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ブス取締捜査官HANAKO  作者: 古来颯潘
10/16

大月経YURIKA

 大月経ことYURIKAの体はもはや限界であった。年齢からくる衰え、全身10箇所は下らない癒きれぬ古傷に加えて新たなる故障、ストレスから来る不眠、不眠による自律神経の失調、1ヶ月近く続き今なお血量の減らぬ月経。大月経とはよく名付けたものだ、とYURIKAは自笑した。今場所の前半は勝てたし、負けても善戦していたが、後半戦に入ってからは一勝も出来ず内容も無惨だ。今日の千秋楽の取り組みを終えたら親方に引退を伝えよう、そう考えていた。

 今日の取り組み相手は若手の小陰核。番付は下だが将来は大関横綱の器と評判の力士であった。引退を飾る相手としては最高だろう。勝てぬまでも善戦はしたいものである。


 土俵上。小陰核の乳房は張りがありはちきれんばかりである。未来輝く若手力士らしさが胸元から漂う。大月経は、垂れてからが勝負なのだぞ、と心の中で若者にエールを送っていた。大月経もかつては角界から活躍を嘱望された力士だったのだ。


 数度の仕切りの後、行事の軍配が返る前に息が合った。激しい立ち会い。顔面を弾かれながらも小陰核は大月経の胸元に潜り込んで素早く前褌をとった。大月経の垂れたミカン袋が小陰核の後頭部を撫でる。大月経は小陰核の肩の上から腕を伸ばし、まわしに手をかけようとするが届かない。もはや勝負あったか、といった体勢である。ジリジリと押され大月経の足が徳俵にかかった。小陰核が下から上へ突き上げるように押す。次第に大月経の体は伸びてゆき重心を前方に残すのが精一杯の体勢となる。大月経は体幹を回転させた。意図せぬ動作であった。背骨から頭頂部、肛門までが一直線の軸となると同時に痛めた両膝の力が抜けたことによる回転であり、先ほどまで釣り合っていた均衡が突如破られた。小陰核の体躯は力の方向を見失い左方へ小さく流れた。まわしを取り損ねて宙を漂っていた両腕の肘で小陰核の肩甲骨あたりを軽く擦るような動作をすると、小陰核は上半身を大きく前方へ崩し後ろ足が跳ね上がる。その後頭部を大月経の乳頭が掠めると、小陰核の体は最後の糸が切れた様に土俵上へと倒れた。

 乳頭による叩き込みで大月経の勝利。幕入り前で客は少なく声援は皆無に等しかったが、大月経の耳には割れんばかりの大喝采が聞こえていた。


 この取組を最後に、大月経は角界から姿を消した。


 「少女A」に戻ってきたYURIKAをMAKIKOが優しく迎える。YURIKAの目には涙があった。それは悔しさの涙ではなく、やり遂げた者の涙であった。


 YURIKAは用心棒としてだけではなく、店員としても活躍する事になった。平日出勤の二人は素行が悪く、そのうち折を見てクビにするとの事だ。MAKIKOはYURIKAに対し、時折かかってくる例の電話の件と、HANAKOとMIYUの目的を告げた。YURIKAは腑に落ちた、といった様子であった。HANAKOとMIYUが捜査が済めばいなくなるのであれば、間違いなく自分は今後この店の主力となる。知っておくべきだろう。それにもし、あの二人の捜査の中で暴力沙汰があれば、自分の力を使ってもらうのも悪くはない、と考えていた。高醜度地区の者といえど、一度は角界で脚光を浴びた人間である。身分の差に対する僻みはほとんど無く、屈託が無かった。自分のこれからの重責とその緊張と喜びに、垂れた胸を躍らせていた。その日も酔客が暴れ喧嘩が起き店の備品を壊し始めたためYURIKAの出番となったが、これらをバッタバッタと薙ぎ倒すYURIKAの顔には穏やかな笑みすら浮かんでいたのであった。

 

 程なくしてHANAKOが帰ってきた。HANAKOはNT工業での会合への潜入捜査中であると、YURIKAはMAKIKOから聞いていた。


「お疲れさん。MAKIKOから聞いたよ。あんたたちのこと。心配しなくていいよ。私はあんたたちの仲間だよ。何でも困ったことがあったら言っておくれよ。」


 HANAKOはMAKIKOの顔を見た。MAKIKOは小さくうなづいていた。


「そうなの。ありがとう。」


 浮かぬ表情であった。


「どうしたのさ。なんかまずいことでもあったのかい。」


「ううん。大丈夫。あら、床が酒まみれ。拭くわね。」


 HANAKOはモップで床の掃除を始めた。YURIKAはMAKIKOと顔を見合わせた。


「疲れてるんなら休んでいいよ。体力なら私の方があるんだから。かしな。」


 YURIKAはモップを取り上げた。


「ごめんね。向こうで休んでる。」


 HANAKOは裏の更衣室へ入っていった。


 疲れているのでもなければ、落ち込んでいるのでも無かった。

 ただ、あの女に聞いた話の内容を反芻していたのだった。

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