幼少期からおそロシア&さすしあ
「わたしがそう発言したことも、あなたが『わかった。結婚しよう』と了承したのも事実よ。なぜならICレコーダーにちゃんと録音されているから」
西亜口さん、幼稚園児の時点で、そんなもの持ち歩いていたのか……。
おそロシア……そして、さすしあ。
「万が一に備えてその音声データは百回ほどコピーをしてSDカードやUSBメモリー、そして、各国のサーバーに保管してあるわ」
……本当に、おそロシアだな……。
それ、万が一流出したら大惨事なんだが……。
「もちろん今日も持ってきているわ」
西亜口さんはポケットから旧式のICレコーダーを取り出した。
「再生するわよ」
「お、おう……」
気圧されたままの俺は、ただ頷くしかない。
西亜口さんはICレコーダーの再生ボタンを押した。
『……しょ、将来……必ず日本に帰ってくるわ。だから、そのときは結婚しましょう!』
今よりもだいぶ高い声で、幼い頃の西亜口さんが言う。
旧式とはいえ高性能なのか、音声は素晴らしくクリアーだ。
『わかった! 結婚しよう!』
それに対して幼い頃の俺は力強く断言していた!
やだ、なに、この男前……。
当時の俺、堂々と即答しすぎだろう。
そして、ここまで断言しているのに忘れていただなんてクズすぎる。
「……歳月は残酷ね。当時これほどハッキリと返答していたのに……まさか完全に忘れているだなんて……」
「そ、それは……すまん。本当に、申し訳ない」
俺としては謝るしかない。
「まったく薄情な男ね、あなたは……わたしは、この音声を心の支えにしてずっとロシアでがんばり続けてきたというのに……」
「す、すまん……いや、本当に、本当に、ごめんなさい……」
平謝りである。
なんでこんな大事なことを忘れていたのだろうか……。
まぁ……そのあと里桜が隣に引っ越してきてよく遊ぶようになったしな。
あとは、未海との行き来もその頃から増えた。
だが、西亜口さんのことを思うと申し訳ないとしか言いようがない。
「……で……そ、そのっ……しょ、祥平……?」
西亜口さんはモジモジしながら俺を見る。
これまでにはない反応だ。
「……どどど、どうするのよ、この約束は!?」
そして、赤面しながらも西亜口さんは俺に迫ってきた。
物理的にも! 精神的にも!
「ちょ、えっ、でも、これ……幼少期の頃すぎるというか、昔の話というか……!」
「……ちょっと。……あなた、わたしの心を踏みにじるつもり?」
「いやいや! そんなつもりは! で、でも、だけど……! し、西亜口さんは俺のことなんか好きなのか!? い、今でも!?」
ありえない。こんな超絶美少女が俺のことを好きになる理由が。
幼少期の気の迷いならまだしも、今でも好きでいてくれるはずが――。
「そ、それは……そそそ、それはそれはそれはっ!」
西亜口さんの顔がさらに赤くなっていく。
色白の顔が、完全に真っ赤になる。
言葉に詰まったように止まる。
風だけが木々を揺らす。鼓膜が鋭敏になる。
そして、ようやく西亜口さんは口を開いた。
「……す、すすす……! 好き……? なのかしら?」
最後は、疑問形になっていた。と、こちらに訊かれても!
そこで西亜口さんはさらに俺に訊ねてきた。
「あなた自身は、わ、わたしのことは……す、すすす、好きなのかしら?」
「…………しょ、正直、わからない。いや、西亜口さんのことはきれいでかわいいと思ってるけど高嶺の花すぎるというか西亜口さんのような超絶美少女とつきあうなんて考えられないというか」
「でも、わたしのことをヒロインにした小説を書いていたんでしょう?」
「それは……現実的にありえないからこそ創作しようと思ったというか……」
それが、いざ可能性があると思うと驚きのほうが大きすぎて思考停止する。
しかも、幼稚園の頃に結婚を約束していただなんて――。
「……ふぅ……。ちょっと、いろいろと先走りすぎたわね……今も昔も」
西亜口さんため息を吐くと自嘲するように呟いた。
「……いや、俺が悪いんだ。完全に忘れていたから。でも、その……西亜口さんが俺のことをずっと覚えていてくれたことは嬉しい……だから、その……」
これから。
そうだ。
「そう。これから育んでいければいいんじゃないのか?」
約束ではなく。
縛られることなく。
「……育む。そうね。あなたが過去の約束を忘れていても、こうして今のわたしたちは親交を深めることができたのだしね」
「ああ。そして、将来のことは将来のときに決めればいいんじゃないか?」
まだつきあってすらいないのに結婚だとかいうのは急すぎる。
「……そうね。それは、そうだわ。……でも、だからといって、このまま現状維持というのはつまらないわね。わたしは成果を求めるわ」
それは、つまりどういうことだ?
「一歩、進めましょう。わたしたちの関係を。つきあいましょう」
西亜口さんがこちらを真っ直ぐ見ながら提案してきた。
「……ほ、本当にいいの? 俺とつきあうなんて」
「ええ。本当よ。むしろ、わたしはあなたがいいの。あなたとしかつきあう気にはなれないわ」
そこまでストレートに言われるとは……!
「俺なんか、西亜口さんと釣りあう気はしないけど……」
「あなたはもっと自分に自信を持つべきだわ。昔のわたしを救い、教え導いただけでも大したものだし今のわたしについてこられるだけで優秀よ」
ついていっているというか、ただ西亜口さんに振り回されているだけな気もするが……。
「あなたの小説を毎日読んだことで、わたしへの想いを理解することができたわ。下手に告白やラブレターで甘言を弄されるよりも日々の積み重ねの小説を読んでいるほうが信頼できるわね」
まぁ、それはそうかもしれない。
その場限りの言葉や手紙ではなく、小説は毎日のように更新していたわけだしな。




