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鋼の光   作者: イカ大王
第八章 火星決戦
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Episode49 巨兵起動


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 ◇


「南東防衛ライン崩壊!……火危生第二群、フェアファックス居留地への侵入を開始!」

「第四兵団本部との連絡途絶。マナハイム支隊は健在、第七兵団と後衛戦闘に入りました」


 セントラル・ブロック南東に位置する第十一衛兵師団司令部では、ひっきりなしにオペレーターの悲鳴じみた報告が挙げられていた。


 アスラの攻撃が始まったことで、戦況は絶望的な状況に陥ってる。

 南東の守備隊が熱線攻撃によって蹴散らされ、火危生群の居留地への流入を招いたのだ。

 部隊は随所で撃ち破られ、一部の火危生は人類領域の深部にまで侵入している。


「空中機動艦隊の一個戦隊と第二兵団を直ちに南東郭に派遣。火危生のセントラル・ブロックへの侵入をなんとしてでも阻止しろ!」


 メルスナーが、必死に命令を発している。

 それを、アイリスは少し下がったところにある司令官席に身を沈めながら見つめていた。

 彼女は何も言わず、その緑眼に大型モニターの光を反射させている。時折、挙げられる報告に反応するが、それ以外はまるで石のように動かない。


 その刹那、今までにない強烈な振動が本部施設に襲いかかり、次いで大気を震わせる咆哮が轟いた。

 悲鳴や絶叫が本部内を交錯し、大型モニターに巨大なノイズが走る。数人のオペレーターが席からはじき飛ばされ、メルスナーをはじめとする士官達も全員が床に叩きつけられた。


「くそっ」


 アイリスは辛うじて席から投げ出されずに済んだものの、側頭部を強打する。鈍痛が走り、一瞬意識が遠のいた。


「ア、アスラの熱線、セントラル・ブロック第四地区に直撃。地盤破損状況レベル・フォー!」


 オペレーターが血を吐くように報告する。

 地下深くに位置するこの本部にも伝わってくるとは、かなりの衝撃だ。悲鳴のような残響が、殷々と尾を引いた。


「……大佐」


 残響が轟き続け、皆の焦燥感が高まる中、アイリスは低い声で部下を呼んだ。だが、その声は喧騒に遮られて届かない。


「メルスナー大佐!」

「はっ」


 メルスナーは二度目の呼びかけで気づき、威儀を正してアイリスに向き合った。特徴的な八字髭は健在だが、心身共に相当疲れているようで、彼の顔はかなりやつれていた。


「少し……ここを頼む。私は決戦兵器工廠に行く」


 アイリスはタルタロス作戦以来行動を共にしてきた参謀を正面から見つつ言った。

 メルスナーは数瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻し、気を付けの姿勢を取る。


「了解しました。首席幕僚オイゲン・メルスナー、アイリス司令より指揮権移譲を受け、これより火星総軍の臨時指揮を執ります」


 アイリスは無言で頷き、立ち上がる。そして荒れた本部内と決別するように踵を返した。

 彼女はすぐにでも出て行きたかった。が、「アイリスさん」とメルスナーに呼び止められる。


「なに?」


 アイリスは「なんだ?」とは言わず、年相応の女性らしく柔らかに応じた。


「勝算はあるんでしょうね」


「……」


 アイリスは答えない。少しの沈黙の後、アイリスは背中を向けたまま司令室を出た。


「そんなの……」


 ──限りなくゼロに近いに決まってるじゃない。

 アイリスは司令室に隣接している通路で立ち尽くし、まるで空を見上げるように天井を仰いだ。


 ……それでも、死ぬ前にやらなければならないことがある。


 アイリスは通路を出口に向かって駆け出した。


 霜村美沙希の説得。


 アイリスには、美沙希に意思に反してアーレスライトに乗って欲しくないという強い思いがある。

 洗脳や薬品を使って強制的に乗せることもできたが、これ以上、部下を自身の命令で死地に誘うことがどうしても嫌だったのだ。

 タルタロス作戦の失敗で最愛の部下を含んだ幾千の人間を死なせたことが、アイリスにそのことを決意させるきっかけとなっていた。


 その思いは、今も強く残っている。ミサキが乗りたくなければ乗せず、このまま火星人類を滅ぼしても仕方ないとさえ、人類の存続に責任を持つ立場であるはずの彼女は思っていた。


