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鋼の光   作者: イカ大王
第七章 西の巨兵、東の巨獣
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Episode45 総軍躍進(挿絵あり)

 

 マナハイム師団が最後の力を振り絞って与えた打撃によって、火星人類は貴重な時間を得ることができた。


 その時間、10日。アスラが傷を自然治癒させるのに四日、進撃して居留地を射程に納めるのに六日。

 その間に火星総軍はマナハイム師団の残存部隊を収容し、戦力の増強に努める一方、アスラ襲来に備えての居留地要塞化を急ピッチで進めた。

 居留地は合金製の防壁で鎧われ、外殻には障害物がばらまかれた。随所に自動迎撃システムが組み込まれた防衛線が構築され、トーチカからはレールガンやコイル・マシンガンなどの砲身が突き出していた。


 他にも、居留地内の兵器工場は資源の限りフル稼働し、コイル銃器や簡易迫撃砲、多脚戦車などを軍部隊に納入。動ける者は老若男女問わず徴兵され、微量な訓練のみを受けてから前線部隊に配備された。


 そんな彼らの士気は真っ二つに分かれていた。

 死力を尽くして戦うことを決意している者と、すべてを諦めて悲観している者だ。

 このような救いのない状況下では、逆境に強い者と、運命の流れに身を任せる者とが、くっきりと分かれてしまうのだろう。


「各旅団の状況は」


 アイリスは低い声で首席幕僚に聞いた。


 場所はセントラル・ブロック内南東部に位置している第十一衛兵師団司令部である。

 司令部は地下にあり、大小のモニターが無数に並べられ、ヘッドセットを付けたオペレーターがそれらを操作している。

 居留地全体の情報がこの一点に集約され、各隊との通信環境も万全であった。司令官は自らの指を動かすように、部隊を動かすことができるだろう。

 彼女は司令官席に身を沈め、足を組み、右腕の義手で頬杖をついてメルスナーの応答を待った。


 その隣に立つメルスナーは無言で手元のデバイスを操作し、モニターに居留地全体図を投影した。


挿絵(By みてみん)


「第一、第二衛兵旅団に所属している八個混成兵団のうち、第一から第五、第七兵団は所定位置に配置完了。第六、第八兵団は予定時間に遅れつつも、午前6時までには展開できます。要塞防備大隊は五時間前より特化運用配備についており、問題はありません」


 第十一衛兵師団はただ一つを除き、火星総軍に残ったすべての戦力が配備されている。

 その主な部隊は、東方守備を担当する第一衛兵旅団と、西方守備を担当する第二衛兵旅団だ。その内訳は、多脚装甲車、警備兵を中心とする防衛混成兵団が八個、各居留地の要塞運用を担当する要塞防備大隊が六個。

 加えて、師団直轄部隊として、残存する戦術輸送艇と航宙揚陸艇を打撃部隊として運用する空中機動艦隊が一個、独立ガンシップ戦隊、司令部護衛大隊。

 マナハイム師団残余を再編成したマナハイム支隊などが存在する。

 それらの合計は、膨れに膨れて八万人。火星人類の総人口が十七万人なのを考えると、膨大な数だ。


「最後の戦い、か」


 アイリスは独りごちた。


 遠からず始まるだろうこの戦いは、人類が火星に持つ最後の拠点を巡る戦いだ。

 逃げ道などどこにもなく、負ければ火星人類は間違いなく滅ぶだろう。

 ゆえに、火星総軍は軍事・民間全てのパワーを繰り出そうとしている。『八万人』という大兵力は、追い詰められているからこそ使える、本来はタブーとされている民間人がほとんどだった。


