大人気アイドルが俺の幼馴染だった話
この話はありきたりではないと、作者の私は思うんです。結構頭を捻って、頑張って考えました。楽しんで読んでいただけると幸いです。
俺の名前は望月 俊介。とある有名大学に通う19歳の大学生だ。しかし、この時だけはそんな大学生と言う肩書を捨て去る。
今、この場に居る者達は、自分が何者だろうと、この時だけは関係ない。只、俺達を取り囲むこの状況を楽しめばいいんだ。
「はい、それでは次の歌に行きたいと思います。次の曲は『かくも美しきハナヤマタ』です‼」
「ウォォォォォォォォォ―――――――――‼」
今、俺が来ているのは今大人気のアイドルグループ「プリズムスターライト」の東京コンサート。
会場であるドームは沢山の人で埋め尽くされ、薄暗い中サイリウムを振り回し、熱狂している。
俺もその一人で、同志たちと共にサイリウムを振り熱狂している。
会場は熱気と興奮で包まれている。スピーカーから流れる重低音の音楽は、和風テイストの物、俺個人としてはとても好みな曲だった。
ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、と合いの手を入れ、ボルテージを高めていく。因みに、俺は割と前の席に居た。
「プリズムスターライト」は6人構成のアイドルグループだ。
グループのリーダーの千歳 モニカ。グループ内で一番人気の天野 小麦。そして、彼女に次ぐ人気ぶりにして、「永久の二番手」と呼ばれる星ノ瀬 雫。それに続いて、今津 渦、鳴子 シオン、そして俺の推しである秋宮 望。
と言ったメンバー構成だ。
合いの手も絶頂を遂げ、「永遠の二番手」である星ノ瀬 雫が歌い始めようと瞬間、驚愕の表情を見せる。
ん?今、目が合ったような気が……まあ、気のせいだろう。
驚いてしまったせいなのか思わず、マイクを落としてしまう星ノ瀬。スピーカーから耳をつんざくようなノイズが流れてしまう。
一体どうしたんだろう?あの星ノ瀬が本番でミスをするなんて珍しい。
メンバーが迅速なフォローをしてくれたおかげで、ライブはすぐに再開され、「かくも美しきハナヤマタ」は歌われる。
重低音の音楽。色とりどりの照明。光輝くサイリウム。「プリズムスターライト」達の透き通るようなきれいな声。
さっきの失敗の事など忘れ、俺達は合いの手をいれながら、サイリウムを振り、コンサートを命一杯楽しむ。
「ハァー、今回も良いライブでしたな。……そなたもそう思うでござろう?俊介殿」
「ああ、今回も良いライブだったな。特に『かくも美しきハナヤマタ』は途中でハプニングもあったけど、やっぱり最高だったな」
「小生もそれには同意でござるが、一体どうしたのでござろうな?雫殿は?あんな本番でミスを犯すなんて珍しい」
「確かにそうだったけど、まあ、人間誰だって失敗はあるだろ。彼女達だって人間なんだからさ、失敗の一つや二つはあるって」
「まあ、そうでござるな」
同士、もとい、同じ大学の同級生、大野 悟と開催地だったドームのすぐ近くで、先程のコンサートについて語っていた。
因みにコイツはこんな口調だが、大学では普通の標準語で話している。アイドルに関する話になるとこんな口調になってしまう。
そんなこんなで大野と楽しく語っていた俺。
「おっと、こんな時間でござるか。……では俊介殿、小生はそろそろお暇するでござる」
「ああ、そうか、それじゃあな大野。また明日、大学でな」
そう言うと、大野は付近にあったタクシーに乗ってその場を後にする。辺りにはチラホラと俺と同じ同士が居るがもう語る気分でもない。
さて、それじゃあ俺も帰るとするか。
改札口に向かおうとした時、「あの、すいません」と誰かに後ろから声を掛けられる。
(一体誰なんだろう?もしかして、語りたい同士かな?でももう帰りたいし、同志の人には申し訳ないけど断るか)
「すいません。俺、そろそろ帰らないといけないので………‼」
俺の後ろには、黒色の帽子に、黒色のジャケット、紺色のジーンズ。顔はサングラスとマスクで隠されている、誰かが立っていた。
どこからどう見ても、明らかに不審者。って言うか、何か息遣いが荒い。
「あ……その、メールアドレスを渡しておきます。なので、またの機会という事で……」
俺は不審者にメールアドレスが紙を渡そうとし、その場を後にしようとする。……うわっ、何だアレ⁉すっごい怖いんだけど‼
俺は一分でも、一秒でも早くその場から逃げたかった。クソッ、大野がここに居てくれればまた話は違っていたのに。
しかし、俺の腕は不審者に掴まれる。
「えっ⁉」
「動かないで。逃げようとするものなら、痴漢って大きな声で叫ぶから」
くぐもって良く聞こえなかったが、声音からして不審者はどうやら女の子らしい。まさか、これが今噂のオタク狩りって奴なのかだろうか?
