Episode42 必死戦闘
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一時間後、対アスラ遅滞防衛線の近郊に設けられている仮説駐機場は、100機を超えるプロップ・ローター搭載式ガンシップから発せられる暖機運転の大音声に包まれていた。
底面は明るい灰色、側面や上面は暗い灰色で塗装された機体群。胴体脇にはロケット・ポットやミサイルを満載し、機首にはガンカメラとガトリング砲がぶら下がっている。戦闘準備が整えられているのは誰の目にも明らかだった。
そんな航空機が広大な駐機場に整然と居並び、爆音を上げている風景は、見るものを圧倒する。
集成第二騎兵旅団の主力、第三、第七航空打撃連隊である。
パイロットはすでに搭乗しており、空気を震わせるローター回転音の最中、出撃指令を今や遅しと待っている。
エンジンは排気口から熱風を吐き出し続け、回転数を徐々に上げている。オイルをエンジン中に行き渡らせ、エンストを起こりにくくさせるためだった。
少し離れた盆地にも、100近い人類の戦闘機械がひしめいている。
赤い大地を踏みつける鋼鉄の脚、四ないし六の脚に支えられた車体、その上に乗っかる二ないし四の砲身を持つ砲塔。
集成第一砲兵旅団に所属する新旧多脚戦車群だ。
これらもガンシップと同じく、パイロットはすでに乗り込んでおり、手ぐすね引いて作戦開始を待っているはずだった。
居留地防衛を任務とする衛兵師団を除く、火星人類が持つガンシップ、多脚戦車の全てがここに集結していた。
「圧倒的ではないか。我が師団は」
集成騎兵旅団長のアルベルト・ヴィーラー大佐は、威風堂々とした部下の機体たちを満足げに眺めていた。
彼の背後では旅団指揮下の部隊長が直立不動で並んでいる。
彼らは補充兵ではなく、自らの意思で軍人になる道を選んだ根っからの職業軍人たちだった。それを証明するように、目には補充兵ではあり得ない鋭い光がともっている。
「さて諸君。ついに我々、空中騎兵旅団の出番が来た」
ヴィーラー大佐は心の底から喜びを噛みしめているような様子で、踵を返し、部下たちと向き合った。
頬に残る傷痕が部下たちの目に映る。
「任務は《タルタロス》作戦フェイズ2と同じだ。我々はアスラを挑発し、その身を囮としながら、奴をデブリ落下ポイントへ誘導する」
「旅団長殿」
第七航空連隊長のリーランド中佐が仰々しく聞いた。「なんだ」とヴィーラー大佐は応じた。
「旅団長殿は損耗率は何割だと考えておられますか!」
ヴィーラー大佐は少し考えた後、こともなげに答えた。
「八割」
動揺はなかった。リーランド中佐はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、「自分の予想は九割です」と言った。
部隊指揮官たちの間で小さな笑いが起こる。皆は「やれやれ」と言いたげな表情を浮かべ、隣の者と頷き合った。
「旅団長殿。こういう時、何か言うべきなんじゃないんですかね。『逃げたい者は逃げろ』とか、『誰も責めない』とか。へへ」
ヘリコプター大隊指揮官のスプーナー少佐が皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。
「ん?」
「訓示ですよ。訓示」
「?」マークを浮かべるヴィーラー大佐に、脇にいた旅団戦務幕僚長が耳打ちした。
ヴィーラー大佐は「ああ、そうか」と呟き、威儀を正して部下の顔を一人一人見渡した。息を吸い、吐いた。
「皆。ここで死んでくれ」
部下たちの間で雄叫びが上がった。
この時上がった雄叫びは、闘志みなぎる男たちの覚悟の証明ではなく、ただ自暴自棄になった男達の悲痛な叫びかもしれない。
だが、ヴィーラー大佐はそれでもよかった。
彼は、この中で一番自棄になっているのは自分だと、確信していたのだから。
◇
熱線がひと薙するたびに、10機近いガンシップが掻き消える。
戦闘は熾烈を極めた。
第三、第七航空連隊は20個の飛行隊に分けられ、ヴィーラー大佐の機体を先頭にしてアスラに殺到し、ポイントへの誘導を試みるが、奴は気に留めず、熱線を撃ちまくる。
