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四話(文字化け解読編)

 吐き出したい。今すぐに全てを吐き出したい。肺を満たす黒々とした液体が動くたびに波打って吐きそうになる。それは肺から染み出して心膜をさえ浸している。上手く広がれなくなった心臓に血液を循環する力はもうない。代わりに途切れなく思えるほどに速まっている脈が震えとなって全身を支配している。血液は滞留し毎秒凝固が進んで行く。そんな物体が巡ったところで身体は腐るだけだ。脳が腐る。心臓が腐る。筋肉が腐る。骨が腐る。まともな思考など望むべくもない。記憶さえあやふやになっていく。彼女たちの顔がもう思い出せない。虚血に悲鳴を上げる心臓が千切れるように痛い。身体がもはやピクリとも動かない。熱を生み出せない身体は骸のようなものだった。冷え切って血が巡らず呼吸さえない私をどうやったら生きていると思える。

 苦しい。生き苦しい。会いたい。彼女に全てをぶちまけて深呼吸がしたい。息がしたい。生きた心地が欲しい。彼女の白に包まれたい。彼女とは誰だ。それさえ分からない。だがそれがどうした。彼女さえいれば私はまた呼吸できる。

 世界が暗い。神経はもうまともに機能していない。目が見えない。音も聞こえない。何も匂わない。何も触れない。口の中にあふれているはずの汚物の味さえなかった。息苦しい。苦痛に喘ぐことさえできないままに私は沈んでいく。

 白い。

 彼女がいる。

 どうしてそこに彼女がいるのかなどどうでもよかった。どうやってここまで来られたのかなどどうでもよかった。彼女がいる。彼女は、彼女だけが私の全てを受け入れてくれる。彼女なら私の吐き出すものを受け止めてくれる。

「しー!どうしたの!ひどい顔色だよ!?」

 彼女の声だけが聴きとれる。果物のように甘い彼女の匂いだけが分かる。彼女のふわふわと心地よく暖かな身体の感触だけなら分かる。

「ん、やっ、待って、しー、おちつんぐっ、」

 甘い。彼女は甘い。腐りきった味蕾が彼女によって瞬く間に再生していく。もっと欲しい。彼女の全部が欲しい。彼女に全部をぶちまけたい。私の全部を彼女にぶちまけたい。受け入れて、受け入れてよ。そのために私はこんなに息苦しいのを我慢したんだ。彼女に汚されて、彼女のせいで汚れて、私はこんなに苦しんでいる。だからお願い、受け入れて、全部、全部飲んで、私を食べて、全身を舐めて綺麗にして。そうしたら私は息ができる。このぱんぱんに膨れ上がった肺をしぼませられる。そうしたら私はあなたでいっぱいになれる。なりたいんだ、いっぱいになりたい。欲しい、あなたの全部が欲しい。食べてしまいたい、飲み干してしまいたい、全身を舐って味わいたい。だっていいって言ったんだ。

「もういっかい、もういっかいだけだから、今度こそちゃんとするから、」

「ふっ、ぅ、はぁ゛っ、ぐぅ、う゛、い゛ッ!?」

 今度こそ息が続くようにたくさん膨らませてきたんだ。今度こそ全部終わらせるまで息が持つから。今度こそ溺れないから。ちゃんと終わらせた後に窒息するから。だからこれが最後、だからいいでしょう。もう二度と姿を見せないから。だからもういっかい、もういっかいだけあなたを抱かせて、あなたにぶちまけさせて、あなたの白無垢を私に汚させて。大丈夫だよ、染まらない。私なんかじゃあなたは染まらない。大丈夫、私に何をされてもあなたは美しい。顔も見えないくらいに美しい。ごめんね、ごめんね、我慢できないんだ。痛いよね、でも受け入れて。苦しいの?でも飲み干してよ。ああ、気持ちいいんだ。こんなにも気持ちいい。あなたはこんなにも気持ちいい。肺が空になる。血液が全身を巡るのが分かる。心臓が動いてるのがあなたにも分かるはずだ。細胞があなたを悦んでいる。息ができる。息ができる。肺一杯に私はあなたを取り入れられる。空気が甘い。香しい。まぶしい。

 なんてここちがいいんだろう。

「………………」


 あ、れ、?

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― 新着の感想 ―
[良い点] わーお、みんながみんな壊れてしまった…。いや、まあ二人ほど行方不明になってる方はいますが…。 ある意味精神壊れたほうが幸せになってるような気がしないでもないしいさん。サクノもサクノで感情を…
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