悲しいから蝉のように鳴いた
「暑いね」
「もう何回も言ってるよね、このフレーズ」
「怜はそれでも涼し気に見えるよ」
「あら良い子」
水と怜は、怜が水の家に宿泊した翌日、一緒に登校していた。途中で、怜の家に寄り、お泊りセットを置いてから学校に向かう。ガードレールの中、細い道は急勾配だ。ふう、と額の汗を拭う。
「今年は雨も少ないから、水不足になるかもって。お父さんが」
「ああ。水道局にお勤めだったわね」
「うん」
道に影を射す樹影が、揺れている。蝉の声はどこまでもわんわんと響き、この坂道には果てがないような気がしてくる。マグリットの『光の帝国』だったか。外から家々と空を切り取った影絵のように描いた作品は。あれを思い出す。
「夜、酔いが回ると、ダムの貯水量とかの話になるの」
「職業病ね……」
「三木のこと、どう思う?」
これは台詞だけを取ると結構な問題発言だと怜は思いつつ、水の質問の真意は解っている。貴弘を好いているという男子の話に通じる。
「仲介してくれとかじゃないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、貴弘には何も言わないが良いわね。いずれ、その人が何とかすべき問題だわ」
「うん……」
蝉ってどうして鳴くのかな。つがいを探しているから。どうしてつがいを探すのか。子孫を残す為。ならばどうして子孫を残す必要があるのか。
水は、自分の疑問を突飛だと感じる一方で、この問題は一考の余地があると感じた。
なぜなら、柳原はどうやっても、貴弘との間に子孫は残せない。それならどうして鳴くのだろう。つがいを求めて、鳴くのだろう……。
学校に着くと、既に制服のシャツが汗で背中に貼り付いていて不快だった。
教室に入ると、貴弘の姿が飛び込んで来る。イケメンの目が真っ先に水を捉える。このあたりで胸の鼓動の一つでも鳴れば良いのだが、水にその気は皆無。寧ろ柳原が今の自分であればと考える。
柳原は、水に何も求めなかった。ただ、貴弘と親しい水に、苦しい想いの丈を打ち明けたかっただけなのだ。きっと、柳原は、自分の恋に見切りをつけている。彼は聡明な少年だ。その聡明さが、今の水には遣る瀬無かった。
掃除時間、水が運ぼうとする机を、貴弘が代わって運んでくれた。こういう時は親切だ、としか感じないのが水という少女だ。天然だ。
「三木。男性が男性のこと、好きってどう思う?」
きっと、一笑に付されるだろうと考えていた水の質問に、貴弘は意外に真顔で思案する様子を見せた。
「きしょい。……って言い切るには、本人には切実だよな」
そう言って、もう一個、机を運ぶ。運びながら考えているようだ。
「色々、きついと思うよ。今のご時世、寛容になって来たとは言え、まだまだだろ。例えば身内にそういう人がいたら。……悪いけど、俺はひく。でもさ。でも、そんな俺も、ひかれた相手のほうも、……悲しいよな」
貴弘は、水が求める以上に真剣に考えて答えてくれた。ああ、そうか。悲しいのだ。悲しいから、きっと、柳原は蝉のように鳴く代わりに、水に打ち明けたのだ。




