無慈悲な蛮族の女
「あ、誰か来たみたい。またかぁ。もう、いやになるなぁ」
足元に転送の魔法陣が出現したことにより、私は新たな挑戦者が訪れたことを知る。
抗うこともせず、いつものように、少し散歩に出かけるような気軽さで、魔法陣の発する転送魔法に身をゆだね、目を閉じ、また開ければ、そこは見慣れた玄室の中央だった。
「現れたぞ! 情報通りだ! こいつを倒せば!!」
「見ろよ。あいつの装備。まるで蛮族みたいな軽装だ。しかもどう見ても女だろ? 本当にこいつが、今まで向かったやつを葬り去ってきた、死神で間違いないのか?」
「馬鹿野郎! 見た目に騙されるな! しかもあの背中に背負ってる大剣。見たこともないでかさだ。あんなもんを振り回せるだけで、もうすでに人間じゃねぇよ」
「へいへい。全くお前は昔っから心配性だな。サクッと倒して、さっさと現実世界に戻ろうぜ」
そう。現実世界に戻れる。
この先にあるクリスタルに触れることが出来れば、この仮想現実世界【デビルズソウル】から出られるという噂が流れている。
しかしそれが真実であるかどうかを知るものは誰もいない。
何故って?
それは私がここに居るから。
私が今居る世界は、現実ではなく、ゲームの世界として作られた仮想の空間だった。
だった、というのは、今の私たちにとっては、すでにここは現実と何ら変わりなくなってるということ。
突然発生したバグにより、その時プレイしていた私たちは、この世界に閉じ込められた。
今までのようにログアウトできなくなったのだ。
更に示された事実に、人々は恐怖する。
このゲームでは簡単にプレイヤーが死ぬが、一度死んだプレイヤーが復活することはなく、その死体も消えることが無かった。
これまで通りなら拠点で復活するはずが、一向にその気配を示さない。
ある人は、死ぬことが現実世界に戻る方法だと言うけれど、実際にそれを試そうとする人は、せいぜいこの世界に馴染めず、気が狂ってしまった人くらいだ。
「うりゃあああ! くらえ!」
叫びながら、二人のうちの一人が手に持った剣で切り付けてきた。
それをバックステップで躱す。
相手は重鎧を着こみ、片手剣を両手で操る一般的な剣士。
多少の攻撃ならその高い防具性能が弾き、多少の怪我を承知で切り込んでくる。
後ろに下がった私を追うように、相手は剣を前に構え、距離を詰めてきた。
その頭上に巨大な鉄塊が振り下ろされる。
ガジャン!!
金属製の防具も、そして相手の肉や骨も一緒くたになって切り潰される。
自分に何が起こったかも分からないまま、すでに人の原型を無くした相手は、その場で血を吹き出しこと切れた。
「オルバ!! 馬鹿野郎!! 勝手に飛び出しやがって!! それにしてもありえねぇ……あのでっかい剣をあんな速度で扱うなんて……」
その惨状を目の当たりにしたもう一人は、叫ぶものの、奥歯をガチガチと鳴らし、その身を震わす。
おそらく、後ろに下がると同時に抜き、その勢いのまま振り下ろした私の大剣の動きを見ていたのだろう。
その言葉に何の感慨も受けることなく、私はさっきの男の血がついたままの大剣を床に引きずるようにしながら、ゆっくりともう一人の男へと近付いていく。
ここまでたどり着いたということは、それなりの実力者。
「く、来るな!! 近寄るな!! 化け物め!!」
それでも、訪れる結末は今までの者たちと同じ。
その叫びに答えることなく、着実に大剣の刃が届く位置までと歩む。
「なんでだ!! お前も、プレイヤーだろう!! 現実世界に戻りたくないのか!? 何故俺らの邪魔をする!!」
私は無造作に、そして無表情で大剣を横に薙いだ。
あまりの恐怖に逃げることすら忘れたらしい男の体は、ローブの下に着こんだ鎖帷子ごと上下に切り裂かれる。
恨むような表情をその顔に張り付かせたまま、男の上半身はまるでだるま落としのように、一度元有った場所に戻った後、そのまま重力に従い落ちていった。
「現実世界に戻りたくないかだって? 戻りたいわけないじゃない」
大剣についた血を倒れている男のローブで拭うと、私は再び背中に収める。
侵入者がいなくなったことにより、再び足元に魔法陣が現れ、私は元の場所へと戻されていく。
これは呪い。
悪魔と契約した私が、この世界に残り続けるための義務だった。