Episode40 鋼光巨兵
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◇
その建物は、一見どこにでもありそうな普通の建築物だった。
壁は灰色の軽量コンクリートで塗り固められ、窓は少なく、無機質な印象を与える。
高さは低く、3階もないと思われるが、横に広い。
フェンスに仕切られた広い敷地の一角に位置しており、周囲にはほとんど何もなかった。
『普通の建物』
それを初めて見た美沙希も、そのように感じた。
変なところを無理して探すとすれば、屋上に備え付けられた妙に巨大なアンテナや、妙に巨大な排気ファン、それに使用用途不明な広大な土地だろうか。
ヘリで最寄りのステーションへ向かい、そこからリニア・モーターカーに乗って軍事施設が集中しているセントラル・ブロックに向かったのが、今より30分前。
美沙希は、アイリスと共にその建物を目の前にしていた。
「行きましょうか」
アイリスは局長付運転手に礼を言うと、ドアを開けて車から出た。
美沙希も続いた。
アイリスの声は肉声ではなく、電子音声として美沙希の耳朶を震わせる。
セントラル・ブロックは他の居留地と違って電磁ドームがなく、真空なため、二人とも気密服のフェイス・バイザーを展開しているからだ。
アイリスは無言でフェンスに作られたゲートへと歩いた。美沙希はその後ろを続く。
錆びれたゲートを越え、広い敷地内を建物へと進む。
ここまで、人の気配はまったくない。
5分程かけて建物にたどり着いても、火星人類の総司令官がいるというのにだれも出迎えない。
美沙希は建物を見上げた。距離が近くなると、無機質という印象に拍車がかかる。のっぺりとした灰色の表面が日光を反射して鈍い光を発していた。
小綺麗な廃墟、という感想を美沙希は抱いた。
壁から小さな装置が出て、アイリスはそれに顔を近づけた。おそらく、虹彩をスキャンしてロックを解除する類のセキュリティーシステムだろう。
それが終わるとまた別の装置が出てくる。タッチパネルのような形状をするそれに、アイリスは手のひらを押し付けた。これもセキュリティーの一種のようだ。鉄塊を打ち付けるような音が響き、ロックが解除される。
鈍い音を立ててゲートが開いた。
奥行きはない。それはエレベーターだった。
アイリスが入り、美沙希も続く。扉が閉まり、エレベーターは心臓の拍動に似た音を立てながら降下を開始した。
「火星開拓局はアスラの存在を5年前から予見していた」
アイリスがフェイス・バイザーを収納しながら、おもむろに言った。
「火星危険生命体の通常個体でさえも、人間にとっては脅威よ。超大型個体は言うまでもないわ。『それよりも巨大な個体が、火星のどこかにいる』。報告書にはそう書かれていた」
低い声で続ける。
「どんや化け物かなんて誰にもわからなかった。けれど、凄まじい災難が迫っている、それだけは確信したわ。なにせ火星全土に生息している火危生を全て思いのままに操ってしまうような化け物だもの。そして、それが正しかったのはご覧の通り」
アイリスはミサキを向き、肩をすくめて見せた。彼女の火傷の跡や眼帯は痛々しかった。
「我々は備えに労力を惜しまなかった。衛星戦艦には中性子砲を搭載させ、いくつもの対アスラ作戦草案を立案し、それを遂行できるよう兵力の増強も行ったわ。でも──」
「作戦は失敗した……」
ミサキはここに来て初めて口を開いた。
「そう。軍事運用部の総力を挙げた《タルタロス》作戦は失敗した。5000の人間を失い、多くの機材を失い、衛星戦艦すら失った。言い訳できない大敗北だった」
アイリスの女性らしい曲線を描いた身体が震えていることにミサキは気づかない。
アイリスは拳を握りしめ、顔の前に持ってきた。「けどね」と、彼女は凛とした声で言葉を重ねた。
「アスラへの備えはもう一つある」
エレベーターのメーターは、すでに地下300メートルを超えている。剥き出しになった壁面が下から上へと高速で過ぎ去っていた。