地上からはマナハイム師団長率いる多脚戦車部隊がレールガンを撃ち込むが、効果は薄い。
もしかしたら、アスラは《タルタロス》作戦から学び、人類の動きに何かを感じ取っていたのかもしれない。
特別編成要撃師団を構成する空中騎兵旅団と多脚砲兵旅団は、常に熱線の大打撃にさらされながらも、アスラの誘導を継続した。
アスラの熱線に対し、回避運動は通用しない。
奴の口に閃光が走るたびに何機かのガンシップ、何機かの多脚戦車は必ず炎上し、乗っているパイロットは痛みを感じる前に焼き尽くされる。奴の熱線には、おおよそ容赦というものがない。
無数にいた人類の戦闘機械たちは火星の化け物が吐くビームによって、瞬く間に数を減らしていった。
だが、アスラがデブリ落下A、B、Cポイントのうち、Aポイントにジリジリと誘導されている。この事実も確かだった。
「状況は最高です、師団長殿。奴は我々の誘導作戦に何かを感じ取りつつも、こちらの挑発に乗ってきていますわ」
近く着弾した熱線の衝撃に多脚戦車が揺さぶられる中、戦務幕僚長が笑いかけた。若い女性なのに肝が据わっている。
「かすり傷でこの防衛線を突破されるわけにはいかんからな。戦務幕僚長!はッ、楽しくなってきたな!ええッ!」
マナハイム師団長は戦車砲の引き金を引きっぱなしにしながら叫んだ。
レールガンの連射音にも負けない大声であった。
熱線がマナハイム車の右側を、前から後ろへとなぎ払う。
焼き尽くされる戦車兵たちの絶叫と共に、大量の多脚戦車が枯葉のように宙を舞い、焼き切れたレールガンや千切れた脚部、元がなんなのかわからない鋼板などが四方に飛び散った。
轟音が響き渡る。奴の咆哮も轟いた。
「頃合いだな……。聞こえるか、戦務幕僚長ッ!」
「はいッ。何でありますか!」
味方の破片や肉片が降り注ぎ、マナハイム車の天蓋に当たって雨だれのような音を立てる。
そんな轟音に負けない声でマナハイムは言った。
「音楽を鳴らせ!」
分析官席に座る戦務幕僚長は力強く頷き、キーボードを叩いた。
音楽再生用のデバイスを立ち上げ、再生ボタンをクリックする。
マナハイム車のレールガン砲塔の左右に搭載された大型スピーカーから、大音量の『ワルキューレの騎行』が流れ始めた。
音楽は各小隊に一機は配備されているスピーカー搭載機体からも同時に流れ始め、師団所属全機に共有されている通信機からも再生される。
徐々に高鳴るバイオリンから始まる曲。徐々にテンポが上がり、熟練の演奏者が奏でる金管楽器が壮大なメロディーを伝え始める。
女性の甲高い、そして美しい歌声も聞こえ始める。
死と隣り合わせの最中、ある者はメロディーを口ずさみ、またある者は戦いながら曲に聴き入った。
アスラとの戦いは熾烈を極める。奴は熱線で部隊を薙ぎ払い、飛行中のガンシップを腕ではたき落とし、足元を通ろうとした多脚戦車を巨大な足で踏みつぶした。
そんな中、金管楽器は勇壮な音を吐き出し続け、それにあてられた兵士たちがアスラに立ち向かっては死んでゆく。
「五番機がやられた!八番機もだ!くそッ」
「第二大隊全滅!第三大隊突撃します!」
「もう駄目だッ、やられる……!」
「アスラ、Aポイント外縁まで間もなくですッ!」
混線する無線。その最後の言葉をマナハイムは聞き逃さなかった。
「戦務幕僚長!」
「はッ」
「戦術艇中隊に連絡、『第1デブリ群、大気圏突入開始せよ』。目標はAポイントだ」
戦務幕僚長は素早く大気圏外で待機している独立戦術艇中隊に連絡した。
戦術輸送艇は衛星戦艦と地表居留地の循環輸送船"スター・トランスポーター"を改装したものであるだけに、大気圏外航行能力を備えている。
今回の作戦において、独立戦術艇中隊は巨大デブリに付けられたブースターユニットの操作を担当していた。
「デブリ1、D2、D3、大気圏への突入軌道に入りました。Aポイントへの落下は6分21秒後!」
「"ワルキューレ1-1"より師団全機。もう少しだ!踏ん張れ!」
マナハイムは部下を叱咤激励した。
彼は師団の最高指揮官であるが、自ら多脚戦車を操り、最前線で戦っている。
アスラをレールガンで挑発しつつ、奴の左右や直下を通過し、誘導したい方向へ離脱。それを繰り返す。
常に被弾爆炎に包まれるアスラ。奴から連続して発射される熱線。
