10 陣式の授業『入門』②
海色はどんどん気を許していきます。
それでも口調がおかしくなってきたら教えてください。
「よいしょ…っと」
海色さんは今、木の棒を使って地面に陣を描いているようです。
「えっと…描くだけで使えるんですか?」
私がふとそんなことを聞くと、「いやー?」と返ってきました。
「さっきの粉を、この陣の線の中にまくんだよ。この粉にエニマがこめられてて、回路の役割をするんだ。電子回路みたいな?」
「な、なるほど…」
どの道、私は教えてもらっている身。やれることもないので、しゃがんで見守ることにしました。
しばらく春らしい暖かな日差しにうとうとしていると、海色さんの「できたー!」という声にハッと目を覚ましました。
「…結構、かかるんですね」
「うーん、まぁそれなりに複雑なものを描いたし。それじゃあやってみよっか」
「ふ、複雑なものですか…。こんなところで使っても大丈夫なんですか?」
私の心配に、海色さんは「全然大丈夫」と笑って返します。
「やることはさっきと同じ。土を盛り上げるだけだよ」
「それにしては、結構大きくないですか…?」
「…まぁ、張り切りすぎちゃった感は否めないけど…」
海色さんはそういってうーんと唸ります。
「…まぁ、大丈夫でしょ! 今回は固める工程もあるし、崩れないから!」
「そ…そうですか」
…まあ、何か起きたらきっと海色さんがなんとかしてくれます。
「はい、じゃあいくよ〜」
そういうと、海色さんは陣の円から一本だけ飛び出ているところに触れます。すると…
円が描いてある地面がもの凄い勢いで盛り上がりました!?
「ちょ、大丈夫なんですかこれ!?」
「だ、大丈夫、大丈夫…崩れない、はず…」
私はどうすることもできずに、どんどん高くなっていく土の塔を眺めます。
直径は1メートルくらいで、高さは…二階建ての海色さんの家の屋根と比べてもかなり高く…
「全然、だいじょばない気がします…」
「……」
海色さんは黙り込んでしまいました。チラッと顔を窺うと、なんだかすごい汗。
「あの…これ、戻せるんですか…?」
「う…ごめん、ちょっとやばいかも」
そんな気がしてましたよ。
その時、少し風が吹きました。
それだけで、土の塔がしなりました…。
「あ…」
そして、かなり曲がり…
なんとか戻りました。
まだ、振り子みたいに揺れていますが。
「み、海色さん、どうするんですか?」
「ちょ、ちょっと見張ってて!!」
海色さんはそう叫んで、慌てて家の中に戻りました…。って!?
「見張っててと言われても、私には何もできないんですが!?」
それからすぐに、海色さんは1枚の札を持って戻ってきました。
「舞香! 危ないから離れてて!」
慌てて私が土の柱から離れると、海色さんはその札を指に挟んで構えました。
すると、その札に書いてある2つの陣の、小さい方が鈍く光出しました。
海色さんはそれを…少し前に先生に見せてもらったアニメのキャラのように…手裏剣を投げる感じで、土の柱に向かって投げました。
投げられた札は土の柱に当たると…貼りつきました!? …いや、絶対そんな風にならない角度だったのですが…。
そして、柱に張り付いた札の大きい方の陣が鈍く光ると…土の塔が崩れ始めました。
「…ひゃぁ…」
「…ごめんね、危険な目にあわせて」
申し訳なさそうな表情をした海色さんに連れられ、私は部屋の中に戻りました。
…その、残っている土の山はどうするのでしょうか。
****
「ほんっとにごめん!」
「い、いえ…その、何事も無かったわけですし」
慌てて土下座した海色さんを起こします。
土下座するほどのことでもないですし…。
「でも…」
「もう起きちゃったことですし! それより、続きをお願いします! まだ実演しかしてもらってないです!」
「う…まぁ、そうだよね。…じゃあ、続きをしようか」
なんとか、持ち直してもらえたようです。
まだ少し、暗い気がしますが…仕方ないです。
こほんと、海色さんは咳払いをします。なんだか可愛らしくてニコニコしてしまいます。私より背が小さいのもあって、なんだか妹感が…先生をしてもらっているんですけどね…。
そんなことを考えていると、ムッと睨まれした…。