逃げようにも、脅されているから逃げられない。
そして、俺は不審者に促され、タクシーへと乗らされる。うわっ、俺、一体どこに連れて行かれるんだろう。
もしかして、こいつらの仲間が居る所に連れて行かれてカツアゲでもされるんじゃないのか?っていう事は美人局?
タクシーに乗ると、不審者は俺の腕を掴むのを止め、大人しく俺の隣に座る。不審者は何も喋ろうとはしない。
俺の隣に座り、口を噤んでいた。
……とても気まずい。何か話した方が良かったのかもしれないが、脅されている手前、俺が安易に喋ることは難しい。
タクシーの中はとても静かだった。聞こえてくるのはタクシーのエンジン音のみ。
窓から見える風景は見慣れない光景。きっとあまり俺が行かない場所なのだろう。窓の景色を見る事くらいしかやる事が無く、俺は只々窓を眺め続けた。
そして、どれ位経ったのだろうか?チンピラとかのたまり場に留まるかと思いきや、歓楽街のとあるお店の前でタクシーは止まった。
「ありがとう。はい、1080円」
不審者がタクシーの支払いを済ませ、俺達は降りる。
目の前に映るそのお店はとてもお洒落で、レトロな雰囲気を醸し出すお店だった。両側にアンティークなランプが置かれ、レンガ作りの温かみのある建物。
ガラス張りの窓から差し込む明かりはとても柔和な光だった。木製の扉には「開店中」の看板が立てられている。
不審者が扉を開ける。カランコロンと心地の良い音が鳴り響く。
中は良い意味で予想通りだった。内装にはこれと言った工夫はうかがえない。店内にはジャスが流れ、カウンターと革張りの椅子と長椅子の席に分かれている。
棚には様々な種類のお酒が置かれ、その近くにはこの店の店主が佇んでいる。人は俺たち以外、誰も居なかった。
微かにお酒の匂いが漂っている。どうやらここはバーらしい。
「おや、いらっしゃいませ。西園寺さん。いや、今は星ノ瀬 雫さんと言うべきでしたかね?」
「別にどっちでも良いわよ。私にはいつもの奴をお願いね」
どうやら、この不審者とこのお店の店主は顔見知りら……っては?今、店主は何と言っただろうか?
「そちらは一体何を?」
「あ、じゃあお腹がすいているので、このお店のオススメをお願いします」
確か、さっき星ノ瀬 雫と言っていたが、そんなはずは無い。彼女は大人気のアイドルだ。ましてや、俺を拉致した不信者が彼女なんて、冗談はやめて欲しいものだ。
「ふう、いい加減暑いからこれ脱ごっと」
不審者は帽子と、マスク、サングラスを鬱陶し気に脱ぐ。
そして出てくるのは、透き通るような奇麗な銀髪、気の強そうな色を宿した碧眼、幼さを残した可愛らしい顔立ち。
間違いなく、何処からどう見ても大人気アイドル「プリズムスターライト」のメンバー、星ノ瀬 雫だった。
だが、
「はぁ、せめて望ちゃんだったらな」
思わず、そんな落胆を呟いてしまった。確かに「プリズムスターライト」としては好きだが、単体だとあまり好きでは無かった。
「ちょっと、そこ‼何、目の前に大人気のアイドルが居るにも関わらず、他のメンバーが良かったとか、そんな事を言うわけ‼失礼でしょうが‼」
俺を指さし、掴み掛らん勢いで俺に迫ってくる。ギャーギャーと喚き、必死に抗議してくる。しかしそれに恐ろしさは無く、むしろ可愛らしい。
思わず笑みを浮かべてしまう。
「って言うか、星ノ瀬さんはどうして俺をここに連れて来たんですか?」
「………本当に?」
「?あれ、俺何かマズイ事でもやってしまいましたか?」
星ノ瀬さんは不満そうな、悲しそうな、そんな顔をしていた。自分の思い通りにいかなくて際悩んでいる様な、そんな感じだった。
