1 王が騎士岡田の諌言
あんなに美しかった友浦王城が、天地を逆にして上下にでも振ったかのように、見るも無残な姿に成り果てていた。突如として異界より現れた魔物群によって――
友浦王国国王である私――友浦は、そのことを克明に記さねばならない。
その日、私は気づいたら、四つ星の勲章を胸に光らせる騎士岡田に庇われていた。
「陛下、ここは岡田にお任せを」
有力貴族岡田家の出であり、また私より一回り歳を重ねた彼の立ち振る舞いは、こんな時に場違いなほど優美で完璧で、平時なら私はその姿に深く満足を覚えたに違いない。
だが、彼の前に立ち塞がるのは、見上げるほどの巨人オークと一つ目の怪物サイクロプス、その頭上にはゴーレムまで飛んでいる――政務官まいきーの口伝にあった伝説上の生き物達だった。
なぜ、どうして今の時代に、ここに現れたのか。そんなことを考える間もなく、私達は今日蹂躙されていた。
どんな有能な騎士であれ、こんな異形の魔物を前にしたら非力な人間でしかない。為す術などなかった。
「私も戦う!」
私は恐れ知らずの勇者のごとく、腰に吊るした剣に手をかけた。王として生きてきただけの女の私の力が加わったところで、戦況は全く変わらないだろう。
だが、城を占拠する見たこともない魔物達の狂乱の宴の真っ只中、私一人で逃げ延びなければならないなんて、そんな現実に向き合うのは、怖かった。
そちらの方が、死ぬことよりもずっと怖かったのだ。
そんな本音を見抜いたように、岡田は流し目でこちらをみやり、
「陛下をお守りすることが、我が使命です」
私は言い返す言葉を失い、ぐっと両の拳を握った。ふわふわと現実味なく立っていた両足に力が入り、燃え盛る炎の熱に汗が吹き出た。
言外に突きつけられたのは「一国の主たる、あなたの使命は?」という問いかけだ。
私はここにきて初めて、孤独と恐怖に襲われた。張り裂けそうな胸に手を当て、岡田に背を向ける。
答えは決まっていた。そしてやはり岡田もわかっているのだ。
私は、愛する友浦王国のためになら命を投げ出すこともできるし、地獄の中を生き続けることだってできると。
いつだって私の傍にいて護ってくれていた岡田。城での幸福な日々の中には常に、騎士である岡田の姿があった。
なあ岡田、私はどっちへ行けばいいのだ?
そういって隣を見上げれば、彼はいつも迷わず答えをくれたんだ。
私はそんな記憶と、込み上げる感情の上に、この燃え盛る城内からの脱出ルートを上書きし、絨毯を蹴った。