「居留地南東殻の強化は予定通り進行中。アスラ襲来までは、なんとかなります」


 アイリスはメルスナーの声で思考の渦から戻った。


 居留地南東はアスラの侵攻方向と同じであるため、アスラの攻撃を真っ先に浴びる箇所だとされている。

 よって通常の三倍の兵力が配備されており、要塞設備も重厚だった。


「アーレスライトの状況はどう?」


 アイリスは頬杖をやめ、首を左に向けた。その先にはカーライルがいる。

 彼は人型決戦兵器"アーレスライト"を担当する技術中佐だった。


「ギリギリでしたが、三時間前に竣工しました。現在は各部チェックを急がせてます。問題ないでしょう」


 アーレスライトは衛兵師団の指揮下にはない唯一の戦力だった。

 それは総軍直轄とされ、アイリスがその全ての権限を握っている。


「問題があるとすれば……」

「パイロットね」


 アイリスはさらりと言ってのけた。カーライルは苦笑し、メルスナーは心底嫌な顔になった。


 火星総軍の戦略は、出来うる限り火星危険生命体を食い止め、アーレスライトの起動の時間を稼ぐ、という一点に終始している。

 しかし、肝心のパイロットに関してアイリスは一切の対策を取っていなかった。

 アーレスライトは決戦兵器として、アスラを倒せる力がある。だが、パイロットが心許なければ、その力が無に帰す可能性すらある。


『アーレスライト』パイロットとされているミサキ・シモムラは、病院を退院後、フェアファックス居留地の一画で自堕落な生活を送っているそうだった。


「なんとも心許ない」


 メルスナーはこの自らの上官の行動を理解できなかった。

 アイリスはミサキを信じているのだろうか。『信じている?』。馬鹿な。


 火星、地球を問わない全人類の未来。

 そんな気の遠くなるものが、一人の少女にかかってるなんて……。


 メルスナーはその途方もなさを実感し、束の間唖然としてしまった。そして天井を見上げ、初めて神に祈った。




 アスラ襲来予想日まで、残り二日。





 ◇


「あれ、全部敵か」


 オットー・ラングスドルフ三等星佐は、多脚戦車の天蓋に立ちながら独りごちた。

 手に持った光学双眼鏡を覗くと、居留地の外周に蠢く存在を見ることができる。双眼鏡を右に振っても、左に振っても、見えるのは無数の火星危険生命体が織りなす一大集団である。


 しかも、それは一部でしか無い。


 火星危険生命体は広大な土地を有する居留地を完全に包囲しており、今ラングスドルフが見ている集団はその一角でしかなかった。


「この方面だけで1000はいます。大半は翼龍型らしいですけど、軟体触手型も十何体か混ざってるようですね」


 ラングスドルフはハッチを見下ろした。そこから顔を覗かせるのは七尾春樹。ラングスドルフ車の砲手だ。


「粒子砲個体の有無は?」

「不明です。不明ですが……」


 春樹は車体に乗り上げ、手元のタブレットに視線を落とした。


「総軍司令部の連中は火星全土の火危生が居留地外縁に集結してると踏んでます。となると、100や200じゃきかんでしょうね」


 ラングスドルフは光学双眼鏡を大きく左右に振った。

 見渡す限りの火危生だが、それが見えなくなるところがある。

 現在、ラングスドルフを兵団長とする東方防衛第七混成兵団は、フェアファックス居留地とギリアード居留地を繋ぐ鉄道線に沿って展開している。居留地地帯全体から見れば南東方面になる。

 そのため、左右にはフェアファックスとギリアードの二つの居留地が存在し、それを囲う高さ25メートルの防護壁が邪魔で火危生が視界から遮られるのだ。


 壁をズームすると、壁上に急場で作られたた330ミリレールガン砲塁をはっきりと見ることができた。


「今のところ、動き出す気配はねえな」


 多脚戦車車内で操縦桿を握るレイフ・ハリスのぞんざいな声がヘルメット内に響いた。


「奴ら、なぜ我々を攻撃しないのでしょうかね。居留地をぐるぐると回るばかり……」

「アスラの攻撃と呼応するつもりだろうね。あの大群とアスラが共同で居留地を攻撃したら、人類はひとたまりもないから。今のところの奴らの目的は、居留地から人間を逃さないことじゃないかな」