しばしの沈黙。俺も星ノ瀬さんもお互いに黙っていた。そして、そんな沈黙に耐え兼ねたのか、星ノ瀬さんは、
「本当に、私の事覚えていないの?」
掠れるような、か細い声でそう呟く。その声音はとても悲しそうだった。
……覚えている?一体の何の話なのだろう?俺と星ノ瀬さんは知り合いだと、そんな風な口ぶりだがそれはあり得ない。
俺と星ノ瀬さんには何の面識も無いのだから。
ましてやアイドルとそのファン。それだけの関係だ。それ以上の関係何て物はあり得ない。まあ、小さい頃の幼馴染に似てなくも無いが。
……って言うか、似ていると言うより……。
「もしかして……雫なのか?小さい頃に遊んだ、あの狂犬女の西園寺 栞?」
「っつ‼誰が、誰が狂犬女よ‼」
栞は俺に迫りより、掴み掛ってくる。キッと俺を睨みつけ、自分は怒っているんだぞと言う表情を浮かべている。
しかし、口元は綻び、怒りの表情は崩れていく。
そして「気付くのが遅いわよ、馬鹿」と心底嬉しそうに、そう言った。
「その、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「ええ、本当に久しぶりね。幼馴染の顔も名前も忘れてしまう位なんだから、当然と言えば当然なんだけど」
俺が忘れていたことを怒っているのか、栞は素っ気ない態度でそう返してくる。しかし、頻繁にこっちをチラチラと見てくる。構って欲しいのかな?
「しかし、まさかお前が俺に脅迫をしてくるなんて。……そんなにお金に困っていたのか?大人気アイドルなのに?結構……闇が深いんだな」
「んな訳ないでしょう‼私、ちゃんとお金持っているし‼半分は実家に仕送りしているけどお金持っているし‼貧乏じゃないし‼現役JK舐めんな‼」
栞はまたも俺に迫ってくる。ウガーっと言いながら数枚の福沢諭吉を見せつけ、俺が言った事に反論してくる。
本人は怖い顔をしているつもりなのだろうが、その仕草や表情から思わず猫を連想してしまう。
「じゃあさ、栞。お前はどうして俺を脅迫したんだ?」
「え?えっと、それは、その、あの……別にどうだって良いでしょ‼」
疑問に思った事を聞いてみるが一蹴されてしまう。何をそんなに怒鳴らなくても良いと俺は思うのだが。
白い頬を朱色に染め、何故か狼狽していた。一体何を想像したのだろうか?
ちょうどタイミング良く、俺と栞が頼んだ物が運ばれてくる。雫はプリンアラモードとコーラ。俺はオススメの品だったが、カレーライスだった。
オススメの品と言うだけあって、カレーライスはとても美味しかった。その後は、栞と下らない話で談笑する。
そして、しばらくの時間が経ち
「今日のミス、会ったでしょ。アレ、俊介のせいだから。だってまさか、居るなんて思わないでしょ。幼馴染がコンサートに居るなんて」
「まあ、今日以外にもコンサートには来ていたんだがな」
「だから、私狼狽しちゃって、マイクを落としちゃったって訳‼だから俊介、ちゃんと責任取ってよね。って言うか大体知る訳ないでしょ、毎回コンサートに来るなんて‼」
「一体俺にどうしろって言うんだよ」
「それは、アレよ、アレ。推しを変えるのよ。望月 望じゃなくて、星ノ瀬 雫って言うスパー美人に鞍替えして。そして、私を崇め奉って‼」
「ソレをするくらいなら、いっその事ファンを止めて……」
「まって‼時雨に負けたのは悔しいけど、それでも止めるのは止めて‼金蔓が居なくなるのは困るの‼私の稼ぎが減らされちゃうからぁ‼」
「お前、アイドルなんだからそんな事言うなよ。生々しい」
栞は完全に出来上がっていた。どこかテンションがおかしく、執拗に絡んでくる。あれ?コイツ、コーラー飲んだだけだったよな?
