蚤の市
水の住む街には、寺社仏閣が多く、蚤の市も盛んである。太陽の暴力的な陽射しから客と品物を守るように張られたテントの下、水と怜は浴衣を物色していた。祖母に頼めば上等の逸品を提供してくれるに違いないのだが、こうした場所で、自分たちだけの力で掘り出し物を見出すのも心躍ることなのだ。熱中症にならないよう、ジュースや水の入ったペットボトルをしっかり持参している。
「何であんたまで来るかな」
水は貴弘を横目で一瞥する。
ブランド物の、品の良い無駄に爽やかなTシャツを着て、下はジーンズだ。癪なことに見栄えする。夏の照りつける光が貴弘に石膏像のようなコントラストをつけている。
「俺だって浴衣欲しいし。誘ったのお前だろうが」
貴弘がむっとした口調で言い返す。怜はおっとり笑っている。
「じゃあ、これなんかはどう?」
「お、お嬢ちゃん、お目が高いねえ」
「蜘蛛の巣に髑髏って、どんだけ俺を悪目立ちさせたいんだよ」
「お兄ちゃん、これは大正モダンだよ~」
店の主人がハタハタと団扇を煽ぎ、薄くなった白髪をそよがせている。
「あ、この櫛、可愛い」
「ほんと。螺鈿? 水に似合いそう」
「そしてあっさり俺を置いて行くな」
「煩いなあ。ついて来たいって言ったの、三木でしょー」
櫛や簪など装飾品の類も、かなりお値打ち価格で売られているが、目の肥えた水には、これぞとまで思う物が見当たらない。代の言葉を思い出してもいた。
物色にも疲れ、木陰で飲み物を飲んで小休止しようと話している時だった。
「あら? あれ、柳原先輩じゃない?」
怜の声に、彼女の見る方角に、水も貴弘も目を向ける。
グレーの清潔感あるシャツに、白いジーンズを合わせた柳原と、赤ともオレンジとも取れる、目の覚めるような美しい色彩のワンピースを着た女性が並んで立っている。女性は縁にレースのついた、白い日傘を射して、見た目にとても涼やかだ。一目で高価な装いと知れる。
「恋人か」
ぽつりと呟く貴弘の声が、水の耳には痛い。柳原の気持ちを知る者として、貴弘にそんな誤解をして欲しくなかった。
「お姉さんかもよ」
「男兄弟だけって聞いたことある」
苦し紛れの水の言葉も、あえなく一蹴される。
やがて柳原がこちらに気づき、手を上げかけ、貴弘を見て、下げた。困惑している様子だ。隣の女性を見て、何やら考え込んでいる。すると女性のほうが水たちを見て、柳原の腕を引く。こちらに来る。すわ修羅場かと水は身構え、嫌な汗を掻いた。
「こんにちは」
綺麗な口紅にグロスが品よく煌めく。ソプラノも美しい。
「従姉だ」
柳原が、何はともあれ、と言ったように素早く紹介する。確かに、顔立ちに通じるものがある。怜や貴弘、水はそれぞれ折り目正しく挨拶した。
「みんな、とても可愛いのね」
彼女の口調は少しも嫌味がなく、すっと胸に入ってくる。
「良い浴衣がないか、見繕ってもらっていたのだよ」
これも柳原が素早く言い添える。女性はちょっと目を瞠り、それから得も言われぬ美しい微笑を浮かべた。それからは、何となく流れで共に動くことになった。苗子と名乗る柳原の従姉は、水たちに遠慮せず、けれど少しも押しつけがましくない態度で接した。水は、将来はこんな大人になりたいと思った。同時に、きっとなれないのであろうことも解っていた。苗子と水の間には、はっきりとした線引きがされ、水の将来の分岐は違う方角にあると示している。自分は何者になるのだろう。何者になれるのだろう。水は考えた。従姉であれば、恋愛関係にもなれる。その点を貴弘がどう受け取っているかまでは思案の外だった。