「じゃあ、今日はエニマの扱い方を教えようかな…。これだけは、私も教えてもらったことあるから」
「あ、全部1人で学んだというわけでもないんですね…」
「…私だって人間だよ? 1から10を知れても、0から10は知れないの」
「な、なるほど…」
1から10を理解できるのもかなりすごいことだと思いますが…。
「それで、エニマはね…何というか、全身力む感じ? エニマが血液みたいに全身を巡っているとして、それを何とか筋力でグイッと…えっと…」
「え、えっと…?」
「と、とにかく全身に力入れるの! それでやってみて!?」
「はっはい!」
言われた通りに、全身に力を入れてみます。
「…ん!」
「……どう?」
どう、と言われましても…。
「何もわかんないです」
「え…っと」
「その…何か、エニマを感じられるものってないんですか?」
そう聞くと、海色さんは考え込みました。
「うーん…あっ、そうだ、確か…」
何か思いついた様子の海色さんは、箪笥の引き出しをあさり始めます。
そうして取り出したのは、これまた一枚の札でした。
「じゃじゃーん! これはね〜」
「どういった効果が?」
「起動すると、ただただエニマを垂れ流す札!」
「…へ?」
それは、使えないものでは?
「対アクセサー用の罠として使えないかなって思ったんだけど、流れ出す速度が緩やかなもんで、ボツにしてたやつなんだよね〜」
「な、なるほど…」
「それに、普通に操作して抵抗もできちゃうから…。でも、これを使えば、舞香もエニマの流れを感じられるはず!」
た、確かにできそうな気もしますが…。
「その、垂れ流すって、大丈夫なんですか?」
「うーん…」
海色さんは考える仕草をします。
「そうだね、舞香のエニマの総量がかなり少ないとなると、すぐ尽きちゃうかもしれないけど…」
「その、エニマが尽きたらどうなるんですか?」
「気絶するよ?」
こ、怖っ!
「でも大丈夫、命に関わるようなことではないし、何か後遺症残るでもないし…。そもそも、そんなに総量少ないのも珍しいから」
「な、なるほど…」
「それじゃ、やってみよっか!」
そう言って、海色さんはその札を床に叩きつけました。
よく見ると、先ほどと同じく2つの大小の陣が描かれています。
そして、小さい方の陣が鈍く光ると、ぺたりと床に札が貼りつきました。
「はい! 札の大きい方の陣に触れてみて〜」
「えっと…どこでもいいんですか?」
「うん」
恐る恐る、陣の真ん中に触れーー
「ーーひゃっ!?」
触れた瞬間、何かが吸い出される感じがして、手を遠ざけてしまいます。
「大丈夫…?」
「だ、大丈夫です、ちょっとびっくりしただけですから…」
そして再び、陣に触れます。
「…っ」
なんとか吸い出されるような感覚を我慢して、札に触れ続けます。
「それじゃあ、今度はその流れに抗うような感じで…」
「は、はい…」
この、流れていっているものを堰き止める感じでしょうか…。
吸い出される感覚は、指の先だけ…。指の先に、力を込める感じでーー
「お、止まったね?」
「ほんと…ですか?」
意外と、あっさりとしたものでした。
「これでいいんですかね…」
「うーん、まぁ、今日は手がかりを掴んだって感じで。あ、もう離していいよ」
「あっ、はい…」
吸われる感覚も無くなった指先を、札から離します。
「じゃあ、それは持っていっていいよ。それがあれば、家でも練習できるだろうし」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「うん。ちゃんとした陣の描き方とかは、エニマの操作ができるようになってからにしよっか」
そ、そうですか…。土の柱は大変なことになっちゃいましたが、描いてみたい気持ちもあったので、少し残念です。
早く操作できるようになればいいだけの話ではありますが。
その後はエニマの練習はせずに、しばらく話してから帰りました。
海色さんには、自宅で練習する場合は、気絶しても大丈夫な場所でやるようにと厳命されました。
陣式の授業はここで一旦区切ります。
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