赤い荷札
3級捜査官のKEIKOは行方が分からなくなっている盗難武器の件に関与している疑いの強い、暴力団組織である向日葵組を追っていた。
工業製品の一部は行政機関である運輸センターへひとまず納品される。それらの工業製品は用途及び送り先が秘匿された何らかの機械の部品で、運輸センターがそれぞれ適切な配送先へと送る。保安上の理由でその様なシステムがとられているらしかった。それらは梱包単位が大きく重量があり、運搬業務の過程で高醜度地区の荷役人の手を多く必要とした。その手の連中は大抵血の気が多く、エリート育ちの運輸センターの人間の手に余った。言うことを聞かないのだ。そこで、また別の特別血の気が多く腕っ節の強い連中に金を払い、荷役人達との交渉及び管理に当たらせた。この者達をモッコと呼んだ。荷を吊り上げる時の道具の名前に由来している。モッコも当然高醜度地区の者達であるが、役所の後ろ盾と資金力から破格の力を持つ様になった。やがて積荷の規格化と機械化がなされ、荷役人達の仕事は激減し、勢いモッコたちの仕事も減少した。元々治安の悪い地区育ちの、とりわけ血の気が多い連中である。食い扶持確保のため暴力団組織へと変化していくのにさほど時間はかからなかった。連中が得意とするシノギは大規模な暴力沙汰の仲介、盗品などの非合法貨物の運搬とそれらの闇ルートでの売買である。管理センターの監視対象とはなったものの、運輸センターとは今も繋がっている。
向日葵組はそんな数あるモッコの内の一つであった。武器製造工場からの用途及び最終送り先秘匿部品運搬を主に担うのが向日葵組である。これまでに摘発された武器盗難犯はいわば使い走りのような連中ばかりであり、自分達の雇い主を正確に知る者は誰もいなかったが、向日葵組こそ武器盗難の主犯格であると目されていた。
管理センターの権限で、所謂ガサ入れ等に代表される強制的な捜査は令状も予告もなく行え、逮捕も同様である。(管理センター自身を含む行政組織への捜査の場合は令状が必要となる。令状は所定の手続きの後、専用の端末を通じて上層部から送られてくる。この上層部と面識のある者は誰もいなかった。令状だけにとどまらずあらゆる法律についても、どこで立法が行われているのか知るものは誰もおらず、ただ通告のみが関係行政機関に送られてくるのみであった。司法についても同様である。管理センターで証拠や証言等必要事項の資料を取り揃えたのちそれを上層部に送付すると、数週間後に判決が送られてくる仕組みであった。そのため、司法立法行政という概念はあったし、それらを分立させるべき、という認識は教育の結果朧げにあるものの、司法、立法について実用上成立しているものと捉えており、深く考える者は皆無である。)向日葵組の非合法貨物はA地区に点在する工場の一角へ分散して保管されている疑いが強く、KEIKOはそのうちの一つ、重機製造を主要生産品とするNT工業へ狙いを定めていた。
「3級捜査官のKEIKOです。これより数時間にわたってガサ入れをさせていただきます。」
肥えた倉庫番だ。
「管理センターの方とは珍しいね。何の容疑だろうね。突然のお出ましでご苦労さん。どうせ否応無しだろ、お好きにどうぞ。そこの鍵束持っていきな。立ち会わなくていいだろ?忙しいからね。なんかあったらあっちの荷物番に聞いておくれ。あいつはちょっとオツムが弱いけど、どこに何があるかはここにいる誰よりわかってるよ。」
「ご協力どうも。」
「あと、赤い荷札の貼ってあるやつは運輸センター管轄の部品だからね。令状なしで開けるとまずいかもよ。あたしの知ったこっちゃないから開けたって構わないけどね。」
KEIKOは自身の迂闊を呪った。その手があったのだ。赤い荷札などいくらでも偽造出来るではないか。盗品を隠すならそこだろう。令状を取ってから再度捜査したところで、それまでにごっそり移動させられるに決まっている。KEIKOは赤い荷札のついていない物を全て開封調査するよう部下に命じ、自身は管理センターへ確認を行なった。やはり赤い荷札のついた貨物の開封はまかりならん、という返事であった。
KEIKOは首を捻っていた。KEIKOの知る限り、こうした盗品の隠し方は前例がなかったのである。こんな誰でも思いつきそうな事をなぜ今まで誰もやらなかったのか。後の事を恐れてやらなかっただけなのか。仮にそうだとしたら、今回は何者かの入れ知恵でもあったのだろうか。
部下達がせっせとあらゆる梱包を開いて確認しているが、どれも重機部品と思しきものばかりだった。いくつかは武器への流用の可能性ありとして念の為押収することにはしたが、おそらく正規の部品に過ぎないだろう。KEIKOは忙しそうに働く部下の間を縫うように、半ば不貞腐れた様子でウロウロした。ふと文庫本くらいのサイズの梱包が目に入った。赤い荷札が貼ってあった。
KEIKOはそれを、ポケットに入れた。