Episode41 最強師団
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居留地との通話が置かれると、室内に一斉に呻き声が漏れた。
広々とした室内には、火星総軍に所属する部隊指揮官、幕僚たちが顔を連ねている。呻き声を上げた彼らは、誰もが隠せない憂色を浮かべ、ある者は意味もなく腕を組み、ある者はうなじを撫で、ある者は天井を見上げた。
「パイロットはアーレスライトへの乗務を拒否した」
ついさっきまで受話器の先の人間と通話していた男が言った。広い室内に響くはっきりした声だった。
集成第一砲兵旅団と特別編成要撃師団の長を兼ねるマナハイム・E・ショッツ星将である。
深い皺を顔に持つ白髪の男性で、二人の火星にいるの星将のうちの一人だ。アイリスとは違い、月面士官学校を出ていない。火星開拓の最初期から参加し、一介の兵士からの叩き上げで将軍にまで登り詰めた苦労人だった。
深い皺ややつれた白髪は今までの苦労を物語っているが、眼は若者のようにみずみずしく、鋭い光をたたえていた。
現在、対アスラ作戦の全ては彼が担当していると言って良い。
「旅団戦務幕僚長。現状の今一度の確認を」
ショッツはこめかみを抑えながら傍の高級将校に言った。
戦務幕僚長は一定の規模を持つ部隊に置かれる役職であり、司令官の右腕的存在である。第一砲兵旅団の戦務幕僚長は素早く立ち上がった。女性だった。
「現在、我が集成第一砲兵旅団と、集成第二騎兵旅団を統合した特別編成要撃師団は、居留地の東北東85キロの山地に防衛線を展開しております。主要兵力は三個多脚砲兵連隊、二個航空打撃連隊、二個機械化警備兵大隊、一個独立戦術艇中隊です」
火星総軍に所属する部隊は大きく分けて、
機甲旅団である、集成第一砲兵旅団。
ヘリコプター旅団である、集成第二騎兵旅団。
居留地防衛を任務としている、第十一衛兵師団。
の三つがあるが、今回の戦いに関しては、第一砲兵旅団と第二騎兵旅団を統合し、統一の指揮系統を持つ一つの師団として運用していた。
将校クラスの人材不足に喘ぐ火星総軍であるだけに新たな司令部を編成する余裕はなく、集成砲兵旅団の司令部が師団司令部を兼任していた。
女性幕僚長は続ける。
「対するアスラは、我々の東方100キロメートル地点を時速40キロで西進中です。アスラの視界の高さ、熱線の射程距離を考慮し、会敵は二時間後と予想されています。……我が特編要撃師団の任務はアスラの進行を遅滞させ、決戦兵器の現着まで戦線を維持することでした」
幕僚長がそこまで確認すると、ショッツは彼女を制止し、立ち上がった。長卓の周りをゆっくりと歩き回る。
「そう。『でした』……過去形だ。つまり、我々の任務はアスラの遅滞から阻止に変わった。《タルタロス》作戦でも仕留めきれなかった奴を、我々通常兵種師団が阻止しなければならん。衛星戦艦も無い、中性子砲も無い、アーレスライトも無い。そんな状況で、だ」
部隊指揮官たちの顔がますます青くなった。
頭を抱えてるものもいる。
「相手が悪すぎる。敵は熱線砲、無限の再生能力、合金装甲のような体表を持つ究極生命体だ。中性子砲も受け付けなかった生物に戦車砲が効くわけがない。……どうにもならん」
その時、室内に弾けるような笑い声が響いた。全員の目がその主に向けられた。
笑い声を発した人物は顔に傷痕のある若い男だった。
「だからといって戦うのを放棄するわけじゃないのでしょう?マナハイム師団長殿」
ショッツはニヤリと笑った。「勿論だ。集成騎兵旅団長アルベルト・ヴィーラー大佐」
ヴィーラーと呼ばれた男は皮肉っぽい笑みを浮かべ、ワックスで固めた金髪から飛び出た針金のような髪を弄びながら師団長の次の言葉を待つ。ショッツはそんなヴィーラーから幕僚長へと視線を移し、顎をしゃくってみせた。
幕僚長は小さく頷き、端末を操作してホログラム・モニターを長卓の真上に投影させた。
