プリントを拾ってあげたら赤信号
怜は形の綺麗な瞳を丸くした。
「あら。まあ」
髪の毛をいじる手も止まる。水は、言って良かったのかどうか、今更になって考えていた。けれど自分の胸一つに仕舞っておくには重過ぎる。だから怜を引っ張り込んだ。少女は利己的な生き物だ。
「それで、誰が貴弘を好きなの?」
「言えない」
「そうよねえ」
クーラーの効いた部屋で、それでもゆるゆる団扇を動かしながら怜はおっとりと言う。団扇は濃紺の和紙で、蛍の絵が描かれてある。
「でも、苦しい恋ね」
「だと思う。三木は好きな女子がいるって言うし。今の時代、性に寛容になって来たって言っても、まだ風当り強いでしょ」
「好きな女子ね……」
「怜は知ってるの?」
「うん」
「誰? 美奈子? あかり? 翔子?」
「次々名前が出てくるところが、あいつのチャラ男ぶりを裏付けてるわね。でも、その誰でもないわ」
「……男に宗旨替えしないかな」
「それ貴弘に言わないようにね。あいつ、泣くわよ」
「何で。そんなナイーブじゃないでしょ」
「男って結構、弱っちくってナイーブなのよ。さ、もう寝ましょ」
はっ、と水の頭にある考えが浮かんだ。そうだ。どうしてその可能性に気づかなかったんだろう。
「三木が好きなのって、怜?」
「この天然さんめ」
「何でよー」
布団に横たわってからも、水は中々、寝つけなかった。部室での出来事が蘇る。蝉の声を背景に、柳原が貴弘への苦しい想いを打ち明ける。
プリントを拾ってあげただけだったんだ。
柳原は、貴弘が廊下で落としたプリントを拾ってあげただけだった。その時、貴弘は満面の笑顔で礼を言った。それで、それ以来、心臓がおかしくなった、とは、柳原の言である。
隣の布団の怜はもう寝たらしく、静かな寝息が聴こえる。
水には、恋愛感情がまだ解らない。
保育園の時に好きになったみっくんは、多分計算に入らないだろうし。
例えば今、みっくんが成長して、水が落としたプリントを拾ってあげたとしたら、水は恋に落ちるのだろうか。……落ちない気がする。
いつの間にか寝入った水は夢を見た。
みっくんと、貴弘と、柳原が手を繋ぎ、輪になって踊っている。みんな、いつの間にそんなに仲良くなったのか。私も入れて、と言うと、女子は駄目なのだよ、と柳原にしたり顔で言われた。水は悲しかった。そんな夢だ。