「ちょっと店主‼何故かこの娘、酔っちゃっているんだけどお酒を」
「出してませんよ。勿論未成年ですから。しかし、ここはお酒の場、まあ、場酔いという物でしょう。どうぞご安心を」
一体どうやって安心すればいいのだろうか、全然安心できる要素が見当たらない。今も俺の目の前で、何かを呟いている大人気アイドル。
これは、流石に不味いんじゃないのか?
一体どうすればいいのだろうか?と悩んでいると、栞が絡んでくる。
「今夜は無礼講よ‼パッと飲みましょう‼全部私の驕りよ、ジャンジャン、ジャンジャン飲みなさい‼私は大人気アイドルだからね‼」
「おい雫、流石に落ち着いた方が、ってうわっ‼」
どうにかしようとした瞬間、栞がいきなり席を立ちあがり俺を抱きしめてくる。
何とか押し返そうとするが、離れない。
「おい、ちょっと雫、お前、落ち着け、一旦、な‼」
「フフフフフ、今の私は無敵なのよ。さあ、俊介、今夜は朝までパッあっと飲み明かしましょう。絶対に離さないし、返さないからね‼」
しばらくの間、不敵な笑い声を挙げ、はしゃいでいた栞。しかし、いつの間にか俺の膝を枕にして眠ってしまっていた。
心地の良い寝息を立て、とても気持ちよさそうに寝ている。
これマネージャーの方に、電話とかしておいた方が良いんじゃないのか?そう思ったが、店主が電話で誰かとやり取りをしていた。
恐らく栞のマネージャーなのだろう。どうやら栞は結構このお店に来るようだ。そして、頻繁に厄介になっている。
「栞さんのマネージャーの方には電話をしておいたので、しばらくしたら迎えが来るでしょう」
店主の言葉通り、しばらくしたら雫の迎えが来た。
店の外には黒塗りの、如何にもな高級車が止められる、そこから出てくるのは、スーツ姿の女性。
眼鏡を掛け、髪を一房にまとめている、仕事が出来そうな雰囲気を醸し出している。このキャリアウーマンのような女性が、雫のマネージャーなのだろう。
「おい、栞。起きろ!お前のマネージャーさんが来たから、ほら起きろ!」
身体を優しく揺すり、俺の膝で気持ちよく眠っていた栞を起こす。流石にこの光景を見られるとどんな誤解を生むか分からない。
「うーん。どうかしたの?俊介?」
栞は起きてくれた。が、目はトロンとしていて、顔は朱色を帯びている。まだ酔いは収まっていないらしい。
そして栞が起きたのと同時に、カランコロンと心地の良い音を響かせながら、マネージャーは店内に入ってくる。
「申し訳ございません。いつも、うちの星ノ瀬が迷惑をかけてしまって」
「いえいえ、別に迷惑に何てなっていませんので、どうかお気になさらず」
開口一番、頭を下げて店主への謝罪。店主は紳士的な対応をしてそれをなだめている。
「あれ?佐々木さん、どうしてここに居るんですか?」
「それはあなたを連れ帰る為に決まっているでしょ。明日もやらなくちゃいけない事があるんだから、ほら、早く行くわよ。それじゃあご迷惑おかけしました」
マネージャーに手を取られ、千鳥足の栞は店を後にする。「それじゃあ、ありがとうございました」そう言い残して。
去り際に、栞はバイバイと手を振っていた。
車のエンジン音が鳴り、段々と遠ざかっていく。
まるで台風が去った後の様に、店内は静かになってしまう。ガラッとして、さっきまであったはずの暖かみは何処かに消え去ってしまっている。
何とな、俺は寂しさを感じてしまった。久しぶりに会ったからだろうか?そう言えば、俺、アイツに別れを言いいそびれてしまったな。
まあ、また次会った時に……って無理か。だってアイツは大人気のアイドル何だから。そんな事は出来ないに決まっているだろ。
栞と言う昔の幼馴染がとても遠くに居るように感じられた。
いや、感じるんじゃない。実際、あいつは俺が手を精一杯伸ばしても、届かない場所に居るんだ。
そう思うと、何だか自分がさっきまで思っていた事が、とてもおこがましい様に感じられた。
俺は支払いを済まし、店を出る。
おもむろに空を見上げる。さっき見た時は満月と沢山の星が見えたはずなのに、今は何も見えなかった。
