偽物の中にひとつだけあればいいもの
なろラジ大賞2投稿作品
「……思ったよりも暗いな」
「そんなことより、はやくはやく! スイッチ入れてよ」
「わかってる、いくぞ」
俺の合図とともに一斉に星々が映し出される。
高校最後の文化祭、前夜。
押し付けられた後始末の最中、人工の夜空の下、俺と佐藤の二人は突如広がった見知らぬ光景に言葉を失っていた。思いつきで始まったクラス企画のプラネタリウム。その予想外の迫力は一瞬で二人の心を支配した。
もしかしたら、満天の星という言葉を見たのは初めてだろうか?
「これは、……すごいね」
絞り出したであろう佐藤の声が夜空に吸い込まれていく。俺は声も出せず首を縦に振った。
「寝っ転がってみる? あ、音も入れてみよう?」
スマホをいじり、本番時に使う環境音を流してみる。葉はざわめき、虫が鳴き、遠くからは川のせせらぎ。完全に遮光された空間に敷いたビニールシートは、教室を山の中へと変質させていた。
机も、教壇も、黒板も、ロッカーも時計もあるはずなのに、その存在は闇に溶け、ただただ俺が感じられるのは星の灯りと好きな人の呼吸だけだった。
「ねぇ……」
「ん?」
「あ、良かった。いた」
「そりゃあ、……いるよ」
「星空以外何も見えないからさ、もしかしたらいなくなったんじゃないかって思った」
「……。」
「いや、そこは返事をしてよ」
「て言われても、あり得ないこと言われると、返事に困るだろ」
不思議な感覚だ。相手の顔を見ずに話すのは、電話と変わらないのに、声の温度が伝わってくる。それに佐藤がこんな近いのに俺の顔が熱くならない。
しかも、佐藤がどんな顔をしてるのか、なんとなくわかる気がした。
「こっちとしては、寂しいなら手を繋ごうか? みたいな切り返しが欲しかったんだけど」
「なんだ、寂しかったのか?」
「うーん、そんなことは、ないよ……」
風が吹き、木々がざわめく。俺は自然と手を伸ばしていた。そこにある気がしたし、まぁ、なくてもバレないし。
予想通り、しかし、初めて触れた佐藤の右手は思ったよりも暖かかった。
「……なに?」
「なんでも」
夜も、星も、木々も、水も、生き物も、全てが偽物のなかで、好きな人だけが本物だった。
温かくて、柔らかい。大好きな君がそばにいる。
この夜が続くその間だけ、大好きな君がそばにいる。
文化祭なんて来なければいいのに。
こんな高校生活を送りたかった