兄の名は
文芸部の部活を終えた放課後、薄い青からオレンジに染まりそうな空を横目に、水は怜と一緒に廊下を歩いていた。靴箱に向かう途中、張り出された水の絵を見た。金色のシールが、わざわざ貼ってある。
「よく描けてるね」
「こんな美人じゃないし。あいつの妄想でしょ」
「妄想にしろ、さ。喜んでおいて損はないと思うよ?」
「……」
蝉はまだ鳴いている。
最近の蝉は夜にでも鳴く。水は、余り蝉が好きではない。
「水道ちゃんさ、貴弘のことどう思う?」
「うざい」
「一刀両断だね」
何が可笑しいのか、怜がくすくす笑う。そんな様も絵になるから、美人は得だと思う。怜は褒めてくれたが、本当に美人なのは怜のほうだ。
「暑いね」
「夏だよねー」
家に帰ると、まだ風呂が沸いていなかったので、まずシャワーを浴びた。飼い猫のジャムが廊下に出た水の脚に纏わりつく。白い長毛種のジャムの名前は水がつけた。その日、たまたま食べたミルクジャムがとても美味しかったからだ。
「水、夕ご飯前にお風呂沸くと思うから、代と交渉してちゃっちゃと入ってね」
「代兄、帰ってんの?」
「そ。全く、もっと早く連絡すればこっちも準備があるのに」
水の兄、水道代は、大学生で、普段は一人暮らしをしている。たまに気紛れにふらりと帰って来るので、母は喜びながらも不満を持つという複雑な心境になるようだ。ジャムがすりすりと身体を擦りつける。毛が、脚にくっつきそうだ。
「お母さん、ジャムにご飯あげるよー」
「はいはい、お願いね」
ジャムのお気に入りの缶詰を皿に出してやると、すごい勢いで食べ始める。やはり空腹だったらしい。
「お。水、お帰り」
「代兄。代兄もお帰り」
二階から一階に降りて来た代が、にっこり笑顔になった。