Episode43 師団撤退
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アスラは重傷を負った。
背中にデカデカとした鉄塊が食い込み、剣山のようであった背びれはそれによって打ち砕かれた。下顎はヴィーラー大佐の特攻によってちぎれ、顔の輪郭が一変してしまっている。
「作戦は成功しました」
それを遠方から眺める車輌の中で、戦務幕僚長がマナハイム・E・ショッツ師団長に言った。
特別編成要撃師団の目的は、防衛ラインを死守しつつ、アスラに大打撃を与えて足を止めることだった。
苦悶に喘ぎ、300メートル近い高さを持つ巨大をゆっくりとよじらせているアスラを見る限り、目的は達成できたと言えよう。
「……」
マナハイムは何も言わなかった。
先程まで流れていた『ワルキューレの騎行』は鳴りを潜め、車内は多脚戦車のアイドリング音以外、何も聞こえない。
「死んでいった者達に……神の祝福があらんことを」
マナハイムは瞑目し、顔を伏せ、小さく十字を切った。
部隊は三割も残っていない。覚悟はしていたし、自らも死ぬつもりであったが、いざ現実に直面すると衝撃を受けざる終えなかった。
だが、師団の戦いはまだ終わっていなかった。
「"ワルキューレ2-4"より緊急通信です」
マナハイムの後方で機器と向かい合ってい通信手が早口で報告した。"ワルキューレ2-4"ということは、第二騎兵旅団のガンシップだろう。
「繋げて」と幕僚長が言うと、緊迫した声が車内に流れはじめた。
「"ワルキューレ2-4"より師団指揮車。北、東、南の三方より火星危険生命体多数接近。数およそ一千!」
マナハイムはアスラが火危生下級個体を使役できたことを思い出した。アスラは自らが重傷を負ったため、眷属たちにマナハイムたちを殲滅させようと考えたに違いない。
師団全体に衝撃が走る。
幕僚長がキーボードを叩き、ホログラムモニターに師団の状況図を投影させた。
師団の残存部隊は防衛線の一角にいる。その北、東、南から師団を包み込むようにして、大型翼龍型火危生の大群が迫ってきていた。数は一千、いや、探知圏外からも続々とやってきていることから、それ以上いるのは確実だ。
「これほどの火危生が……」
戦務幕僚長の口から唖然とした声が漏れる。
一方、マナハイムは冷静だった。
「"ワルキューレ1-1"より師団全機。退却部署発動。全残存機体は直ちに西方へ離脱、居留地を目指せ!」
火危生の北方群は南進していたが、西よりの進路に移り、南方群も同様に進行方向を西にずらした。東方群はにわかに速力を上げた。
師団を包囲殲滅するつもりなのは明白だった。
「我々は逃げるのではない。我々の作戦は成功した。あとは居留地衛兵師団と合流し、捲土重来を期す!」
特別編成要撃師団は、一時間に満たない時間で連隊規模にまで撃ち減らされてしまった。
それでも、兵力不足に悩まされている火星総軍の中において、一大兵力ということに変わりはない。居留地の師団と合流し、最終決戦に備えるのだ、とマナハイムは考えた。
クロウラーが唸りを上げ、赤い砂を舞い上げつつ、多脚戦車は前進を開始した。進路は西だ。
近くにいた残存戦車隊も続き、主力が留守の間に防衛線に展開していた警備兵大隊も撤退を開始する。
空を舞うガンシップも離脱を開始した。
ふと、マナハイムは背後が映るモニターを見た。
そこには、重傷を負って立ち尽くすアスラの姿がある。
その姿が火危生の大群に遮られ、とたんに見えなくなった。
敵はもうそこまできている。
師団が火危生の大群の追撃を振り切り、居留地に帰還できるかは、まだわからなかった。




