拳三つ分の距離
それに気づいたのは貴弘が先だった。水も違和感を覚える。
「あれ?」
「はぐれたな……」
いつの間にか怜たちの姿が見当たらない。携帯でラインメッセージを送るが、広い境内のこと、互いに自分たちの居場所が解っていない。しばらくは別行動で、後で寺の正面入り口で落ち合おうということになった。そのことを水が貴弘に伝えると、貴弘はなぜか小さくガッツポーズを作っていた。水にはその理由が解らない。頭がのぼせてきたのだろうか。
「三木、頭大丈夫?」
「失礼なことを真顔で訊くな。おら、次の店行くぞー」
心なし、機嫌が良い。やっぱり貴弘はよく解らない。けれどあちらもそう考えているかもしれないのだからお互い様だ。蝉は相変わらず鳴き続け、人いきれでむっとする。水はふらついて、たたらを踏んだ。
「おい、大丈夫か」
貴弘が真剣な声で心配している。大丈夫、と答えようとして、口が上手く回らない。貴弘が水の細い手首を掴んだ。
「お前、熱中症じゃないのか。ちょっと、歩くぞ。無理ないようについて来い」
「うん」
貴弘は水を蚤の市が開かれている境内から外に連れ出し、自動販売機前まで連れて来た。清涼飲料水を買い、水に渡す。持って来たジュースはとうに空になっていた。
「ほら」
「ごめん、ありがと……」
石造りの長椅子は雲母が所々きらりと光る。貴弘は、その椅子に水を座らせた。丁度、その場所は後ろに立つ桜の樹の影になり、日向よりも格段に涼しい。水は膝に顔を伏せ、体内の熱と不快を遣り過ごした。
「秋山たちと早めに合流したほうが良いかもな」
「でも、邪魔したくない。今の私がいたら、足手まといになるから」
水の主張に、貴弘は眉尻を下げた。困り顔が可愛い。どこかの洋犬みたいだ。水の唇に微笑が浮かぶ。柳原が貴弘を好きになるのも、何となく解る気がした。
「なら、俺だけは付き合ってやるよ。別に邪魔じゃねえし」
「案外、良い奴」
「一言余計だ」
それから貴弘は、本当に辛抱強く、水の容態が快復するまで隣に座ってじっと待ってくれた。最初はなぜか立っていたので、水が座るよう促したのだ。貴弘は素直に座ったが、水とは拳三つ分くらいの距離が空いていた。
「三木の好きな子ってさ」
ぶっ、と貴弘が飲んでいたコーラを吹き出した。ゲホゲホと咳き込んでいる。
「え、大丈夫?」
「お前、調子戻って来た途端にそれかよ」
「だって気になるもん」
「……気になるの?」
「うん」
水の脳裏に柳原の顔が浮かぶ。本当なら柳原が貴弘と一緒にはぐれたら良かったのだ。そしてなぜかまた少し貴弘の機嫌が良さそうなのが不思議だ。
「どんな子? 可愛い?」
「――――可愛いけど外見で惚れたんじゃねえし」
「どこに惚れたの?」
「……そいつ素直な良い奴なんだよ。けど、すごい天然でさ」
「うんうん。いるよねー、そういう子」
「想いが伝わらなくて、時々苦しくなる」
貴弘は本当の恋をしているのだと水は思った。
「思い切って告白したら?」
「したが良いかな」
「うん。絶対。三木ならきっとOKだって」
貴弘が水に真っ直ぐ視線を据えた。怖いくらいに真剣な光が宿っている。
「水道。俺さ、」
「あー、いたいた。二人共、無事?」
怜の声が響き、貴弘の肩ががくりと落ちた。ラインで経過報告していた。心配して来てくれたらしい。