その少女、天然
真夏の蝉はどうしてあんなに死に物狂いで鳴くのだろう。死に物狂いのつがい探し。水はヨーグルト味の紙パックジュースをちゅるちゅるストローで飲んだ。座っている椅子とスカートの間の肌が汗ばんで鬱陶しい。
隣の席の三木貴弘は豪快に弁当を食べている。ただ、彼の場合は端麗な容姿の為、そんな光景すら何となく様になってしまうという特典がある。
水の栗色の髪より色素の薄い、さらさらした薄茶の髪は天然の癖が緩くついていて、それがまた似合っている。整った鼻筋もきめ細かな肌、切れ長な目も、彼を特に女子たちの間において人気者にさせている要素だ。
ぼんやり水が見ていると、視線を感じた貴弘が弁当から顔を上げて水のほうを向き、どこか勝ち誇ったように笑ったので、むかついた水は空になった紙パックを貴弘の頭目掛けて投げた。紙パックは無音でさらさらの髪に当たり、床に落ちた。
「いてえ」
「痛くない。今ので痛かったら、お前、別の意味でイタイぞ」
「心がいてえ」
「……イタイな」
日本語は難しい。
とかくイケメンと有名なこの男子は、何かと水に絡んでくる。もくもく湧き立つ入道雲よりも煩い存在だと水は認知していた。
「貴弘、また水道ちゃんにちょっかいかけてるの?」
呆れた口調は水と貴弘、双方の友人である秋山怜のものだ。漆黒の長い髪に秀麗な容姿の図書委員は、水と貴弘の間、絶妙な距離感にいる、二人の良き友人だった。ちなみに水道とは水の苗字である。水道水。これが正式な名前だ。この名前のお蔭でこれまで散々からかわれてきた水は、少なからず名付けた両親に対して思うところがあったが、今ではもうこういうものだと諦めている。
「かけてねえし。むしろ暴力を振るわれた」
「たかが紙パックが当たったことが暴力か。お前は将来、当たり屋になる才能があるな」
二人の遣り取りで大体の事情が呑み込めた怜は軽い溜息を吐いた。貴弘がしょっちゅう、水に話しかけたり何なりと構うのはいつものことである。その理由がどうしてか、このクラスで知らない人間はいない。
そう、貴弘の、水に対する好意に気づかないのは水本人だけ。
なぜなら水は、根っからの天然だったからだ。