Episode44 巨獣正体
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「アスラは人為的に作られたもの、だって?」
アイリスは思わず背後に立つ科学者に聞き返した。
隣に立つメルスナー大佐などは、衝撃で固まってしまっている。
『科学者』は白い顔をした若い青年で、脱力した身体でゆらゆらと歩くいかにも非力そうな人だった。
そんな彼だが、丸眼鏡の先にある目には知的な光が灯っており、ただの病弱な一青年ではないことを対面する誰もに理解させる力を持っている。
元火星危険生命体研究所の所長で、現在は火星総軍情報部で敵性生命体対策本部長を務める火危生研究の第一人者だ。アスラ出現を予見したのも彼だった。
名をフェリザリアムという。
「あ、あくまで仮説の一つです」
フェリザリアム博士は視線を逸らしつつ、噛み噛みで訂正した。
彼らがいるのは、セントラル・ブロックにある総軍司令部のとある廊下だ。
居留地要塞化の調整で多忙のアイリスが司令部を訪れた際、フェリザリアムが重大情報を伝えるために捕まえたのだった。
アイリスはメルスナーに目配せをし、先に行かせた。自分が博士の話を聞いている間、自分の代理を務めてもらうためだった。
「ん」
彼女はメルスナーが行ったことを確認すると、フェリザリアム博士に会議室のドアを指差した。
どうやら、そこで話を聞こうという意味らしい。
二人は何もない会議室に入った。アイリスは腕を組んで壁に寄りかかり、フェリザリアムはそのふらふらした身体を直立不動にした。
「人為的に、とはどういうこと」
アイリスは質問した。
フェリザリアムは少し迷った様子を見せてから答えた。
「我々のことではありません。人為的にとは、古代火星に存在したと思われる高度知的文明のことです」
アイリスは開いた口が塞がらなかった。『知的文明』とフェリザリアムは言った。火星は川の流れた跡や地層などから、遥か昔、地球のように青い星であったことは常識となっている。火星危険生命体とは違う生命体の化石も各地の地層から発見されている。
だが、『高度知的文明』の存在を確信するような痕跡は何一つ見つかっていない。人類の地球外活動が一般的になってきた、22世期まで残り十何年という現在においても、『宇宙戦争』のような火星人は依然フィクションの存在なのだ。
しかしながら、フェリザリアムは『高度知的文明』と確かに言った。
「根拠は」
「《タルタロス》作戦の際、研究所は独自に部隊を派遣してアスラの肉片を回収させていたのです。それを分析した結果、すべての火星危険生命体の始祖となるDNAが確認されました」
フェリザリアムはゆっくりと、言葉の一つ一つを確認させるかのように喋った。
「最初、火星に存在する危険生命体はアスラのみだったのです。火危生下級個体はすべてヤツから分裂して……そう、まさに細胞分裂のようにして徐々に増殖していったのだと思います」
アイリスは思案顔になった。右手で頬の火傷の跡をなで、眼帯で包まれていない左目で天井のライトを見上げた。
「つまり、アスラは生態系の一階層を占めるようなものではなく、単一的な生命体として生を受けた。それは下級生命からの進化とか、生殖によって生まれたとかじゃなく、何者かに無から造られたからとしか考えられない。そういうこと」
「そうです」
フェリザリアムはアイリスを見据えつつ続けた。
「単に突然変異という枠組みでは捉えきれない程の特異性をアスラを持っています。再生能力、万能希少金属アーレスメタルで鎧われた体表、金属粒子群の操作、そして熱線砲。これは火危生全般に言えることですが、奴らは呼吸、栄養補給、代謝という面でも生命の常識を覆し続けています。こんなことはありえない」
「だからといって火星文明が存在したとするのは飛躍が過ぎるのではないかしら」
「アイリスさん。正直に言います。それは私の個人的な見解です。科学的な根拠は少ない」
アイリスは肩を竦めた。「なんだよ」と言いたかった。
「私が言いたかったことは二つです」
ピースを作り、アイリスの目の前に突き出した。「一つ目」と彼は続けた。
「アスラが火星において進化を重ねている存在ではなく、人為的に造られたものであるならば、破壊できる可能性はゼロではない、ということ」
「二つ目」彼は言った。
「アスラを殺せば残りの火危生も生命活動を停止することが高い、ということ」
「フェリザリアム博士」
アイリスは微笑を浮かべた。
「貴方は私を励ましにきたのかしら」
「そうです」と彼は言った。
「私はまだ死にたくない。まだ火危生の解かれていない謎がたくさんある。それを解明しないで死ぬのは嫌です。それに私見ですが、私は古代火星に高度知的文明が存在したと真面目に考えている。初の地球外文明の証拠を掴むまで、私は死ねない」
「ですから」フェリザリアムはすがるような目をアイリスに向けた。手が震えていた。
「戦いに勝ってほしい。今の情報は我々文官のできる最後の手助けです。あとはあなた方の仕事だ」
「もちろんよ」彼女は言った。
───マナハイムの師団を無事収容し、居留地が約五千の火星危険生命体の大群に包囲されてから二日が経過している。
アスラ来襲に備え、居留地は要塞化を進めているが、内部の人間……特に民間人の間では、すでに致命的なほどの悲観的な空気が蔓延していた。
霜村美沙希がアーレスライトに乗る確信は、もう彼女には無い。