戦いが始まった時、マナハイム車に続いていた多脚戦車は30を越していたが、今は10輌に満たない数しか続いていない。
損耗率はすでに七割に迫っていた。
アスラはすでにAポイントに入っている。
デブリは設置されたブースターによって落下軌道を調整することができるため、落下可能な土地は広域なのだ。
タルタロス作戦とは違い、何にもないただの赤い平原が、奴のキルゾーンだった。
「D1、D2、D3各デブリ、成層圏を突破。現高度1万メートル!間も無く地表到達!」
その時、アスラが人類部隊への一切の興味を無くし、空を見上げた。
「気づかれたか」
マナハイムは舌打ちをした。
高度2000キロメートルに浮かんでいた衛星戦艦を発見しただけはある。アスラは自らを目指して高速で落下してくるデブリ群を地上から察知したのだ。
「大気中の陽電子濃度急上昇!アスラ、熱線撃ちます!」
戦務幕僚長の叫びの直後、アスラの口中にこれまでにない閃光が走り、人類部隊を攻撃していたものよりも数段強烈な熱線が発射された。
ビームは瞬く間に大気を貫き、高度1万メートル付近を落下中のデブリを直撃する。
「D2、空中にて蒸発!」
「総力戦だ。D4からD9まで全て落とせ!」
マナハイムの命令通り、大気圏外に待機させていた残りのデブリも全てが大気圏突入軌道に入る。
いずれのデブリも、衛星戦艦『サウスフランクリン』の艦体を形成していたものであり、サイズは100メートル四方を優に超えるものばかりだ。
アスラは再度撃つ。
D1が熱線に串刺しにされて砕け散り、D3がその煽りを受けて軌道が変わり、何もない平原に落下して大穴を穿つ。
新たに落下を開始したデブリ群にも熱線は浴びせられた。
D4は大気圏に突入する前に撃ち抜かれ、粉々になる。D5も同じくやられ、近くに展開していた戦術輸送艇にその分解した一部が激突した。
戦術艇は致命傷を受け、外宇宙に放り出される。
「デブリ、次々と撃墜されます!」
「奴にこれ以上熱線を撃たせるな!」
マナハイムの指示で人類部隊の攻撃は激しさを増した。
アスラはデブリを撃墜するだけで精一杯であり、部隊に熱線を向ける余裕はない。ガンシップも多脚戦車も熱線を向けられない分、攻撃に集中することができた。
アスラ頭部に火力が集中される。
アスラの巨大な顔に大口径合金弾やミサイルが殺到し、一際巨大な爆炎が躍った。衝撃波が爆音とともに四方に散る。
だが、アスラはそんなことは気に求めずに熱線を撃ち続けた。デブリが一つ、二つと撃墜される。
「D8もやられました!残りはD9のみです!……D9の現高度5500メートル。落下まで125秒!」
マナハイムは罵声を発した。
思わず「撃ち漏らしてくれ……」と祈ったが、祈祷が火星では意味のない事であることを自分が一番理解している。
我々はアスラの足止めすらできないのか……と暗澹たる気分になった時、ここでマナハイム、いや、師団に所属している全将兵が愕然とする出来事が起こった。
阻止に動いたのは、ヴィーラー大佐のガンシップだった。
今にも熱線を放とうとするアスラ。その光を帯びてる口に一機のガンシップが突進した……と見えた瞬間、口中に飛び込み、大爆発を起こしたのだ。
「アルベルトッ!」
マナハイムは思わず叫んでいた。
アスラは耳をつんざく絶叫を上げた。
異物の突入により、熱線が暴発したようだった。下顎がちぎれ落ち、体液や皮膚組織が飛び散った。朦朦とした黒煙が奴の首から上を覆った。
「D9、間も無く地表到達!」
マナハイムは顔を上げた。
大気との摩擦で真っ赤に変色した超巨大な鉄の塊。それが真上から落ちてくる。
アスラを見。奴は顎を砕かれて苦しんでいる。部隊を見。大半が未だAポイント内だ。
マナハイムは声を大にして叫んだ。
「総員、Aポイントから離れろ!!」
生き残っている多脚戦車やガンシップが急いで離脱する。
そんな中、D9は加速しながら落ちてきた。
直後、アスラの背中は打ち砕かれ、巨大な鉄の塊が深々と突き刺ささった。さらなる絶叫が轟いた。
凄まじい大きさのキノコ雲が沸き上がり、火星の裏側でも観測されそうなほどの大激震が不動の大地を大きく揺らした。




