チョコチップクッキーは歓迎される
水の通う高校は進学校なので、二年生でも夏休みの課外授業もあるし、宿題も多い。それでも夏が盛りとなるにつれ、夏休みに向けての浮かれ気分は学生たちの間に漂った。そしてその空気に感染するのは、水も例外ではなかった。元々、成績は良く、宿題も早めに済ませる性分なので、勉強方面に関する憂鬱はない。怜も、割と何でもそつなくこなすタイプだったので、二人で夏祭りの話などで盛り上がった。
少女二人が話に花を咲かせている間、貴弘は机にへばりついている。
成績は中の上。
出来る水たちと違って人並みに課外や宿題が嫌いなのだ。顔を上げてちらりと水たちを見るとまたぱたりと伏せる。しょうのない奴、と水は思った。
今日も暑い。蝉の威勢は言わずもがな。そんなに気張ってどうすんのよあんたら、と水は内心で毒づく。リノリウムの廊下を歩きながら、眩しい日光をやや恨みがましく見る。文芸部の部室は二階の東端にある。
「こんにちはー」
「うむ、こんにちは、水道氏」
角ばった物言いで水を迎えたのは、部長である三年の柳原哲司だ。理知的で端整な風貌は、特徴的な物言いを差し置いて女子生徒に人気がある。彼目当てで文芸部に所属している女子も少なくはない。この人って見た目が涼し気だよなと思いつつ、部室を見渡す。部室内には他に人はいない。弱小とは言え、柳原効果でそこそこ部員のいる部としては珍しい。
「今日、人いませんね」
「うむ。なんのかんので皆、出払っている。水道氏、茶を飲むかね」
柳原が部内に置かれた小さな冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出す。
「あ、すいません」
「いや。僕も自分の緊張をほぐしておきたかったところだ」
「緊張?」
「生憎、茶菓子はないが」
「それなら」
水は学生鞄からチョコチップクッキーの入った袋を取り出した。
「これ、どうぞ」
「……包装からして水道氏が焼いたのか」
「はい。美味しいと良いんですけど」
柳原が今日の快晴のように満面の笑みを見せた。
「水道氏の焼いたクッキーだ。美味しいに決まっている! さあ、茶だ。よく冷えているぞ」
湯呑みだけでなく、茶托まで添えてあるところが柳原の性格を物語っている。
「ありがとうございます」
「いいや。さっき、僕は緊張していると言ったね」
「はい」
「なんのかんので皆、出払っているとも」
「……はい」
「皆がいないのは僕がそう計らったからだ」
「え? どうして……」
「うん。その、どうしてか、が緊張の理由だ。つまり」
柳原が掛けてもいないのに眼鏡のブリッジを押し上げるようなポーズをした。
「つまりだな――――――――」
言葉の続きを、柳原は中々口にしない。