「それが、対アスラ人型決戦兵器建造計画。通称、プロジェクト"アーレス・ライト"」
「アーレス、ライト……」
ミサキはアイリスの言葉を反芻した。
人型決戦兵器?そんなものが……と思っている。衝撃であった。何よりも、そんな大層なものに自分が関わっていかなければならないことが衝撃であった。
「あなたは日本人よね。そうね……『鋼の光』とでも言おうかしら」
次の瞬間、一気に視界が広がった。
地下に広大な空間があり、そこにエレベーターが到達したのだ。周囲には投光器が無数に設置されて、地上と変わらぬ光を投げている。メーターは地下500メートルを示していた。
「これは……!?」
その光に照らされているものを見て、ミサキは思わず叫んでいた。エレベーターのガラス張りの壁に張り付き、外部に釘付けとなる。
そこには、体高200メートルを超える超巨大な人型兵器が立ち尽くしていたのだ。
光を浴び、『鋼』の名に違わない鈍い光を発しているその巨大ロボットには、大量の足場やクレーンが取り付き、作業員たちが溶接の火花を散らしている。
装甲を張り巡らされた体表はオレンジ色や黒色で塗装され、機体は鍛え抜かれた長身男性のような形状をしている。胸は盛り上がり、二の腕は太く、脚はどんな高さからでも着地できそうなほど頑丈そうだ。
「体高225メートル。全幅110メートル。表面が全てアーレスメタル合金で装甲化されている都合上、総重量は18万トンを超える」
アイリスが、ミサキの後ろから説明した。
エレベーターはその巨人の正面を下へと向かう。
鮫のように鋭い形をした頭部を通過し、融合炉のように光を発する部位を据えた胸部を通過し、引き締まった腹部を通過し、胴体以上の長さを持つ脚部を通過する。
腕は長く、指は人間と同様五本であった。
エレベーターは最下層に到着した。
扉が開き、独特の熱気がミサキの頬を撫でる。
エレベーターの終着点は、なにかの指令室のようだった。目の前に巨大ロボの膝を望む高さに露天の台が設置され、その上に計器類やモニター、それらを扱うオペレーターがずらりとならんでいる。
アイリスがエレベーターを降りると、指令室にいた全員が一糸乱れずに敬礼した。
二人の男性将校が近づいてくる。ミサキは一人には見覚えがあった。特徴的な八字髭。アイリス局長と共に自らの病室に来たオイゲン・メルスナー大佐だろう。
「ようこそ、アーレスライト建造地下工廠へ。プロジェクト・アーレスライト総責任者のアレン・カーライル技術中佐です」
メルスナーの隣にいた男が近づき、ミサキへ右手を差し出した。ミサキはそれに気づかず、無表情で高さ200メートルを越すアーレスライトを見上げている。ミサキはこの巨大ロボットに圧倒されっぱなしだった。
「あ、すいません」
「構いませんよ。アレンと呼んでください」
カーライルと自己紹介した技術士官はにっこりと笑った。
アイリスにミサキが誰かとは聞かない。
「人型決戦兵器"アーレスライト"。200メートルを超えるこの鋼の巨人は、身体的な打撃力──つまり、パンチやキック、タックル以外にも攻撃の手段を持ち合わせている」
メルスナーが顔を上向けつつ説明した。
「左手首には大口径連装レールガン、背部には多連装誘導弾システム、肘から袖にかけては高周波振動ブレードを装備している。極め付けは、肩部に搭載された高加速荷電粒子砲だ。防御力もそれなりのであり、左腕に搭載された電磁シールド発生装置を使えば、奴の熱線にも数回は耐えられる」
メルスナーの説明に、アイリスが付け加えた。
「《タルタロス》作戦が失敗し、衛星戦艦すら失った我々にとって、鋼の光はまさしく、人類最後の希望よ」
この広大な空間は独特の喧騒に満ちていた。
地下だからだろう。温度は高く、立っているだけでも汗ばんでくる。作業用エレベーターは作業員を乗せてせわしなく上下し、壁に張り付くように設置されたクレーンも部品を吊り下げて動き回っていた。
