RYOUKO
これは押収とは言えない。はっきり言って窃盗である。KEIKOはポケットに入れて持ち帰った品物を自宅で開ける事にした。訳のわからぬ部品であれば恐らくアウトである。運輸センターに送られるべき荷物を盗んでしまったのだ。発覚すれば重罪となる。量刑については管理センターではなくどこにいるのか分からぬ上層部の判断となるため予想できないが、数年の禁固刑は免れ得ないだろう。KEIKOは祈る様な気持ちで包みを開けた。中身は銃身が極端に短い小型拳銃であった。ビンゴだ。盗難武器リストに挙がっている型式と同一である。胸を撫で下ろした。
この拳銃は証拠品には出来ない。非合法に持ち帰った事が発覚してしまうからだ。しかし向日葵組がなんらかの形で武器盗難の件に関わっている事は決定的だ。今はそれで十分である。この拳銃は検挙の際に押収品の中にでも紛れ込ませておけば良い。
向日葵組は、取り引きの度に商品を各一時保管庫からピックアップしているはずである。盗難武器の顧客は別組織であるに違いない。まさか敵対組織には売るまい。向日葵組は紫陽花組直径傘下である。紫陽花組本体を含む紫陽花組傘下の組織、或いは比較的友好関係にあるいくつかの組織が疑わしい。もちろん向日葵組自身が武器を欲している事も考えられる。いずれにしても武器を各一時保管庫から一旦は引き上げねばならない。そこを狙えば良いだろう。問題は、次回、令状持参による捜査を受ける事を恐れ、赤い荷札によるカモフラージュをやめて別の方法で隠している可能性が高い事であった。向日葵組の者がピックアップしに来た所を確実に押さえる必要がある。隠す方法及びNT工業の内情を把握しておきたい。KEIKOは自身で潜入捜査を行う事にした。
その日、KEIKOは高醜度化迷彩装備を着け、NT工業に向かった。既に倉庫番の仕事に応募し、採用が決まっていた。前回のガサ入れの際に応対していた肥えた倉庫番が抜けたとかで、おあつらえ向きのポストに空きがあった。
「あんたはここで帳面をつけてくれればいいよ。運ばれてきた荷物の識別番号をこっちに書いて。出荷した荷物は識別番号をここから探してこの欄に出荷済みの判子を押して。どっちもサインをもらっておいて。識別番号の頭文字毎に置く部屋が別れているから、この鍵束から鍵を探して搬出入口を開けてあげて。あとはあそこで荷物番をしているRYOUKOに任せておけばいいよ。全部の荷物の場所を把握しているよ。帳面より正確に荷物の出入りも覚えてる。仕事終わりにはこの帳面をあっちの事務所に持ってって。次の日来たら、またそれを受け取って仕事開始ね。」
ガサ入れの時に「オツムが弱い」と紹介された者がRYOUKOだった。する事がない時は椅子に座って中空を睨み、何やら歌を歌っている。荷物の搬出入の際には識別番号を見るや否や荷物の場所へ駆けて行き、ここ、と指差す。それが済むとまた椅子に腰掛け、足をプランプランさせながら歌を歌い始める。
休憩時、KEIKOはRYOUKOを食事に誘った。うん、とだけ返事をし、ついてきた。
「赤い荷札のやつってさ、誰が取りに来るの。あれ、運輸センター行くんでしょ。」
「知らない人。」
「他のは知ってる人が取りに来るのかな。」
「知らない人。」
「最近はいつ、出たの。」
「一昨日と3日目に2つと、4日前に1つ、6日前は3つ、7日前も3つ、10日前は2つ、12日前は1つ、16日前と18日前は2つで」
「ちょっと待って。全部覚えてるの。」
「うん。」
「いつもは赤い荷札のやつ、会社の人が倉庫に持ってくるんでしょ。会社の人じゃない人が持ってきたのって、いつかしら。」
「5ヶ月と2日前、1年と10日前、1年1ヶ月と3日前、2年と4ヶ月と24日前、3年と」
「わかったわかった。」
そんなに頻度は高くない。5ヶ月前なら武器盗難のタイミングと合致する。
「5ヶ月と2日前に入ってきた赤い荷札の荷物、まだあるの。」
「ないよ。」
「出荷したの。」
「んーん。会社の人がJ3097ACV00と一緒に工場に持ってった。」
「それはいつ。」
「13日前。」
ガサ入れの翌日だ。
「その会社の人が次に持ってきた荷物は。」
「J3102ACV03。」
昼食後、KEIKOは帳面を確認した。なるほどRYOUKOの言った通りである。持ち出された赤い荷札の荷物は6個。運搬者のサインはSHIORI。J3097ACV00の中身は重機のメンテナンス部品であり、かなり大型のものだ。その後持ち込まれたJ3102ACV03も内容物は同じである。その中に紛れ込ませたのだろう。再度ガサ入れを行ってそれを押収するか、この荷の出荷予定日は約2週間後であるから、その現場を張るかすれば良い。
それにしてもRYOUKOの記憶力たるや凄まじい。荷物に関するデータは全て頭に入っている。管理センターをはじめとする行政機関では各種端末でデータベース管理がなされているため、あらゆる記録はすぐに引き出せるが、民間企業にはそれらの端末は一切出回っていない。しかしRYOUKOさえいれば、そんな端末など必要無い。その後も暇を見てはRYOUKOに荷物の事をあれこれと尋ねたが、たちどころにあらゆるデータを脳の記憶野から引き出し、口から出力して見せてくれた。識別番号から搬入担当者の名前を当てさせるなど、意地悪な質問にも見事に答えた。
「趣味は何かあるの。」
「大相撲。」
「あらそうなの。私も時々見るよ。相撲の事も全部覚えてるのかな。」
「うん。」
「好きな力士とかいるの。」
「いない。全部、見てる。」
「最近気になる力士、居る?」
「大月経。多分今場所で引退するから。」