5 王城の地下室
我々は明け方、王城に戻ってきた。
聖女を見つけるべく夜を徹して国中を駆け回ったが、氷華の蕾が花開くことはなく、
融けて小さく小さく、もう花とも呼べないほどの氷の塊になってしまった。
「タイムリミット、ですね」
「ああ。見つからなかった」
私は庭師のなりの抱えるガラスケースの中を見ながらため息を漏らした。
信仰心が足りないのではないかとか、一人ずつ歌うべきだったかもしれないなど、様々な意見が飛び交ったが、いかんせん時間がもうない。
失敗だ。
「私は仮眠をとらせていただきます」
聖歌を聴いているときにはウトウトし馬車での移動時には爆睡していた私の横で、一度も眠そうな顔を見せなかったみざにん政務官が申し出る。
「みざにん政務官、ご苦労だった……ゆっくり寝てくれ」
城の中に与えている自室へと消えていく政務官の背を見送り、私は脇に立つ岡田を見上げた。
「岡田も、少し休んだらどうだ……?」
私の巡幸に同行する中で、彼は魔物と戦う術を他の戦士に教えていた。魔法による戦闘はこれまで必要にならなかったこともあり、扱えるものはほとんどいない。王都から同行してきた剣士一人一人に「この続きは王城へ帰ったらにしましょう」と何度か言っていたのを思い出す。
「大丈夫ですよ、陛下」
岡田は薄い微笑みを返すだけだ。私がこうして声をかけることさえ、負担になっている気がしてならない。
岡田は魔物に怯えた村人にまで、簡単な護身術をレクチャーして、とにかく忙しく動き回っていた。疲れていないはずがない。
「だが、倒れてしまっては元も子もない」
弱いところは隠す、そんな生き方、私もしてみたいものだと思う。でも、実際するとなると、大変だろう。
自分で言うことではないが、私のように簡単に弱音を吐けるならこうも心配はいらないのだが。
「そうだ。皆休んでくれ。そういう日も必要なのだ。今日は丸一日休みにしよう。そしてもう少しゆとりのある予定を立てるのだ。でなければ魔物とは渡り合えぬ」
城全体にもっと余裕を持たせなければ。みざにん政務官にもそう伝えるように指示を出す。
急いては事を仕損じる。
幸いにも、聖女まどか姫が聖歌を歌ってくれた効果がまだ残っているはずだ。魔物もすぐには襲ってくるまい。
友浦王国に今必要なのは、希望と元気だ。
寝室でこんこんと眠り続けた私は、空腹を覚えて起きた。
起こさなくてよいと言ってどれくらい眠っていただろう。窓の外は真っ暗闇、時計を見れば今は夜中らしい。
呼び鈴を鳴らそうとしてやめる。私の命令が守られているなら、城全体がお休みモードであるはずだ。
一階の厨房までいけば何かあるだろう、と明かりを手に夜な夜な一人で廊下を歩く。
(それにしても……やはり聖女はそう簡単に見つかるものではないのだな)
まどか姫は元は平民で、聖女としての力を認められて王室に迎え入れられたという。それほどまでに珍しいということだろう。
(ああ~~~あ、どうしよう~~~問題山積みだ……魔物とかまた来るだろうし……はあー……)
何も解決はしなかった。
これからまた向き合っていかなければならない憂鬱を抱えたままだ。
元気が必要だから休むように言ったものの、皆は今どんな気分だろうか。
内装の修繕もまだ途中で、警備も最低限。――まあたまにはこんな日があってもいいな、と寝静まる城内を行く中、
(んむ……? なんだ、この音は)
耳にキンキン障る音が聞こえてくる。
不穏なものを感じつつ、私は地下へと続く階段を降りていく。
薄暗い地下室を、手元の蝋燭を頼りにびくびくしながら進んだ。
しばらく行くと、松明の炎が見えてきた。
「…………!!」
小さなホールのような部屋、壇上に誰かいる。
しかも複数人。
打楽器や弦楽器などを、乱暴にかき鳴らしている。
楽器とは、もっと丁寧に静かに弾くものではなかっただろうか。
その中央に立つ男は、頭を振り乱し、禍々しく獰猛な様子で何やら声高に叫んでいた。
少々恐れを抱きつつ、私は注視する。
顔には化粧が施され、悪魔のようないでたちで、それこそ先日の魔物かと見まごう程。
荒々しく叩きつけるような演奏の中、時折琴線に触れるような音色もあり、美学を感じる。
猛々しさと美しさが融合する不思議な空間がそこには存在していた。
あれっ。でもなんだか見たことがあるような……。
「え、岡田……?」
眉目秀麗、品行方正な王騎士岡田とは別人のような、奇妙奇天烈な派手ななりをしているが、細くてきらびやかなセンスは共通していて間違いなくあれは岡田だ。
「打楽器を叩いているのはみざにん政務官……か?」
他にも大臣や、城によく来る旅人など、悪魔に仮装した彼らは思い思いに楽器を奏でている。
しかし、この騒ぎはいったいなんなのだ。
聞いているだけで疲労することこの上ない。
何を怒っているのかわからぬが、とにかく叫んでいる。
いや、よく見ると、歌っている当人たちは、自分の奏でる音に酔いしれている。