 春樹は吐き捨てるように言った。「そいつは石橋を叩いて渡る慎重さなことで」


 居留地を包囲している火危生だけで人類は全滅させられるだろう。だが、アスラは彼らに自分が到着するまで待たせている。

 確実に人類を壊滅させるつもりだ。


(やれやれ)


 ラングスドルフは火星人類が風前の灯だろうということを誰よりも理解しているつもりだったが、こんな状況になっても、自分でも驚くほど冷静だった。

 もしかしたら、もう自棄になっているのかもしれなかった。


 居留地の民間人の間では自殺者が急増しているという。

 なるほど確かに、火星危険生命体に追いまくられ、居留地に籠るしか手がなくなった人類の現状は最悪そのものだった。

 衛星戦艦もとっくに撃沈されているため、地球や月に逃げることもできない。それに敵は人間を捕食する数千の危険生命体と、人類の幾多もの攻撃を易々と跳ね返してきた怪獣アスラである。


「悲観しても始まらないよ。我々は職務を全うするだけさ」

「そのいつもの楽観主義。そろそろ羨ましくなってきましたよ」


 春樹は呆れたように首を振った。


「そうでもないよ。どうやら上層部には『奥の手』があるらしい」

「奥の手?なんです。それ」


 ラングスドルフは辺りを見渡し、春樹に顔を近づけた。そして小さい声で言う。


「セントラル・ブロックの一画で対アスラ巨大ロボが建造されてるらしい」


 春樹は数瞬、間の抜けた顔になったが、語気を強めて言った。


「はぁ?」


 ラングスドルフは肩をすくめた。「ま、都市伝説かもしれないけどね」


「そんな都合の良いものがあれば───」


 その時、春樹の声を遮って通話の着信音が全員のバイザー内に響いた。

 ラングスドルフと春樹は頷き合い、瞬時に多脚戦車内に滑り込んだ。


「こちら"タイガー1"応答」


 通話に出ると、重々しい男性士官の声が聞こえ始めた。第一衛兵旅団の幕僚の声だった。


「"イースト・ガーディアン"より麾下各隊に告ぐ。作戦開始10分前。各隊、交戦に備えよ」


 イースト・ガーディアンは第一衛兵旅団本部を兼ねる東方管区指令本部の符丁である。

 その連絡は、全てが予定通り進んでいることを示していた。

 火星総軍全体の動きがにわかに慌ただしくなり、ラングスドルフ車の頭上を何機ものガンシップが通過する。


「"タイガー1"より"タイガー"全機。戦闘に備え!」


 ラングスドルフは指揮下の多脚戦車に指示を出した。

 防衛線の随所にある半地下式の壕。そこに身を潜めていた第七兵団の多脚戦車たちが立ち上がり、砲身を外殻へと向ける。

 ここからはよく見えないが、防壁上に鎮座する330ミリレールガンも、合金弾を装填し、火危生の大群に照準を定めたことだろう。


 火星総軍は打って出る。

 アスラと火危生群との合流を阻止するため、火力にものを言わせた先制攻撃を仕掛け、出来うる限り火危生の数を減らしておくのだ。


 独立ガンシップ戦隊に続き、全長200メートル以上の巨躯を誇る航宙揚陸艇、その群を中心とした空中機動艦隊が、パルス・エンジンの轟々たる唸り声を上げながら頭上を後ろから前へと通過した。

 攻撃作戦の要は、この艦隊だった。


「頼んだぞ」


 ラングスドルフは彼らに向け、その言葉を送るのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 火星総軍、最後の拠点ですか…… 普通に重武装だと思えますが、これでも普通の火危生はともかくアスラ相手には効果があるかは…… そして、ミサキはまだ乗ろうとしない様子で、メルスナーさんは疑問が…
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