6 一輪の薔薇と泣き虫国王
にっこり進み出たのは、優しい笑みを浮かべる、庭師のなりだった。
しわが刻まれながらも逞しいその手には、赤い薔薇が一輪握られていた。
「一輪だけ、無事でした。高貴なあなたには薔薇がよくお似合いです」
棘を落とす間もなく握りしめていたのか、よく見ると彼の指に血が滲んでいる。
私はその薔薇を大切に受け取ると、香りを嗅いだ。
ああ、これだ――甘く深い、懐かしい香りだ。
いつも私を安堵させてくれる生垣の中の。――今は微かに、血の匂いもするけれど。
私は思わずぽろりと涙を流した。一度堰を切って流れ出た涙はなかなか止まることがなかった。
政務官まいきーより死傷者の数について報告を受ける。怪我をした者は大勢いるが、どうやら魔物は国王である私を狙っていたらしく、死者はいなかった。不幸中の幸いだ。
「そうか。お前達、無事で、よかった……。本当に……。城は……魔物のせいで、こんな、散らかり放題に、なってしまったが」
敵はまた攻めてこないだろうか。
城は元に戻るだろうか。
国はこれからどうなるのだろう。
「陛下もご無事で何より。大丈夫ですよ、ゆっくり、一つ一つ、片付けていきましょう。私達がついてます」
庭師のなりは、細い目をさらに細めて優しく微笑みかけてくれる。
「し、しかし、庭にはもう、私の涙を隠してくれる薔薇の生垣さえない……こんな大恐慌を……私は……どうやって、乗り越えたら……ひっく」
本来は、私がそうして笑顔で国民を安心させなくてはいけない。だから、泣き顔は誰にも見せまいと、これまでずっと覆い隠してきたのに。
すると岡田が私の傍に跪き、彫刻にして保存したいほどの極上の微笑みで言った。
「陛下が泣き虫なのは、城中の誰もが知ってます。今更隠すことはありませんよ」
「そ、そ、……そうなのか?」
岡田の後ろ、氷の城から脱出した者たちからも、次々に笑い声が聞こえてくる。
ガハハと笑う幼馴染たじーは元より、タクは軽快に、猫侍はニヤニヤと、真面目な政務官まいきーまで笑っている……。
なんだ、私は隠していたつもりだったのに、バレていたのか。だったらなんのために私は人目を忍んで――。
バツが悪かったけれど、あまりに皆が笑うので、最後はつられて一緒に笑った。
私も、皆も、生きている。しかも、笑っている。こんな状況にもかかわらず、笑って、いるのだ。
目の前には、瓦礫の山。焦土の大地。それでも、不思議と力が湧いてくる。
これから先も何とかなる。いや、何とかしてみせる。私は、皆の笑顔に誓うのだった。