4 氷華
満身創痍の魔術師あんぽんたんと城に戻った私は、氷華を手にすぐさま庭師のなりの元へと急いだ。
なりは庭園にいた。
焼けた薔薇園の中、焦げ付いた花はまとめて廃棄し、生き残っている花を選り分けて丁寧に保護している。
そして私に気づくと、作業の手を止めて深々と頭を下げようとして、止まった。私がもっている珍しい花に目を奪われている。
「陛下……その花は……」
「これを、知っているか?」
私は氷華をなりに渡してやる。
触れると冷たく、なりはその不思議さに興奮したように目を細める。氷のように手がかじかむほどではないが、ガラスや水晶やよりはずっと冷たい。
「これは驚きました……。生きているうちに氷華にお目にかかれるとは……奉禄神の力が宿っている花だそうで……」
還暦も近いなりだが、さすがに初めて見るらしい。
「うむ。凍鏡の氷華草原からとってきてもらったのだ。これで聖女を見つけなくてはならぬ」
「聖女?」
「林村王国では歌を歌うことで氷華を花開かせたものを聖女として奉るのだ。聖女が聖歌を歌うことでその国は神の加護を受ける」
なりは納得したように頷くが、手に持った氷華をためつすがめつ眺めている。まだまだ氷華には興味が尽きなさそうだ。
「なり、おまえにこの花の管理を任せたい」
「まあ。それは大役ですね。私につとまるでしょうか」
「なりなら大丈夫だろう。何か異変があれば魔術師あんぽんたんに報告してくれ。この花は二、三日で融けてしまうらしい。すぐにでも国民をかき集めて歌を聴かせるのだ!」
そうしてその日のうちに、国王の国内巡幸計画が立てられた。任されたみざにん政務官は恐らくほとんど寝ていないだろう。
まずはここ、王都からだ。
勅令により集まった百、いや千を超える民衆に、
「聖歌を歌い、この花を咲かせたものを聖女とする!」
私は高らかに宣言し、氷華を捧げ持つなりを一歩前に立たせる。
信心深いもの、奇跡を起こしたことのある者、歌に自信のある者を筆頭に、自薦他薦問わず全員に聖歌を覚えて歌ってもらう。聖女というくらいだから可能性が高いのは女性だろうが、念の為に男も。時間がないので、まとめて一遍にだ。
これで花が開いたら、この中にいるということだ。半分に減らしてまた歌って、と繰り返していけば聖女にたどり着くことだろう。
だが、頭から終わりまで歌唱が終わっても、氷華は閉じた傘の形のままぴくりともしなかった。
「うーむ……蕾のままか」
あまりに人数が多いと、花に声が届いていない可能性がある。
「一応もう一度、アンコールだ」
私はそう言うと、今度はなりを民衆の前で行ったり来たり歩かせることにした。
「だめかー」
王都に聖女はいないようだ。
「次へ急ごう」
次々に進めていかないと日が暮れてしまう。いや、たとえ夜を徹してでも見つけ出さねばならない。寝ている暇はなかった。寝るのは時間の無駄だ。この花には期限があるのだ。
地方にも回って、ひたすらに歌を聴く。夜も明かりを灯して、寝ている者を叩き起こして続けた。国王も寝ずに頑張っている国の一大事に、みんな協力してくれた。
この地域の住人があと少し集まるまで待機することになり、王一行で貸し切りにした宿の談話室にてわずかばかりの休息を得る。
「もうやだ! 見つかりっこない!」
ここで、私はとうとうぐずぐずと駄々をこね、みんなを困らせていた。みざにん政務官が子供をあやすように私の頭をなでては私の口に甘いケーキをねじこむ。
「陛下はよく頑張っていますね。偉い偉い」
「なんなのだ! なぜ咲かぬのだ! もうできぬ、できぬ!! こんな花折ってやる!」
「陛下、それはだめです!」
なりが慌てて、氷華を私の傍から離す。
氷華はドーム状のガラスケースに入れて保護しているが、この勢いのまま叩き割ってしまいそうだ。
みざにん政務官は「悔しくても花を折らない陛下、偉い偉い」などとなんとか褒めるところを探しては、ケーキのお代わりの指示を出している。
「政務官、もっと褒めぬか! もっと撫でるのだ!」
「はいはい偉い、偉い……」
このやりとりをあまりにも繰り返しすぎて撫で方が雑になってきている気がする。
まあ……私も、割と簡単に音を上げたものだと自分でも思うが……それほどまでに頑張ったのだから致し方ないだろう。
ぐったりとソファにしなだれてだらだらしている私に、騎士岡田が片膝ついて「陛下、あと少しだけ頑張りましょ、ね?」と美麗な笑顔をくれるが、
「いやだ! 私はもうくたくたなのだ!」
これにはさすがの彼も、苦笑い。
「陛下、落ち着いて」
ふとなりが何か思案げに、氷華を抱えながら、
「ほら、聖女様は意外と、身近にいるのかもしれません」
「身近……?」
「さ、陛下、立ってくださいませ」
そう言って私を導く。
「昔、陛下がわたくしにお歌を聴かせてくださったこと、ありましたよね」
そこまで寒くないために今はまだ使われていない暖炉の前、
「覚えていらっしゃいますか?」
私はその中央に立つ。
「……それ、は」
遠い昔の記憶。私は幼き頃、庭で剪定していたなりに、覚えたての国歌を歌ってみせた。得意げに。
その場にいた幼馴染のたじーは茶化してからかってきたが、なりはそれはもう手放しに褒めてくれた。私はとても嬉しかったものだ。
「ね? 陛下、歌ってみましょ。陛下は、みんなの歌を聴くばかりで、疲れちゃいましたよね。私、陛下の歌が聴きたいです」
なりはにっこりと、そう促す。
「たしかに、私はまだ、歌っていなかった……な」
王騎士の岡田も、みざにん政務官も、ついてきた城の者たちも、みな一様に私に注目する。あたたかなまなざしで。
私はまず、国歌を口ずさんだ。
我が国歌。
愛だけが武器であり、何も偽らず、無抵抗にして諦めない精神を歌ったものだ。
歌いきる頃には、熱唱していた。
そうだ。私はこの歌が好きだ。
なんの力もない自分だが、民への愛だけは誰よりも負けぬと自負しているから。
そんな私のことを歌っているようなこの歌が好きだ。
国民のことが大好きだ。
だから頑張っている。
だから頑張れる。
続いて何度も何度も聴かされた聖歌を。
想いを込めて歌い上げた。
なりの持つ氷華を見る。
氷の結晶のように、朝の霜柱のように、鋭く光り輝いている。
そして微動だにしない。
傘を広げることなく、固く固く小さく閉ざしている。
……むしろまたちょっと融けた気がする。
「まっっったく、咲かぬではないか!!!!」
咲くとは、誰も言ってなかったけど。
……言ってなかったけど!
なんだ、ダメだと思った、と皆仕事に戻り始める。
ただ一人なりだけが、
「でも素敵な歌声です!! もう一度歌ってみませんか?」
期待に満ちた目で懇願するように提案してくる。
「歌わぬ!」
「でもでも、本当に可愛らしいお歌でしたよ!」
「な、慰めはいらぬーーーっ!!!」
ああ私は何をしているのだ。
時間も気力も体力も無いというのに。




