Episode39 流星驟雨
◇
霜村美沙希は、病院の屋上で空を見上げていた。
珍しく晴れている。
くすんではいるが、鈍い日光が地表に注がれていた。
「流れ星」
彼女はふと呟いた。
空にはいくつもの尾を引く光の線が流れていた。
火星の分厚い粒子層越しに見える流れ星というのは相当に珍しいし、数も多い。しかも昼間に、だ。
美沙希は特に何も思わないまま、その不自然な現象を見続けた。
腰掛けている換気扇が冷たかったが、気にしない。首を上に向け、虚ろな目で流れ星を見続ける。
流星は止まらなかった。美沙希は不思議な感覚に襲われた。地面がぐにゃりとなり、現実と幻覚の線引きが曖昧になる。流れ星は美沙希を中心に火星へと降り注ぐ。
(ああ……まただ)
美沙希は目を閉じた。
スンシルの声が聞こえてくる。エヴァ、イネスの声も聞こえてくる。耳をつんざくレールガンの砲声も、マーズジャッカルの関節が軋む音も、作戦を伝えるオペレーターの機械的な声も聞こえてくる。
遠くから響くように聞こえていたそれらは、徐々に高鳴った。不快感も増してくる。美沙希は耳を抑え、首を横に振ったが、止まらなかった。
(収まらない)
精神が限界に達しようとした時、ふとヘリコプターの飛行音が聞こえた。
それは空気を震わせながら近づいてくる。音は次第に増大し、やがて、世界の音がローター音のみになってしまった。
それは幻聴ではなく、まぎれもない現実の音だった。
美沙希が空に目をやった。
流星群を背景に、一機のプロップ・ローター式ヘリコプターが病院の屋上に降下してくるのが見えた。
埃が舞い、風圧が真上からのしかかる。
美沙希が舞い上がる風塵に顔をしかめているさなか、ヘリコプターは屋上のヘリポートに着陸した。
エンジンの唸りがなりを潜め、風圧も収まった頃、一人の女性がヘリコプターから降りてくる。
彼女は迷わずに美沙希に向かって歩き、目の前で止まった。
「来なさい」
彼女は短く言った。
美沙希は彼女に見覚えがあった。何度も会ったような気がするが、思い出せない。自分のものではないような頭で記憶を弄。頭がズキズキした。思い出す。
アイリス・ブルーフィールドだった。
「アスラが動き出した」
アイリスの有無を言わせぬ声に、美沙希は長い沈黙を返した。
目の前に立つ隻眼の女性総軍司令官は、それ見て深いため息をついた。
「いつまで死者の声を聞いてるつもり?」
「あなたに何が分かるんですか」
美沙希はアイリスをキッと睨みつけた。こっちの気も知らないでつかつかと心の中に入られた気がしたからだ。
「私は……。私は、友達をみんな殺してしまった。スンシルも、エヴァも、イネスさえも。私が宇宙飛行士になりたいなんて思わなければ、彼女たちはこんな地獄に来ずに済んだのに」
美沙希は喋りながらうな垂れた。言いながら自分の罪を再認識したからだった。後半が弱々しく消える。
「そんな私にいったい何を求めるんです?」
アイリスはぽりぽりと顔の火傷の跡をかいた。やや間をおいて言った。突き放すような声だった。
「そんなこと知らないわ。知りたくもない」
美沙希の心に衝撃的な感情が走る。その感情が行動に移る前に、アイリスは続けた。
「私が唯一、確信を持って知っていると言えるのは、このままではいけない、だだそれだけよ」
美沙希は口を噤んだ。
「ミサキ。あなたはどうしたい?」
その言葉は美沙希の心の中で反響した。
「このままではいけないことぐらいわかるでしょう。精神を病んで一生この病院で過ごすつもり?悪いけれど、半年後に居留地がある保証はできないわ。かと言って、地球にも帰れない。衛星戦艦はもう存在しないから」
アイリスは間を空けた。自らの言葉の意味を美沙希にわからせるためだった。
「あなたは行動しなければならない。何かしなければならないのよ。今のままではダメだという気持ちが少しでも貴女にあるのなら、それしか道はないわ。その選択が、必ずしも良い結果を生むという保証はできないけどね」
「……」
「けど、手段は私達が用意する。そのためのバックアップも保証する。あなたはあなたがしたいようにすればいい。何のために火星に来たのか思い出して」
美沙希は何も言えなかった。
このままではいけないことはわかっている。どうにかしなきゃいけないことも。けど、自分がこのまま堕ちていくことが、死んでいった友への贖罪だとも思っている。
『あなたはどうしたい?』
アイリスの言葉を反芻した。混乱する頭で考えた。
結論は出なかった。
「私には──」
「じゃあ」
アイリスは美沙希の言葉を押しやった。打って変わって明るい声だった。
「とりあえずだけど、『ヘリコプターに乗る』という行動をしてみない?」
美沙希は顔を上げた。羽を休ませている機体が目に入る。
少女の身体は、自然と立ち上がっていた。
アイリスは年相応の笑みを浮かべた。ヘリコプターへ促す。美沙希はそれに従った。
あれほどうるさかった幻聴は聞こえなくなっていた。
ふと空を見上げると、流れ星は途切れることなく降り注いでいた。
登場した大量の流れ星は、衛星戦艦の残骸が大気圏に入って燃え尽きているものです。
次回は遂に「対アスラ決戦兵器」の全容が明らかに…!
それを目の当たりにしたミサキはいったい何を思うのか!?




