SHIORI
SHIORIはE地区在住者であり、高醜度地区内ではエリートにあたる。義務教育で理科を履修しており、成績も優秀であった。よって工場内では将来的には比較的高い地位を与えられる事がほぼ確実であったし、現在も生産の管理と運搬の両方を任されていた。それが、ゆくゆくはSHIORIを両方の部門を統括する管理職に就かせるための会社側の措置である事は周囲の目からも明らかであったのだ。SHIORIが学校で履修した内容はZ地区で施される教育と比べれば初歩の初歩であったとはいえ、知っているのと知らぬのとでは雲泥の差があるし、SHIORIは在学中かなり優秀であったのだ。入社後の社内教育においてもそれは同様であった。
SHIORIは自身が正しく評価されていると感じていた。そしてSHIORIはこの世界のカーストの信奉者でもあった。人間の身分が美醜に左右されるのは当然であり、それは能力の差による正当な評価に基づいていると考えていたのである。その証拠に醜いものほど能力は劣るし、勤勉さも無いので自分で能力を高めようと努力することもしない、挙げ句の果てには醜い地区ほど治安が悪いではないか、と。それらが与えられた環境からの獲得形質である、などとは思いもしなかった。この世界に住む者達は多かれ少なかれそのような思考の者が多かったが、SHIORIは特にその傾向が強かった。SHIORIは自分の美醜を客観的に判断する能力は持たなかったが、自分はE地区内でトップクラスの優秀さを誇るのだから、美しさでもE地区トップクラスに違いない、という風に考える思考の持ち主であったのだ。
AYAがSHIORIに近づいてきた時、SHIORIはAYAを一瞥して唾棄すべき人間であると思った。醜いからだ。そして、後にAYAの所属する株式会社 HIMAWARIが向日葵組のフロント企業であると知った時、やはりな、と思ったのである。であるから、AYAからの「会社に内緒で打ち合わせをしたい」という申し出は当然断った。
ある日SHIORIは仕事帰りに寄った「少女A」の店主から、簡単な日雇いの仕事があるから行かないかと持ちかけられた。日雇いはA地区やB地区、C地区までの者がする仕事であると考えていたので一度は断ったのだが、懐が寒かったため、「その様な仕事の現場を一度は覗いておくのも、将来の管理者としてはしておくべき経験かもしれない」と自分を納得させた上で行くことにした。そして、そこで見たのは「男」だった。SHIORIは自分の中で何かが崩れる音を聞いた。それが何なのかは分からないが、自分が信じて来た秩序の土台を構成する基礎の中の重要な構造物の一部がへし折れる音であると感じたのである。SHIORIは修理せねば、と思った。形は違っても良いから、基礎を使用可能な程度には固め直すべきであると。
翌日、SHIORIはAYAとの密談の席に着いていた。AYAの要望は、ある複数の荷物を隠すためにそれらに赤い荷札を貼れ、という内容であった。法に触れる行為である事は明らかであったが、SHIORIは自らの中の秩序の回復のために必要な行為であると強く感じていた。完璧な基礎であると思って立っていた場所の地下から異音が発生したのだから、その中へ入って多少の無理をしてでも破損箇所を突き止め、補強しようとしたのである。SHIORIはAYAの要望を受け入れた。
その後、会社に管理センターのガサ入れが入った。違法な荷物がないか調べるのだという。SHIORIは肝を冷やしたが、赤い荷札の効果は絶大であった。管理センターの者は律儀に赤い荷札を避けて捜査をしていた。ところが、である。管理センターが帰った後、緊急でSHIORIが自ら行った棚卸しで、あるはずの赤い荷札の荷物が一つ無くなっている事が発覚したのだ。大急ぎでAYAに連絡した。AYAからの指示はこれから指定する荷を解き、それをSHIORIだけが分かる様に分解し、別の通常の大型部品の中へ組み込んで隠せ、というものだった。SHIORIは合理的であると考え、それに従うことにした。おそらく無くなった荷物はガサ入れの際に管理センターのものが違法に持ち帰ったのだ。中身は違法なものであるに違いないが、向こうも違法に持ち帰ったのであるからそれを証拠としては使えまい。だが次回は確実に赤い荷札の荷物の捜査令状も取った上で再調査に来るに違いないのだ。多少手間をかけてでも完全に隠した方が良い。
AYAに指示された荷物を開梱すると中身は大型の銃であった。銃を触るのは初めてだが、すぐに構造を把握し、分解した。それを重機メンテナンス部品の中へ、あたかも構成部品の一部であるかの様に組み込んだ。SHIORIにしか分解も再構成も不可能である様に工夫を行った上で。
その数日後に倉庫番が辞め、さらにその数日後にKEIKOなる人物が新しく入ってきてその後釜に収まった。醜度から判断するに、B地区辺りの者だろう。しかしやや優秀すぎる様に思えた。この工場の倉庫番なんて帳面さえ見れば誰でも出来る仕事ではあったが、KEIKOは初日から何の問題もなく、テキパキと仕事を行っていたのだ。SHIORIは荷物を倉庫へ運搬する度に首を捻ってはいたが、KEIKOがRYOUKOと仲良くしている様を見て、あんなのと仲良くするなんて、やはりB地区の者は利口そうに見えても根は愚かなんだな、と何となくホッとしていた。