13 初めての仕事と山の中の…
ずいぶん時間かかりました…申し訳ない
ブンブンと頭上から蜂の羽音が聞こえてきます…。
「…海色さん、まだですか…?」
「すぐそこのはずなんだけど…木に隠れてるのかなぁ」
思っていたより小さい羽虫は少ないです。…が、
「私、蜂苦手なんですよっ!」
蜂は元気に飛び回っていました…。
なんだか、その羽音を聞くと背筋がぞわっと…。
「ちょ、静かに…。少し待ってね…」
そういうと海色さんは肩から掛けているバッグをあさり始めます。
後ろからこそっと覗き込むと…
「わぁ…すごい数ですね」
バッグの中には、たくさんの術札が束になって入っていました。
「まぁ、今日は何があるかわからないからね…。……っと、これこれ。舞香、ちょっと後ろ向いて〜」
「…? はい」
海色さんに言われた通り後ろを向くと、背中に何かを貼り付けました。
「術札ですか?」
「うん。虫除けだよ、大体1時間くらい持つ。気休めだけどね」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
虫除けなんて便利なものもあるんですね。
「どう言った仕組みなんですか?」
「えっと…風の向きを少し変えるだけ」
それは、意味があるのでしょうか…。
疑念の眼差しで海色さんを見つめていると、気まずそうに目を逸らされました…。
「だから、気休めって言ったじゃん…」
「そ、そうでしたね…。すいません」
海色さんは「別にいいよ」というと、すぐにまた歩き出しました。
「うーん、このあたりって聞いてたんだけどなぁ…」
「倉庫みたいな建物なんですよね? どうやっても隠れることはできないと思いますけど…本当にあるんでしょうか」
「確かなはず、なんだけどね…」
この辺りの森は、あまり木の密度が高くはなく、建物が隠れられるようには思えません…。
海色さんは、しばらくあちらこちらを見て回った後、今度は鞄から一枚の術札を取り出しました。
「それはどんなものですか?」
「んー、なんだろ、エニマを検出する試験紙…みたいな?」
その海色さん曰く試験紙を何枚も、あちこちの木に貼り付けていきます。
正直何をしているのかわからないので、見ていることしかできませんが…。
「…そういえば、海色さんはここに倉庫?があるっていう情報とか、そもそも依頼とかって、誰からもらっているんですか?」
「依頼については役所からもらっているよ。たまに個人の依頼を受けたりするけどそれは稀かな」
「あ、意外とちゃんとした依頼だったんですね…」
私が思わずそう返すと、海色さんは苦笑交じりに
「やっぱイメージ危ない方に行っちゃった…?」
と言うので、あわてて弁解します。
「べ、別にそういうわけじゃ…ただ少し気になっただけですよ?」
「そ、そう……よし。舞香、ちょっとそこから動かないでね」
「は、はい…。」
海色さんは、そこらじゅうの木に術札を張り付けると、今度は地面に陣を描き始めました。
意外と、小さ目?
海色さんが陣を描いている間、静かな時間が流れます。
聞こえてくるのは、地面をじゃりじゃりとひっかく音、風に揺れる木々の葉音。……それと、遠くで飛び回る蜂の羽音。海色さんの邪魔をしないように、そっと地面にしゃがみこんで、描いている様子を見ながら待つことにしました。
蜂の羽音さえなければ、お昼寝もできそうですね。まだ朝ですけど。
****
「——よし、できた」
「……ぅ?」
ハッと顔を上げると、海色さんは「ふぃ~」と汗をぬぐっています。
…危うく寝落ちるところでした。
「お、終わりましたか?」
「うん。あとはこれを…」
海色さんが描いた陣は、やはり円形。そして海色さんは、その円形から飛び出した一本の線にちょこん、と触れます。すると、
「…ひか…りました?」
一瞬、ぼんやりと光った気がしました。
「え、光…? まぁいっか……んー…やっぱなんかあるな?」
今度は、またもやバッグから一枚の術札を取り出しました。
どれだけ入ってるんですかね…。
海色さんは取り出したそれを指先でつまむと、目の前に向かって「ほいっ」という掛け声とともに手裏剣のように投げ…術札は信じられないほど遠くに飛んでいきました…。
そしてそれが地面に刺さった瞬間——
「——ひゃっ!?!?」
——強烈な光に目がくらみ、思わず顔をそむけます。
しばらくして恐る恐る前を見ると…
「ぴゃっ!?!?」
目の前に不思議そうな表情をした海色さんの顔が…って近い近い!
思わず後ずさります。
「舞香…大丈夫?」
「だ、大丈夫ですっ!!」
****
「…あったね」
「……案外近くにありましたね」
先程の術札の効果、なのでしょうか。少し奥へ進むと、乱立する木の隙間にこじんまりとした小屋がたっていました。
見た目はかなり古いようで、苔さえ生えていますが…。
「これは、多分使われてるね」
「そう、ですね…。何度も補修された跡がありますし」
「うん。それに…」
海色さんはまた何か考え込み始めました。
集中している海色さんは周りが全く気にならなくなるようで、手持ち無沙汰になってしまった私は、小屋の裏への回り込みます。
小屋は大体5メートル四方で、木の柱がなければただの掘建小屋にすら見えます。窓はなく、小さなドアがあるだけ。
「何かの倉庫なんでしょうか……と、あれは…」
ぐるりと回って小屋を見ると、ちょうど海色さんのいるところとは反対側の壁に、小さな陣が刻んでありました。
暫く見つめてはいたものの、私にはやっぱり分からなくて、海色さんを呼びに戻ることにしました。
「これは…うーん……。何の陣でもない? ような、うーんと…」
「何の陣でもない、ですか…?」
「うん。陣には基本的な決まりみたいなものがあってね」
どうやら、臨時授業のようです。
「基本的に陣には、各個人がそれぞれ保有する【起動式】ってものがないといけないんだ」
「起動式…それも、それぞれが保有するということは、みんな違うんですか?」
「そうそう。例外としては、汎用型…陣式適性者なら誰でも使えるものとかあるけど、まぁそれは追々。…それで、この壁の陣は枠の中に陣紋がひとつしかないでしょ?」
「じ、陣紋?」
「陣の1番外の円を陣枠、もしくはそのまま陣って言うんだけど、その中に書き込むそれぞれの図形のこと」
な、なるほど…?
「で。起動式ってのは陣を使う人のエニマを取り込むのが主な役目で、起こしたい現象のための陣紋はまた別に書かないといけないのだけど」
「この陣には起動式か現象のための陣紋、そのどちらかしかないから、何も起きない。それで、何の陣でもない、と言うことですか?」
「まぁそうなんだけど…。多分、ここに書いてあるのは起動式なんだ。それで、ここから伸びる線が…」
海色さんが指で線を辿っていくと、指は陣の枠を超えて…
「地面、ですか?」
「そう。でも、陣の枠は超えてしまっているから、この先にエニマは伝わらないはずなんだ。だから分からなくてね」
海色さんに分からないことが、私にわかるわけもなく…
思い切って、原始的な方法を提案することにしました。
「それなら、もういっそのことこの線のところ掘っちゃいません?」
「え…? いや、まぁ、それもありだね…どうせ私には使えない陣だし、面倒くさいから地面削って続きを見る方がいいかな」
意外にもあっさりと海色さんは私の案を採用し、再び鞄のなかの術札を漁り始めた時ーー
「いやいや、流石にそれは困るんだけどねぇ…」
小屋の中から、声がしました。
「……おばけ?」
「……違うよ」
誤字等ありましたら誤字報告にて。
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