更紗小紋
更紗は、インドを起源とする木綿につけられた文様である。
アジアを始めヨーロッパなどにも類似の作品が製作されている。戦後、絹地に更紗を施すという現代の江戸更紗の基礎を作った職人が元となり、伝統の技とモダンで現代にマッチした色合いを融合させた。とにかく工程に手間がかかり、志摩子などはこの先、更紗が生き残ってくれるか解らないと本気で心配して、めぼしい物を見つけては買っている。
これは水の祖父、つまり志摩子の夫が繊維会社社長の任に就いているから可能なことだ。志摩子に着付けされながら、水は祖父の懐の広さと気苦労を思いそっと心の中で手を合わせた。死んではいない。気持ちの問題である。
水一人でも着付け出来るのだが、やはり餅は餅屋である。
「うわ、笠島さんの帯じゃん」
合わせられた水色の、魚の刺繍が施された帯を見て、水が声を上げる。笠島さんとは、伝統的な手法を基本としながら、色使いや図案などに洗練された刺繍の世界を表現する職人で、当然、その価格も相応にする。
「そうよ。うふ。それにね、水、腕上げて。それとは別に、一目惚れした帯、こないだ買っちゃった」
「……訊くの怖いけど、いくら?」
「百万」
うわー、おじいちゃん、頑張ってーと、水は胸中で叫んだ。
「水の花嫁衣裳が今から楽しみね。白無垢が良いかしら? それとも華やかに加賀友禅?」
「気が早いよお」
「そんなことないわよ。時間が経つのなんてね、あっという間なんだから。その証拠に、私の中では水は、ついこないだ生まれた感覚よ。よし、出来た。呼ぶのも面倒だし、代に見せてらっしゃいな。汚さないようにね」
「はあい」
リビングに行くと、胡坐を掻いた上にジャムを乗せて雑誌を見ていた代の肩をトントン、と叩く。
「うん? おー。良いじゃん」
「そう? 着物負けしてないかな」
「ないない。夏祭りにもそんなんで行くと良いかもな」
「上等過ぎるって」
「ばあちゃんの教室の宣伝にもなるしさ。よおし。可愛い妹の為に簪でも買ってやりますか!」
「ほんと? いやでも良いよ、高いでしょ。おばあちゃんに借りるよ」
「一つくらい自分の持っとけよ。これでもお前の兄ちゃんは小金持ちだ。任せなさーい」
夏祭り、と聴いて、華やいだ神社の境内や花火、屋台の匂いや林檎飴などを思い浮かべる。怜と一緒に行ったら楽しいだろうな、と、そんな気持ちが顔に出ていたのか、代が水の頭にポンポン、と手を置いた。
「夏祭りには、保護監督役、兼、財布として俺もついてってやるよ」
「おお。ラッキー」
しかしふと心配になる。
「代兄。彼女作りなよ。一緒に夏祭り行きなよ」
「うん。出来たらそっちを優先するさ」
さらっとした返事に、これはあんまりその気がないなと水は思った。