ピアスと紅型とエゴ
代が大学の長い夏休みをここぞとばかりに有効活用して友人たちと沖縄旅行に行った。水がその話を聴いたのは、当の本人が実家に帰省して土産を並べた時である。
ちんすこうやサーターアンダギーなど女性受けしそうな物から、父や祖父が喜びそうな泡盛の古酒、ミミガーなどもある。抜かりがない、と水は思った。代はその後、自分の部屋に水をおいでおいでと手招いた。
「代兄、焼けたね」
「おう。あっちの海は透明度がすごいぞ。何だかな。あんまり綺麗だからはしゃいだ後はその反動みたいに神聖な気持ちになる。水も一度は行ったら良い」
ほい、と手渡されたのは、握り拳大くらいはある貝に透かし細工を施した物だった。コンセントに直接、繋ぐとランプになるらしい。
この土産に水は喜んだ。
「嬉しい。ありがとう!」
「どういたしまして、お姫様。宿題は?」
さらりと訊いてくるのは、水をからかいたいのではなく、出来の良い妹への信頼からだった。
「順調に消化してるよ」
「うん。お前ならそうだと思った」
「大学って宿題ないの?」
「民俗学とかで多少の課題は出たけどな。ほとんどなし。大学が人生の夏休みって言われる所以だな」
「羨ましいなあ」
「水は勉強を苦にするタイプじゃないだろ?」
「面倒は面倒だよ」
「その程度で済んでるってことさ」
磊落に笑われると、悪い気分はしない。今日も今日とて蝉が姦しい。代がふと横を向いた時、零れた輝きがあったので、水はその時になって初めて兄がピアスを着けていることを知った。ピアスホールを堂々と開けられるのは、代の両親たちから寄せられる信頼、代自身の能力値の高さがあってのことである。ピアスは小さな碧色で、沖縄の空や海を思わせる。旅先で買い求めた品に違いないと水は見当をつけた。
そ、と兄の耳に触れる。
「ん?」
「耳。痛くない?」
「痛くないよ。でも、水はまだ開けるなよ。穴」
「どうして」
「俺のエゴ。可愛い妹には、いつまでも無邪気でいて欲しいのさ」
「怜は開けるかもって言ってた。うちの高校、そのへん自由だし。そしたら二人で開けようかって話も出たの」
「怜ちゃんが?」
「うん」
「そっか」
あれ、と水は代の表情を窺う。
一瞬だけだが、翳りがよぎった気がした。それは水に泳ぐ魚を追うような感覚で、すぐに水の知覚から逃れ出てしまったが。
「ばあちゃんには、紅型も欲しかったって言われたよ」
話題は移る。疑問もなく、水はそれに乗った。
「琉球紅型。それは言うだろうね」
「俺の財布事情を鑑みて欲しいよ」
ほとほと弱った風を装いながら、代には紅型だろうとその気になれば買うだけの貯えがあることを水は知っている。代は株で賢く儲けていた。全く、この兄の頼もしさに、水は感心するやら呆れるやらだ。代であれば例え実家から放り出されようが、たくましく生きていくだろう。
「良いなあ、代兄は」
「何が」
「生活力があって。私もそんな風になりたい」
「あー。男と女じゃ違うしなあ」
「それは男女差別」
水がぴしりと指摘すると、代は声を立てて笑った。
「水には水の戦場があって力がある。俺のやり方を真似ることはないさ。もし、俺の手出し出来る領域で水が壁にぶち当たったら助けてやるし、その状況に相応しい戦い方を教えてやるよ」
水は兄のたくましい肩にこつん、と額をぶつけた。代が無造作に水の髪を撫でる。
「心強いよ、お兄ちゃん」
けれどもし自分が恋愛絡みで壁にぶち当たったら、その時はきっと代であっても何も出来ないのではないだろうか、と水は思った。