司法取引
KEIKOは出荷のタイミングで検挙する段取りを進めていた。軍の出動を要請するのが手っ取り早いが、KEIKOはその材料を欠いていた。非合法に押収した、つまり盗んだ拳銃しか証拠はないのだ。そこで、出荷の日時きっかりに大規模なガサ入れを行う事にしたのである。その際に、関係があると思しき人物は片端から検挙してしまえばいい。それで恐らくは、事件の全貌が芋づる式に明らかになるに違いなかった。しかし一つだけ気がかりな事があった。荷物番のRYOUKOである。驚異的な記憶力を誇る優秀な荷物番である以上、大変重要な参考人である事は間違いないが、RYOUKOを知るKEIKOは、RYOUKOが事件へ意図的に関与している疑いはゼロである、と言い切れた。RYOUKOは記憶力が飛び抜けているだけで、あの倉庫番が言った様にそれ以外の知的な能力は他の者の平均にかなり劣ると言わざるを得ない上、驚くほど善良な人間である。悪事に意図的に手を貸す事などあろうはずは無かった。関係者一斉検挙となれば優秀な荷物番であるRYOUKOの逮捕は免れ得ないが、RYOUKOが容疑者として扱われる事だけは何とかして避けてやりたかった。
KEIKOはRYOUKOに対し、一種の司法取引を、先手を打ってやっておこうと決めた。
いつものようにRYOUKOを食事に誘い、あらゆる荷に関するデータを聞き出した。それらを全て帳面と照らし合わせ辻褄が合う事実である事を確認し、公式の調書として通用するよう後程手配する。
「RYOUKO、これにサインしてくれる?」
「いいよ。」
司法取引の同意書だった。これでRYOUKOは正式に管理センター側の協力者として認められる。一度は逮捕されるだろうが、すぐに釈放の上、管理センターの保護下に置かれるだろう。逮捕の折にRYOUKOが怖い目に遭わなければいいが。事前に教えておきたいが、RYOUKOは聞かれれば何でも答えるたちであるから、そういうわけにもいかない。
「SHIORIって知ってる?」
「うん。」
例の赤い荷札の荷物を引き上げた者だ。盗難の件に関与している疑いが強い。
「どういう人?」
「分からない。」
RYOUKOは漠然とした質問には答えられない。
「今、ここの食堂にいる?」
「あそこにいるよ。」
何度か見た事がある。倉庫番の職務上、勤務中にあまりウロウロ出来ないところが辛いところだった。帳面から関与が疑われる人物は何人かピックアップできてはいたが、一斉検挙までにある程度内情は把握しておきたいのにほとんどそれが出来ていないのだった。
「あの人って、前にも赤い荷札の荷物をどこかへ持って行ったりした?」
「してない。」
たまたまその時SHIORIが運んだだけなのだろうか。
SHIORIの所属は重機用メンテナンス部品の製造課で、運搬と管理の一部を任されている。工作しやすいポジションではある。向日葵組から武器や危険物を、恐らくはメンテナンス部品そのものの中に組み込むよう依頼されており、その実行犯である、とKEIKOは睨んでいる。
まあ十中八九、この工場は武器盗難に関与している。一斉検挙で出たとこ勝負でも何とかなるだろう、そう考え、話題を変える事にした。
「男が居るって噂知ってる?」
「噂は知らない。」
「噂は?噂じゃなくて、他に何か知ってるの?」
「男が居るの知ってる。」
「なんで知ってるの?」
「見たから。」
「え?男を見たの?」
「うん。」
「どこで見たの。」
「月下美人。」
「お酒飲むところ?」
「うん。」
「RYOUKOお酒好きなの?」
「好きじゃない。」
「じゃあ、どうして行ったの?」
「行ったらお金もらえるって教えてもらったの。」
「誰がいたの?」
「大月経がいたよ。」
「お相撲さんの?大月経は男じゃないよ。」
「知ってるよ。」
「別に男がいたの?」
RYOUKOはほとんど聞かれた事しか話さないので、データを聞き出すのは楽だが、会話は骨が折れる。要するに、「月下美人」の定休日の夜に集会があって、そこで男を見て、少し話を聞いたらお金がもらえて、性器を見せてもらったらちょっとヘンテコだった、大月経はたまたまそこにいた、ということらしい。訳の分からない話だが、他ならぬRYOUKOが言うのだ。法螺話の類では無いだろう。それに、性器まで見たと言うのだから、きっと間違いなく男なのだ。
「何を話してくれたの?」
「男は女より少ないけど沢山居るんだって。子供は交尾して作ってるんだって。別の遠くの所に住んでるんだって。名前はMATSUYAMA KOUHEIって言うんだって。MATSUYAMAがミヨジっていうイエの名前で、KOUHEIが私たちの名前とおんなじ意味なんだって。」
事実なのだろうか。
男がいたというのは大事件だが、犯罪では無い。しかし何らかの方法で取り締まりたい。理由は分からないが、KEIKOは強い不安を感じていた。