「何事にもプランBというものがある。当初のプランで比べれば危険度は段違いだが、アスラをより長時間足止めできる筈だ。……阻止はできないがね」
部隊指揮官たちが期待を込めた表情で身を乗り出した。この絶望的な状況の中で自信ありげに振る舞う上官に釘付けになっていた。
「衛星戦艦の残骸を使う」
ショッツはプランBを簡潔に説明してみせた。静かに続ける。
「ブースターを取り付け、大気圏に突入、アスラに直撃させる。奴は自己再生のため、進撃速度を落とさざるおえない。上手く行けば、停止させられることも可能だ」
室内にどよめきが広がった。ヴィーラー大佐も例外ではなかった。
《タルタロス》作戦の終盤、衛星戦艦「サウスフランクリン」はアスラの熱線を受けて撃沈された。
衛星戦艦は超巨大人工衛星であるだけにその残骸の数も膨大であり、ここ数日間はそれらの大気圏突入に伴う流星群が火星各地で観測されている。
その残骸を使う。
「すでに、独立戦術艇中隊は旧衛星戦艦残骸群へのブースター取り付け作業を完了しています。残骸群の大気圏突入軌道も算出済みです」
戦務幕僚長が引き継いだ。
「ブースターを取り付けた残骸は計六つ。いずれも全幅100メートルを超える巨大残骸であり、大気圏突入に伴う摩擦熱を経ても十分に強度を保てるものです。……モニターをご覧下さい」
部隊指揮官たちは顔を上げた。
ホログラム・モニターにここ一帯の山地の地図が映し出された。
地図上には特編要撃師団に所属する各部隊のマーカーの他に、三つのポイントが浮かび上がっている。それらはすべてアルファベットが振られていた。
口を開いたのはショッツだった。
「これらA、B、Cポイントは旧衛星戦艦艦体群の落下可能ポイントを示している。多脚砲兵連隊、航空打撃連隊は複数の誘導部隊を編成し、アスラをいずれかのポイントへ誘導してもらいたい。誘導ポイントの指示は、残骸の大気圏突入速度などを鑑みて師団司令部の戦術AIが行うことになる」
「大量に血を流すのは誘導部隊ですな」
若干の沈黙の後、ヴィーラー大佐が淡々と言った。彼は後方で指示を出すのではなく、戦線で直接戦うタイプの指揮官だった。
「そうだ。《タルタロス》作戦の誘導部隊も酷かったが、今回はそれ以上だろう。奴は熱線砲も使えるからな」
ショッツはヴィーラー大佐のみならず、室内の全員に聞こえる声で言った。覚悟を決めさせるためだった。
「……だが、私は作戦終盤に逃げ出したフェアファックス旅団と我が師団は違うと信じている。救いのない現状だが、最後まで最善を尽くして欲しい」
「戦うのも死ぬのも構やしませんが、希望はありますかな?」
ヴィーラー大佐が試すように聞いた。
ショッツは口を噤んだ。
特編要撃師団が足止めしている最中、アーレスライトがやってきてアスラを倒してくれる可能性は、確かにある。
だが、そんなうまい話があるだろうか?と自問する。
火星の戦場の理不尽さを知り尽くしている彼は、ありえないと結論づける。
顔を伏せ、自傷的に笑った。
「絶対的な強さを持つ敵。敵と比べたらオモチャみたいな武器しか持っていない我々。おまけに切り札の決戦兵器は来ず、背後には十何万の市民が震えている」
唇を舐め、顔を上げた彼の顔には清々しさが戻っていた。
「……こんな晴れ舞台が他にあるのか?」
ヴィーラーの顔色が変わる。他の部隊指揮官も同じだった。
「私の知る限り、これ以上のものはありませんわ」
幕僚長が微笑みながら言った。
「そうだろう、戦務幕僚長。俺も初めてだ。人間というもの、人生で必ず一回は、大切なものを守るために全てをかけて戦わなければならない時が来る。家族や愛する者の命を守るために……な。俺は何度かその時が来ていたと思っていたが、間違いだった。正真正銘、今がその時だ」
室内にいるもので、もう憂色を浮かべるものはいなかった。
「遥か後方で建造されてるアーレスライトがなんだ。火星人類の命運は、今、我々の如何にかかっている。我々こそが希望なのだ」




