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ブス取締捜査官HANAKO  作者: 古来颯潘
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コーヒーとタバコ

「子供の頃、犬の交尾を見たことがある。人間にも交尾があると聞いた。どこで誰と誰がしているのだろう?」

 醜度B地区で確保されたMAKIKOの容疑はテロ共謀であった。肉体労働者向けの酒場「少女A」において店主MAKIKOがテロの共謀を行なっているという通報を受けての逮捕である。「少女A」は比較的客入りの良い酒場でありそれを妬んだ同業者によるいやがらせの通報である恐れが強かったが管理センターにはこれを無視できない理由があった。ここのところその手の通報がやけに急増していることと、この数ヶ月の間に数件、管理センターは反社会勢力による武器盗難の摘発を行なったが、武器の一部が行き先不明となっていることがその理由だった。


 HANAKOはコーヒーとタバコを手に取調室へと向かった。醜度の高い容疑者を懐柔するのにコーヒーとタバコはとりわけ効果的であるからだ。HANAKOはわざと大きな音を立てて取調室へ入る。


「2級捜査官のHANAKOです。」


 容疑者のMAKIKOはHANAKOの顔を一瞥した後、その目はコーヒーとタバコに釘付けとなった。


「質問に答えてくれたらこれ、あげますよ。」


 MAKIKOは我に返ってHANAKOの顔に向き直る。


「舐めるなよ。」


「そういうわけではないんです。正直に言います。今のところアナタにかかってる容疑、私達もそれほど疑ってかかってるわけじゃないんですよ。通報があっただけで別に証拠も得てないし。我々の権限で連行しただけなんですよ。ごめんなさいね。」


 そう言ってHANAKOは手に持っていたコーヒーを一口啜った。


「あ、これ、いらないんですよね?」


 そう念を押してから再度コーヒーをもう一口啜る。MAKIKOは目を見開いてその様子を見ている。HANAKOはMAKIKOが羨ましそうに唾を飲みつつもそれを悟られまいと無表情を装う様子がおかしくて仕方がなかったが顔に出さぬよう必死に耐えた。さらにHANAKOはタバコに火をつけ深々と肺に入れてからゆっくりと吐き出した。MAKIKOの目には悲しみさえ浮かんでいた。


「あんたらブ取りは卑怯だよ。そんな理由で逮捕するなんてさ。」


 ブ取りというのはブス取締捜査官の略であり、管理センターの捜査官は醜度の高い地域の者からそう呼ばれていた。醜度の高い地域の犯罪率は醜度に比例して高くなる傾向があり、自ずと彼女たちに逮捕されるのはブスばかり、という状況からそう呼ばれる様になったのだ。


「そもそも本来は高醜度地域での歓楽施設の営業はご法度なんですよ。お目溢ししてるわけ。まあ身内の恥を晒す様な話だけど。」


 警察や軍としての役割を管理センターは担っていた。遥か昔にあらゆる行政は統合、簡易化され、同時にその権限はかなり強くなったと皆教えられていたが、そうなった時期や理由は誰も知らなかった。違法な歓楽施設の営業がお目溢しされている理由は誰もが知っていたが。


「あんたたちの天下り先だものね。飲食業協会は。」


「そういうことです。だから、ってわけじゃないですが、腹を割って話しましょうよ。アナタにかかってる容疑、テロ共謀なんですけど、そんなに私たち疑ってないんです。もし共謀が事実だったとしても、多分アナタは首謀者じゃないと私は睨んでる。」


 それは事実だった。HANAKO達の様な捜査官などの所謂エリートは全員醜度Z地区出身である。醜度はABCDEの五段階で評価されておりAの方が高い。つまり、よりブスである。醜度Zはランク外であり、醜度が全くない、つまり美女であるという事であり、ヒエラルキーの頂点付近に君臨する。Z地区の者に対しては義務教育が実に25年間もの間施され、英才教育ののち行政に携わるエリートとなる。対してAB地区の者に対しては3年間、CDE地区の者に対しては5年間しか義務教育が施されず、最低限の読み書きと計算、優秀な者には理科の初歩が教えられるのみであった。その様な者たちに、無計画な暴動ならともかく、高度なテロ共謀の首謀者など出来るはずもない、というのが管理センターの考えであったし、HANAKOも同意見であった。


「情報をくれるだけでいいんです。多分ちょっとしかアナタ、知らないんでしょ?教えてくれさえすれば罪に問われないように出来るんです。もちろん首謀者だったらそうはいかないけど、違いますよね?」


 HANAKOはそう言ってタバコの煙をゆっくりと吐き出し、コーヒーを啜る。MAKIKOはHANAKOのセリフに安堵し、羨望を隠す努力を放棄した。目を潤ませながらそれら趣向品の煙と香りを目と鼻で追うことに夢中になった。


「あたしも何だか分かんないのよ。電話がかかってくるわけ。番号通知なんてもちろんないよ。で、その電話で言われた場所と時間を、金に困ってる連中に教えるのよ。場所は、コーヒーとタバコ頂戴よ。」


 HANAKOは内線で部下にコーヒーとタバコを持ってくる様に伝えた。


「場所は毎回違うよ。前回はA地区のリス公園。その前はどこだっけ。どっかの倉庫だったよ。次がいつかは知らないよ。いつ電話がかかってくるかも分かんないし。」


「3級捜査官のMIYUです。コーヒーとタバコ。」


 MAKIKOは満面の笑みでそれらを捧げ持つような姿勢で受け取り、タバコを咥えると火をHANAKOに顎で要求した。


「で、紹介した奴らの人数分、お金が送られてくる、ってわけ。なんでそれがテロ共謀なんだろうね。単なる非合法な日雇いの斡旋だとあたしは思ってたけど。でもそれのことだろうね。あんな奴ら集めて何かしようってんだから。」


 MAKIKOは深々とタバコの煙を肺に入れ、満足そうにそれを吐き出し、コーヒーを啜った。


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