 だが……だが……。


 この星の人類を一人残らず死滅させることへの抵抗も、また強く残っていた。


 ──美沙希の意思に反して彼女を戦わせる。


 自身の心の奥に封じてきたその『行動』を、今やる。

 アイリスは最後の悪あがきを、自分に許したのだ。


 息が荒れる。緩やかな登り坂となっている長い通路を駆けながら、アイリスは身体の重みを感じた。

 加えて、何度も新たな爆発が発生し、そのたびに側壁に叩きつけられる。大なり小なりの打撃が女性の華奢な身体を痛めつけるが、走ることはやめない。


 彼女の頭の中は、あの少女のことでいっぱいだった。

 いや、それだけではない。今まで自分の命令によって死んでいった幾千もの生命に、彼女は思いを馳せていた。


「ミサキ……ケンゾー……。みんな……」


『士官学校開校以来の秀才』だとか、『火星の戦姫』だとか、そんな下らない二つ名で呼ばれてきた。


 自分はそんな上等な人間じゃない。


 今は亡き部下たちは、そんな自分を信じてついて来てくれて、そして死んでいった。


「ミサキ。ミサキ……!」


 笑顔の似合いそうな、背の小さな日本人の少女の姿が脳裏を過ぎる。彼女は友を目の前で喰い殺され、精神異常をきたすほど打ちのめされた。そして、いつもどこか遠くを見続けていた。


「ミサキ……。私の、私の最後のわがままを許して……」








「───呼びましたか?」






 刹那、そんな声が聞こえた。

 アイリスは外に飛び出す。息を整え、あたりを見渡した。

 いくつもの黒煙が筋を作り、空を焼いている。その煙を突き破り、一機のガンシップが本部施設の上空からアイリス目指して降りてきた。


「ミサキ……」


 アイリスは声の主を瞬時に理解した。

 ガンシップはけたたましいローター音を奏でつつ、砂埃を舞い上げながら降りてくる。

 着陸する前に、昇降口が開き、一人の少女が姿をあらわした。


 少女は飛び降り、煤を払って着地する。

 ゆっくりと立ち上がり、大股で堂々とアイリスの目の前まで歩むと、かかとを打ちつけ、敬礼した。


霜村美沙希(しもむらみさき)四等飛行士。決戦兵器"アーレスライト"座乗に伴い、アイリス司令をお迎えにあがりました」


「どうして……」


 数日前には考えられなかった活気に満ちた少女の顔を見て、アイリスは呟くように言った。


「……貴女は心に傷を負って、苦しんでいたはずでしょう。もういいの……?」


「はい!もう大丈夫です」


 ミサキは白い歯を見せて笑って見せた。心の底からの笑顔だった。


「なぜ……どうして?無理はして欲しくないの。私、これ以上部下に死を強要したくないわ」


 ふと、どうして自分はこんなことを言っているのだろう、と心の中で思った。

 責任ある司令官としてではなく、一人の苦悩する女性として美沙希と接してしまっている自分がいた。


「『なぜ』?……私、思い出したんです」


「なにを……」


火星(ここ)に来た()()と、私がここにいる()()を。……ですから、もう大丈夫です。私に任せてください!」


 ミサキはえっへんと言わんばかりに胸を張った。


「……」


「司令?」


「ご、ごめんなさい」


 アイリスの目から涙が溢れた。緑眼が潤み、眼帯を濡らし、一筋の暖かい液体が、彼女の頬の火傷痕を優しくつたった。

 ミサキの言葉が、アイリスの罪の意識を少なからず取り払ってくれたからだった。ケンゾーをはじめとする戦死した部下たちの柔らかな笑顔が、彼女には見えていた。


「え?ええッ!?……ど、どうしたんですか?なんか私、変なこと言っちゃいました!?」


 ミサキは困った表情を浮かべ、盛大に焦りはじめた。

『マーズジャッカル 最良パイロット』の異名を持つ彼女だが、このような所ではまだまだ子どもの愛らしさが残っているようだ。

 その光景を見たアイリスは微笑み、涙を拭った。


「ありがとう。ミサキ」


 目を閉じ、胸に手を当てて大きく深呼吸する。


 ミサキはそれを黙って見ていた。


 目を開けた時、彼女の今までの疲れきったような表情は一変し、目は闘志がこもったものになっていた。

 小さく息を吐き、鋭い眼光で西──アスラのいる方角を遠望する。


「ミサキ」


「はい」


「アスラに、今日こそ引導を渡してやろう」











 ミサキは意気揚々と答えた。











「もちろんです!」











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