「へ、陛下……!!!」
みざにん政務官が、入口に立ち尽くしている私についに気づいて、バチを叩きつける手を止めた。
「あら、見られてしまいましたか」
歌い手の岡田は特に動じた様子もなく、むしろにやっと凄味のある笑みを浮かべた。
「陛下、定期演奏会へようこそ。私たちの楽団名は“王城の地下室”と申します」
そう言って岡田は手招きするように、私を前へと案内した。
「王城の地下室……定期演奏会とな。こ、この音楽はなんなのだ?」
バロック音楽が元になっているようだが、どうも違うような気がする。
「重金属的な音楽ですよ」
そうか、ますますわからん。
真面目な彼らは、日夜こうして羽目を外していたらしい。
それ自体は喜ばしいことだった。
「せっかくなので陛下もお聴きになっていってください」
「う、うむ……」
こうなっては……付き合わねばなるまい……。彼らの日頃の鬱憤、ここで存分に晴らしてもらわねばな……。
そうして、どこにそんな体力が残っていたのかと思うほど、がなり立て始める。
(ああなんと……頭が割れるようだ……)
歌のうま下手ではなくて、ジャンル的に理解を超えていた。
地獄のような時間が過ぎていく。
私はただただ耐えた。
すると、私の背後に、誰かがぬらりと現れた。こんな現れ方をするのは一人しかいない。
「お、魔術師あんぽんたんではないか。そなたまで見に来たのか」
常連なのか、たまたま来たのか。
魔術師あんぽんたんはなぜか大きく目を開いて、手に持っていたものをこちらに差し出す。
クリスタルに輝く、透き通る花の束を。
「え?」
氷華だ!
氷華の花束だ。
これには私も驚いて目を見開いた。
「そ、それ、新しいものを採ってきてくれていたのか!? しかも、そんなにたくさん……」
だが頷くあんぽんたんの目は、今も驚きの形のまま花束に注がれている。
その理由に、
私はさらに驚いた。
――花束は、満開だったのだ。
曲に合わせて光の粒子が雪のように舞う。そして岡田達の曲が終わるとほぼ揃いのタイミングで花が閉じていく。
「な、何かの間違いだ……こ、こんな……」
氷華が咲いている……。
「この曲……が……? 意味の分からぬ、前衛的で謎の演奏のこの曲が……」
氷華は、神は、これを聖歌として認めるというのか……?
叫び声と唸り声と金切り声と滅多打ちのこれを……?
思わずつぶやいた感想に、壇上から刺すような視線を感じるがそれどころではない。
「お前たち、最後に演奏したのはいつなのだ?」
私の問いかけに、
「最近は忙しくて、もうひと月も集まっていませんでした」
「それ以前は?」
「毎週末定期的に演奏していました」
満開の氷華の花束を見て岡田達も事情を理解したのか、さすがに驚きを隠せずにいた。
庭師のなりの言った通りだ。
国の果てまで行ったが、聖女は身近に存在した。
その後人を集め、様々な方法で氷華が咲くかを試してみた。
同じ曲を別の者が歌った場合、岡田達が別の曲を歌った場合、一人一人分けて歌った場合など。
だが、岡田とみざにん達“王城の地下室”メンバー全員の重金属的な演奏でのみ花は咲いた。
後で聞いた話だが、これはれっきとした宗教音楽だったらしい。
聴いていたときは全く理解できなかった。
さらに後日、林村王国の奉禄教会より連絡があった。
友浦王国の加護は完全に回復したという旨だった。
……やれやれ。
まさかこんな形で解決することになろうとは。
私は降参するような気持ちで、改めて騎士装束に身を包んだ岡田に言った。
「これからも定期的に演奏してよいぞ」
最近になって魔物が現れたのは、演奏会をしばらく休止していたからだろう。羽を伸ばしてこそ国が護られるというわけだ。
「しても、よい、ですか……?」
岡田の目が威圧感をもって光る。
「あう、いや、やってくれ。うむ。やってくれないと防衛にかかわる」
まったく、怖いものなしだな……。
私は改めて任命式を催し、岡田、みざにん、それから大臣、旅人まで全員を聖女に任じた。
「えーと……その呼称はちょっと……」
「そうだな……別に好きに名付けたらいいか。うーん……」
式典中、私は岡田より名称変更の要望を受け、その場で考えた。
たしかにこの音楽には、男の中の男、というような美学を感じる。「聖女」では不満だろう。
「重金属……とか言っていたな。では、重力の国民、と名付けよう。林村王国でいうところの聖女は、我が国において、重力の国民と呼ぶ!」
苦戦を強いられたが、これで一歩前進だ。
神の御加護も受けられる。
「聖歌として国全体に広めるにあたり、国民にシャウトの練習が必要かと存じますが」
「ううむ……任せる」
この曲、やはり国に広めねばならないのだろうか……。
神は重金属的な音楽がお好みか?
「これからの演奏会、陛下におきましては特等席でお聴かせしますね」
「う、うむ……聴かせてもらおう」
あとでメイドに耳栓を用意するよう、こっそり伝えた。