投光器の強烈な光の下、溶接の火花が散り、金属を打ち付ける甲高い音や、クレーンの駆動音、作業員同士の怒号が響いては、この地下空間を上へと抜けてゆく。
そんな空気に呑み込まれ、ミサキはただただ立ち尽くしていた。
そんな彼女を現実に戻したのはアイリスだった。
「──ミサキ。このアーレスライトは、アスラを倒すために建造されたの。目には目を、怪物には怪物を、よ。もちろん、人間が乗って操縦しなければならないわ」
アイリスはミサキに視線を向けた。カーライルも、メルスナーも、ミサキを見る。
「え……」
ミサキは一歩後ずさった。アイリスの言わんとしていることがわかったからだ。
「ま、まさか、無理ですよ」
顔が大きく引きつる。
「最後の希望なの。火星人類が生きていけるかの……。いいえ。地球が核で汚れてしまった以上、火星開拓の成否は全人類の興廃と同義よ」
ミサキは熱を帯びる頭で考えた。
私がこれに?アスラと戦う?最後の希望?できるわけがない。
「アーレスライトのコックピットはマーズジャッカル のそれを踏襲している。月面飛行士養成学校のジャッカル課程を首席で卒業した君ならば、操縦はそう難しいことじゃない。バックアップも保証する」
カーライルが手元のタブレットに視線を落としながら言った。
「ミサキ。命令はしないわ。強要もしない。けれどお願い。鋼の光に乗って」
アイリスがすがるような目を向けてくる。
いつも凛とした雰囲気をまとっている彼女にしては珍しい態度だった。ミサキの決断が人類の命運に直結していると言っても過言ではない以上、仕方がないことではあったが……。
「わ、私は──」
ミサキは目を背け、震えた声で言った。彼らの視線が怖かった。
「友達を殺すような愚か者です。そんな私が火星人類の生き残りをかけた戦いに加担したらどうなると思いますか。敗北するに決まってる。私が人類絶滅の最初のきっかけになってしまう。……そんなのは嫌だ」
双方に広がる数秒の沈黙。それを打ち破り、メルスナーが諭すように言った。
「ミサキ君。君には途方もない重責かもしれないけど、どうしてもやってもらなきゃならない。ここで君が逃げれば、それこそ人類は滅亡と同義だ。そうはならなくとも、少なくとも私たちは全員──」
「知りませんよッ!そんなことッ!」
ミサキは声を荒げた。叫び声は空間に反響し、上方へと抜けた。アイリスは立ち尽くすだけだった。
「私なんて所詮クズなんですッ。母親の自殺も防げない。妹も助けられない。アニメの主人公なんかに憧れて、友達を地獄に引きずり込んで殺して、自分はのほほんと生きている。これ以上私に罪を被せないでください」
ミサキは踵を返し、エレベーターへ走った。
アイリスの顔が曇った。
それは、『パイロットを拒否する』、その意思表示に他ならない。
彼女が乗らないのと火星人類の滅亡が直結すると知っているメルスナーが引き止めようとする。だが。
「追うな!」
アイリスの鋭い声がメルスナーの足を止めさせた。
メルスナーは立ち止まる。視線の先には扉の閉まるエレベーターに乗るミサキの姿があった。
エレベーターが上がってしまうと、メルスナーはアイリスを振り向いた。
「なぜです。なぜ引き止めないのです」
メルスナーは感情を押し殺し、冷静を装って聞いた。お前は今何をしたのかわかっているのか?と言いたげだった。
「彼女の判断よ」
アイリスはエレベーターに背を向けたまま、アーレスライトを見上げていた。背中は震えている。
メルスナーはため息をついた。そして誰にも聞こえないような声で呟いた。
「希望を求めて、か。希望なんて果たしてあるのだろうか……」
『鋼の光』は、沈黙の元、ただただ立ち尽くしているだけだった。
6章終了です!
ものすごいところで終わりましたけど、次回以降もお楽しみ下さい!
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