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ブス取締捜査官HANAKO  作者: 古来颯潘
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チンチロリン

 夕刻、MIYUはA地区第3バスセンター前から日雇い労働者を乗せて現場へ向かうマイクロバスの中にいた。移動した先の現場にいる斡旋業者のAYAに届け物をして欲しいと「月下美人」の店主に頼まれているのだ。届け物は封筒であり、封はされていないため中身を取り出して確認済みだ。赤い荷札であった。荷札には付箋が付けられており、貼るべき荷物の識別番号が書かれていた。これは本来運輸センターから発行されるもので、直接運輸センターに納品される、用途及び送り先が秘匿された部品に貼られるものである。偽造である事は間違いない。全て写真に収めた。AYAについても事前に調査済みであった。AYAが運営する日雇い労働者斡旋業を営む株式会社HIMAWARIの母体は向日葵組である。MIYUはテロ共謀については半信半疑であったし、突然の男の登場に好奇心を掻き立てられ少々浮ついた気持ちで捜査に当たっていたが、いよいよ事態がきな臭くなってきたため気持ちを引き締め直していた。

 バスが到着したのは化学薬品工場の一角にあるプレハブ小屋で、日雇い労働者用の詰所であった。隣にもプレハブ小屋があり、そちらには2段ベッドがぎっしりと並べられていた。希望者はそこへ宿泊してしばらく働く事も可能との事である。

 労働者達はとりあえず詰所に入る。それぞれ自分の居場所を物色し、気に入ったところへ手荷物を下ろした。工場の担当者を名乗る人物が現れ、2交代制の24時間運転で工場は稼働しており今はまだ早番の時間帯であるから2時間ほどここで待つように、という旨を告げて小屋を出た。

 MIYUはバス内で隣で会話していた者を見つけた。既に株式会社HIMAWARIで何度も仕事をしているらしいTOMOKOという者だった。TOMOKOに、AYAはどこにいるのか尋ねた。早番と遅番の交代時刻に来るとの事であった。早番の者に今日の分の給料を渡し、遅番の者に書類への記入をさせ、仕事内容を伝えるのだそうだ。

 とりあえずはAYAが来るまでの2時間ほどの時間を潰さねばならない。周りを見渡すと、皆手慣れた様子であった。早速弁当を使う者、便所へ行って盛大に音を立てて排便する者、その辺に転がっている漫画を読む者、椅子に腰掛けてテーブルを叩いてリズムを取っている者、チンチロリンを始める者、横になるや否やいびきをかき始める者など様々であった。MIYUはTOMOKOを誘ってチンチロリンに加えてもらう事にした。

 

「よろしく。」


「親のヒフミは倍付けの即負け、親のシゴロは倍付けの即勝ち、親も子もピンゾロと6ゾロは5倍、それ以外のゾロ目は2倍。張りな。」


 MIYUは勝ったり負けたりしながら2時間を潰した。TOMOKOは随分負けてしまった様で、涙目になっていた。

 

 早番の者達が化学薬品のおかしな匂いをぷんぷん漂わせながらぞろぞろと引き上げてきた。あっという間に詰所内は鮨詰め状態となった。遅れて現れた者が、早番の者達の名札を回収しながら今日の分の給料を渡している。あれがAYAだろう。早番の者達が全員給料を受け取りバスに乗り込んだところで、AYAは遅番の者達に自分の前に一列に並ぶよう命じた。一人一人に書類の記入をさせながら今日の仕事の説明をし、名札を渡している。MIYUの番が来た。書類には予め用意しておいた偽名と住所を記入する。その住所は管理センターがこういう時のために借り上げているC地区の団地の一室である。万一調べられても困らぬようにしてあった。MIYUに割り当てられた仕事は薬品原料の運搬である。力仕事の苦手なMIYUはゲンナリした。MIYUは懐の封筒をAYAに差し出した。


「ああ、ご苦労さん。」


 そう言うとAYAは受け取った封筒を無造作に脇へポンと置いた。

 その後、先程の工場の担当者が現れ、MIYU達をそれぞれの持ち場へと先導していく。振り返ってみると、AYAが例の封筒をTOMOKOに渡している。TOMOKOは確か出荷前製品の運搬が担当だった。知人であるため、なんとなく聞き耳を立てていたのが幸いしたのだ。チャンスを見つけて調べねばなるまい。


 MIYUに割り当てられた仕事は想像以上に激務であった。C地区の者ということにしてあるので、日雇い労働者の中ではヒエラルキーは上の方になるはずであったが、お構い無しらしい。AYAがA地区の者であるため、わざとしんどい仕事を割り振られた可能性もある。TOMOKOの様子を窺いに行くチャンスは無いかもしれない。もしあるとすれば2時間に一度の休憩時間だが、10分間しか与えられていない。その調子で12時間労働である。始業後1時間程度で既にうんざりである。高醜度地区の者達の生活ぶりはかようにも苛烈なものであったか。結局その日は休憩の度に怪しまれぬ程度にウロウロしてTOMOKOの居場所を突き止めるだけで精一杯であった。


 疲労困憊で詰所へ戻ると早番の連中で既に賑わっている。AYAはすぐに現れた。12時間毎にこうして現れるとはご苦労な事だ。どんな生活をしているのだろう。給料を受け取った。想像以上に少ない。TOMOKOは始業前のチンチロリンで相当やられていて借りになっている分を支払ったらほとんど残らなかったらしく、宿泊してしばらく働く事を希望した。MIYUも継続捜査のため、怖気を振り払って宿泊を希望した。布団にはこれまでに泊まった連中の頭が痛くなるような化学薬品の匂いが染み付いていた。シャワーもあったが、下手に自身を綺麗にしては余計この匂いが気になるに違いない。今日はこのままでいる事にした。鼻が慣れるまでとても寝れそうにないので、吐き気を我慢しつつ支給された粗末な弁当を食いながら、二段ベッドの隙間で開帳されたチンチロリンに参加した。

 

 TOMOKOはまた盛大に負けていた。

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