうこともあるのかって思っちゃいまして」


「……? はぁ」


 いきなり何の話だろうか。


 そう思いながら困惑を混ぜ込んだ相槌あいづちを返すと、見越はまた俺をチラリと見て薄い笑みを浮かべた。


「いやね、今お客さんと話をしていて、ふと思い出したんですよ。心霊体験と言いますか……まぁ、怪談みたいなものなのですが、あんな場所へ行かれるお客さんなら、そういうのに興味があるのかなと思ったのですが、お聞かせしましょうか?」


「怪談……? 恐い話ですか。それは、興味がありますね。普段からインターネットや本なんかで色んな話をあさってますから、聞かせていただけるなら是非」


 急な話題の舵切りに一瞬思考が置いていかれそうになったが、俺はすぐに状況を理解し賛成の頷きを返した。


 俺の告げた言葉に満足したか、見越は得意気な笑みを口元へ浮かべ、


「わかりました。私、この仕事が長いもので、これまでに多くのお客さんから色々と不思議なお話を教えていただいたりしているんですよ。ですから、目的地に到着するまで退屈しのぎくらいのお役には立てるかもしれません。……ええと、そう、寝るのが早いというお客さんのお話です。いつでしたかね……今から、二年前の冬になるでしょうか。年の瀬が迫った十二月、クリスマスイブの夜に乗せたお客さんが、こんなお話を聞かせてくださったんですよ」


 信号が青になり、再び車が走り出す。


 それを合図にするように、見越は静かに過去に聞いたという話を語り始めた。

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