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夏祭りに行きませんか

 気がついたらその言葉が口から出ていた。

「三木、夏祭りに行かない?」

 ガタ、ガタガタン! と貴弘が運んでいた机と器用に転倒した。

「わ、大丈夫?」

 貴弘の顔が心なし赤い。

「……うん。え、夏祭りって、俺と? お前と?」

 何やら食いつきが良いと感じながら水は頷く。そして笑顔で付け足す。

「それから怜と代兄とうちの部長と」

 ずぅん、と空気が重くなった気がする。主に貴弘の周辺。顔の赤味が引いた。

 どうしたのだろう。

「文芸部長って柳原先輩か?」

「そう」

 なぜか少しはやる鼓動を抑えながら、水は答える。貴弘はよっこいせー、と言って立ち上がり、机も再び持ち上げ運びながら言う。

「あの人、彼女いないの? 俺から見てもイケメンだけど」

「……うん」

 うわあ、すごく歯痒い、と水は貴弘の頭を掻きむしりたい思いだ。だがそれは、水にとってブーメランでもある。

「で、お前の兄貴もモテないのか」

 これにはカチン、とくる。

「代兄はモテるけど、彼女作らないだけ」

「あー、それな」

「何よ」

「隠れた本命がいるパターン」

 一瞬、暗に柳原のことを指しているのかとひやりとしたが、そういう訳でもなさそうだ。

 言うだけ言って、貴弘はさっさと机を運んでしまった。水は小首を傾げる。

 そうなのだろうか。代は確かに、意中の人がいてもおかしくない男性だ。祖母がどうのと言っていたのは建前で、本命はいるのかもしれない。しかしそれは貴弘の仮説を支持するようで癪だ。


 自分でも、なぜ貴弘を夏祭りに誘ったのか解らない。別に柳原と貴弘を無理にでもどうこうと画策した訳でもない。自然と、一緒にいさせてやれたらと思った。それが柳原の為なのか貴弘の為なのか水自身の為なのか解らないが。温い風がざああと教室内に吹き込んで、青い葉までも運んでは去った。

「隠れた本命がいるのは、あんたも一緒でしょうがー!」

 教室の後ろ端に移動した貴弘に声を張り上げると、なぜだか彼はげんなりした様子でひらひらと手を振った。肯定なのか否定なのかいまいちよく判らない。二人の遣り取りを聴いていた生徒たちは、そっと貴弘に同情した。

 怜と一緒の帰り道、まだ風がざわざわ吹いていて、水と怜のスカートを揺らす。蝉が今日は心なし控えめに鳴いている。小さな蟻が列を成している。アスファルトのどこか、餌にありついたのだろうか。ちょろちょろ、とどこからか流れてきた水の筋が、コンクリートとコンクリートの間の穴に流れ落ちていた。

「え、夏祭り? 貴弘も誘ったの?」

「うん。それと代兄とうちの部長もどうかなって」

「私は別に良いけど、柳原先輩って彼女いないの? モテるでしょ」

「受験で忙しいんじゃない。だからほら、息抜きに夏祭り」

 貴弘と似たようなことを言うと思いつつ、それとない嘘を吐く。少女は嘘吐きだ。

 怜の顔の陰影が増し、整った顔立ちがより鮮明になる。彼女は真剣な表情だ。

「代さんも彼女いないの?」

「モテるけどいないよ」

 前半を強調しておく。

「そう」

「一緒に行ってくれる?」

「もちろん、良いわよ」

 怜が微笑して請け負う。

 とても綺麗で、なぜだか切ない笑みだった。




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