あの人の好きな君
文芸部の部室の戸を開けて、閉めた。
水の心臓はまだ落ち着かない。足早に教室に戻ると、丁度、怜と貴弘が喋っているところだった。水に気づいた二人の話が途絶える。
「水、早いわね」
「図書委員の仕事は?」
「今日は私は当番じゃないから。水を待ってたの」
二人の会話を見るともなしに見ていた貴弘に水の視線が向く。お、と貴弘が構える。
「ねえ。三木は好きな人いる?」
これには怜も貴弘も固まった。好きな人も何も、水こそがその相手だからである。
「……いる」
「女? 男?」
「何だよその質問は。女に決まってるだろうが」
「……だよね。ねえ、怜。今日、うちに泊まらない?」
「ええ? 良いけど、それならお泊りグッズ、取りに私のうちに寄らせてよ」
「うん」
「なあ。俺の好きな女が何だってー?」
「あ、その件は私の中で納得した。ご苦労」
些かも納得していない貴弘は酷い仏頂面だ。
水は構わず怜と一緒に下校し、途中で怜の家に寄ってから帰宅した。蝉の声に混じり、鈴虫の音が聴こえた。暑い暑いと思う間に、季節はもう秋の準備をしているのだ。
女子同士のお泊りは、特別な感がある。
一緒にご飯を食べて、入浴する。生きる、ということを分け合うような、くすぐったい感覚。
怜は冬瓜のそぼろあんかけが好物で、食卓を見て歓声を上げていた。水の母が嬉しそうに目を細くする。娘が増えた気分なのだろう。外の空気が茜色から紺色に移り変わる。室内にいても窓の硝子越しにそれが判る。
「で? 貴弘の好きな人が何だったの?」
夜、水の部屋に布団を二組並べ、怜が長い髪をいじりながら、からかうように尋ねる。
電灯の色は暖色で、どこか秘密の話めいた会話に似合っている。蝉、まだ鳴いてる。でも、鈴虫も。そんなことを思いつつ、水は怜に打ち明けた。
「男性で、三木のこと好きな人がいる」