表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

6 一輪の薔薇と泣き虫国王

 にっこり進み出たのは、優しい笑みを浮かべる、庭師のなりだった。


 しわが刻まれながらも逞しいその手には、赤い薔薇が一輪握られていた。


「一輪だけ、無事でした。高貴なあなたには薔薇がよくお似合いです」


 棘を落とす間もなく握りしめていたのか、よく見ると彼の指に血が滲んでいる。


 私はその薔薇を大切に受け取ると、香りを嗅いだ。


 ああ、これだ――甘く深い、懐かしい香りだ。

 いつも私を安堵させてくれる生垣の中の。――今は微かに、血の匂いもするけれど。


 私は思わずぽろりと涙を流した。一度堰を切って流れ出た涙はなかなか止まることがなかった。


 政務官まいきーより死傷者の数について報告を受ける。怪我をした者は大勢いるが、どうやら魔物は国王である私を狙っていたらしく、死者はいなかった。不幸中の幸いだ。


「そうか。お前達、無事で、よかった……。本当に……。城は……魔物のせいで、こんな、散らかり放題に、なってしまったが」


 敵はまた攻めてこないだろうか。


 城は元に戻るだろうか。


 国はこれからどうなるのだろう。


「陛下もご無事で何より。大丈夫ですよ、ゆっくり、一つ一つ、片付けていきましょう。私達がついてます」


 庭師のなりは、細い目をさらに細めて優しく微笑みかけてくれる。


「し、しかし、庭にはもう、私の涙を隠してくれる薔薇の生垣さえない……こんな大恐慌を……私は……どうやって、乗り越えたら……ひっく」


 本来は、私がそうして笑顔で国民を安心させなくてはいけない。だから、泣き顔は誰にも見せまいと、これまでずっと覆い隠してきたのに。


 すると岡田が私の傍に跪き、彫刻にして保存したいほどの極上の微笑みで言った。


「陛下が泣き虫なのは、城中の誰もが知ってます。今更隠すことはありませんよ」


「そ、そ、……そうなのか?」


 岡田の後ろ、氷の城から脱出した者たちからも、次々に笑い声が聞こえてくる。


 ガハハと笑う幼馴染たじーは元より、タクは軽快に、猫侍はニヤニヤと、真面目な政務官まいきーまで笑っている……。


 なんだ、私は隠していたつもりだったのに、バレていたのか。だったらなんのために私は人目を忍んで――。


 バツが悪かったけれど、あまりに皆が笑うので、最後はつられて一緒に笑った。


 私も、皆も、生きている。しかも、笑っている。こんな状況にもかかわらず、笑って、いるのだ。


 目の前には、瓦礫の山。焦土の大地。それでも、不思議と力が湧いてくる。


 これから先も何とかなる。いや、何とかしてみせる。私は、皆の笑顔に誓うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