そう言えば、栞とは子供の頃よく一緒に遊んだな。……まあ、今ではそう言うのも無理なんだろうな。簡単に会える存在じゃないし。
多分、もう会えないのかもしれないな。
さて、どうやって俺は帰ろうかな?ここはタクシーを呼ぶ所が無難な所だろうな。そして、その後電車に乗って家に帰ろう。
携帯電話を取り出し、タクシー会社に電話をしようとした時、腹部に衝撃が走った。何か重いものが俺に圧し掛かり、バランスを崩してしまう。
誰かにタックルをされた⁉
俺は柔道有段者じゃない為、受け身も取れず地面に倒れ込む。
「……あ痛っ‼」
一体どこの誰なんだ?人様にタックルをしてくる馬鹿野郎は。苛立ちを覚えながら、俺の上に圧し掛かっている野郎の顔を見る。
「………‼」
透き通るような奇麗な銀髪、気の強そうな色を宿した碧眼、幼さを残した可愛らしい顔立ち。俺の目の前に居るのは、西園寺 栞だった。
「ほら、まあ飲めよ」
「……ありがとう」
俺と栞は先程の店から少し歩いた所にあるベンチに座っていた。すぐ近くに有った自動販売機で缶コーヒーを二つ買い、一つを栞に渡す。
さっきまでの栞は、どこか切羽詰まっている様な気がしていた。何か大変な事でも起こってしまったのだろうか?
俺が口を開こうと思っていた、
「ずっと会いたかった。……本当に、本当の本当に、私は俊介にずっと会いたかった」
ぽつり、ぽつりと栞は何かを話し始めた。
「私が引越しをして、離れ離れになっちゃったけど、それでもまた簡単に会えると思っていた」
「……」
「だから、俊介が引っ越しをしちゃった時、どうすればいいのか分からなかった。……簡単だと思った事が、あっという間に難しくなっちゃったから」
「……」
「どうしてあの時あんな事を言ってしまったんだろう。どうしてあの時あんな事をしてしまったんだろう。あんな事をしたかった。そんな事をしたかった。もっとちゃんとしたお別れをしたかった。って沢山の後悔をした」
「……」
「私たちの繋がりはもう無くなっちゃったから、失っちゃったから、だからもう、一生会えないと思った」
「……」
「だから、会えた時はとっても嬉しかった」
「……」
「でも、繋がりは出来たのかな?また、会えるのかな?私の前から居なくなっちゃたりしないのかな?ってそんな不安がよぎった」
「……」
「よぎったら、怖くなって、いてもたっても居られなくなって、せっかく会えたのに、そんなのは嫌だった……だから私はここに来た」
繋がりを失わない為に、もうそんな事は二度とさせない為に。
雫の口から発せられる言葉は、子供の頃からずっと溜め込んできていた思いだった。雫はずっと子供の頃を覚えていて、ずっとその事を後悔していた。
そんなモノを抱えて、アイツはこれまでを生きていたのだ。
だから、
俺は雫のおでこにデコピンをした。
「痛っ‼」
突然来た痛みに、おでこを抑える栞。おでこを抑え、何をするんだと、俺に反抗するような目つきで睨んでくる。
「重すぎるんだよ。お前の話」
これが俺の感想だった。確かにコイツの思いは伝わった。それがどれ程辛かったのか、苦しかったのか、よく分かった。
だが、コイツの後悔は余りにもしみったれていた。子供の頃の事をそこまで引きずるのか、と思う程に。
そう言うのは人それぞれだ、様々な思いを持つのはその人の自由だ。だが、コイツは俺の幼馴染、理不尽に思うかもしれないが思った事を言わせてもらう。
「それって結局、連絡とる手段が無かったとか、また一緒に会う約束をし忘れただけって、ただのよくある失敗じゃねえか‼」
「それは、その、そう……だけど」
「んで失敗して、後悔していて、疎遠になったけどまた出会った。再会できて嬉しかったけど、本人は私の事をどうでも良いと思っているかもしれない。それで心配になって、連絡先を聞きたかったけど、恥ずかしくて聞けなかった」
「違う‼繋がりを持ちたかったの‼」
「でもやっぱり聞きたくて、お前は戻ってきた。あと、ついでに昔の様な関係に戻りたかった……って思春期の女子かよ‼」
「私は今年で17歳。まだ思春期よ‼別に良いでしょ思春期‼思春期万歳‼」
つまりはそういう事だ。
確かにコイツの話は重たい。抱えている物も苦しかったし、辛かったのかもしれない。だが、傍から見たらそんなモノで済まされるモノだ。
そんなに大した事では無い。
「お前は俺とまた仲良くしたい、連絡先を聞きたいと。つまりはそういう事なんだな?」
俺の質問に不承不承と言った様子で頷く。恥ずかしいのか、口元を隠している。しかし、隙間から頬を赤く染めているのが見えてしまっている。
コイツのさっきの話は全て、これが目的だったんだろう。連絡先が欲しかったけど自分で言うのが恥ずかしくて、俺に言わせようとした。
すっごい回りくどい。っていうかコイツ、まだこの面倒くさい性格治っていないのか。だがまあ、俺も人の事は言えないのかもしれない。
自分の事を棚に上げて人に何かを言うのもあまり良くは無い。
「実際、俺もお前の連絡先とか欲しかった。それにまた昔みたいに遊びたかったし、下らない話で盛り上がりたかった、だから連絡先交換でもするか?」
栞は信じられない、と言う顔をしていた。願っていたし、欲しかっただけど、自分自身の叶うなんて思っていなかったようだった。
スマートフォンを取り出すが、その手は震えていた。だから、俺はその手を優しく掴む。栞は一瞬びっくりするが、すぐに俺に笑い掛ける。
そして、目の端には大粒の涙を浮かべていた。笑いながら、泣いていた。
「うんっ‼交換しよ‼」
そう、栞は俺に向かって元気よく言うのだった。
「って言うかお前どうするんだよ。車、無理矢理降りて来たんだろ?」
「多分、まあ、大丈夫だと思うわよ。佐々木さんだし、私のマネージャーだし」
何と言うか、マネージャーさんがいたたまれなかった。お仕事お疲れ様です。俺は心の中で合掌する。
「お前、結構重いんだが。全く、足を捻りやがって」
「しょうがないでしょ‼無我夢中で走ったんだから‼あと、女子に向かって重いとか言うな‼」
俺は栞をおぶって歩いていた。辺りは所々がとても暗い。歓楽街の色とりどりのネオンが不気味に光っている。
流石に女の子一人だけで歩かせるような場所では無い。ましてや栞は怪我をしている。誰かの助けが無いと歩けない。
時々吹く風は冷たさを帯びていて、思わず身震いしてしまう程だ。
開いている店があれば、シャッターで占められている店もある。まあ、時間も時間だ。普通なら、俺たちの様な未成年が来るような時間帯でもない。
「しっかしどうしようかな?もう、終電逃したし。俺、帰るあてが無いんだよな。そ明日大学の講義あるし」
「だったら適当なホテルに泊まる?私結構お金は持って来ているから、大丈夫だと思うけど、因みに私も明日は大事なイベントが控えているわ」
どちらも明日がマズイと来ている。
栞は帽子を深々と被り、サングラス、マスクを付け、星ノ瀬 雫だという事を隠している。最初に着けていた時は暑かったが、今では良い防寒具になっている。
まあ、傍から見れば怖い事には変わりないのだが。見た目完全に不審者だし。
「え?ホテル?流石にそれは不味くないか?色々と、だってお前、アイドルだろ。万が一にも週刊誌に目を付けられたら……」
「別に私は星ノ瀬 雫じゃないし。西園寺 栞だし。だから、まあ、大丈夫でしょ!……多分、恐らく」
「信用出来ねー」
だが、他に行く当てがないという事も事実。不眠不休で夜を過ごす、何て笑い話にもならなないだろう。
お互い明日も用事があるし、ホテルに泊まると言うのが得策だ。
「って言うか、これって他のファンに恨まれないか?お前って実際トップ2の人気ぶりだし、まあ俺は違うけど」
「俊介の推しが私ではなく、時雨な事がとっても悔しいけど、私たちは幼馴染だから!大丈夫よ、大丈夫‼幼馴染特権よ‼」
「嬉しい様な、嬉しくない様な」
「何でよ‼そこは喜んでよ‼」
思わず俺は笑う、そして栞もつられて笑い出した。
「んじゃあ、これから改めてよろしくな」
「ええ、こちらこそ」
そうやって俺と栞は二人で笑い合う。
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