Episode35 敗者再起
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◇
「東部管区指令本部より隷下各隊、えー、前哨警戒陣地より情報あり。中隊規模の火星危険生命体、セクター7に侵入とのこと。中隊の内訳は大型12、小型18。内、飛行タイプは大型5、小型10。粒子砲搭載個体は2〜3を推定──」
多脚戦車の車内、その壁にぶら下げられた通信機から響いたのは、オペレーターの硬い声。
仮眠中だった「東方防衛第七混成兵団」兵団長オットー・ラングスドルフ三等星佐は、それを聞くや否や跳ね起きた。
「いでっ!」
多脚戦車はその巨体に似合わず車内が狭い。
〈タルタロス〉作戦以降配備が開始された新型高機動多脚戦車“センチュリオンⅡ”でもそれは同じであり、仮眠ベッド周辺では特にひどく、長身のラングスドルフにとっては居心地の悪さはこの上ない。
起床するや頭を打つ。これはもはや常態化していた。
彼はは頭を抑えて唸ったが、すぐにベッドから降り、砲手や操縦手が詰めている戦闘室へ向かう。
とは言っても仮眠室の隣にあるため、すぐに着く。
戦闘室は少し屈まなければならないほどの高さで、俗にいうメカメカしい内装だ。壁は全面モニターになっており、全周視界を提供している。
座席は三つ。左前に操縦手席、右前に砲手席。それらの後ろに頭一つ高い車長席があり、それぞれに操縦桿や計器盤、ホログラム・モニターが付属している。
「状況は」
ラングスドルフは車長席に座り、モニターを立ち上げた。データリンクによる情報が一面に映し出され、指揮下部隊の配備状況が一目でわかるようになった。
「聞いての通りです。翼竜型が我々の管轄区に侵入後、居留地に向けて急速接近中。上からは『迎撃しろ』の一点張りで」
操縦手席に座るハルキ・ナナオ飛行士長が応じた。
ちなみに砲手席には色覚障害用のサングラスをかけたレイフ・ハリス士長が座っている。
二人ともラングスドルフとの関係は長い。
(居留地も安全ではなくなったな……)
ラングスドルフはふと思った。
──〈タルタロス〉作戦が失敗に終わり、フェアファックス旅団主力とその他独立部隊、衛星戦艦を加えて編成された作戦任務集団が壊滅してから、およそ一ヶ月が経過している。
あの日、中性子ビームを受けたアスラはそれをものともせず覚醒し、人類の前で始めて高出力陽電子熱線砲を使用した。
衛星戦艦『サウス・フランクリン』は熱線の直撃を受けて撃沈され、作戦集団は九割以上の戦力を喪失。
衛星戦艦の乗組員を加えれば5000人を超える兵員が命を落とし、兵器や弾薬、機材の損耗も激しい。
火星開拓局は、軍事運用部に所属する地上部隊のおよそ三分の一をこの作戦に投入していた。
それらを全て失い、衛星戦艦すら撃沈されたことで、開拓局の軍事力は最盛期の半分以下にまで打ち減らされてしまっていた。
危機的状況だったと言っていい。
「熱線砲使用可」ということが判明してますます脅威となったアスラは作戦集団を蹴散らした後に回遊行動に移り、火星各地に存在する人類の拠点を荒らしまくっている。
火星入植の根幹たるセントラル居留地には、なお17万人の入植者が生活しているのだ。もしもアスラが襲来したら……と、考えるだけで背筋に冷たいものがよぎるが、幸い、アスラは外部基地は攻撃しても、居留地に現れることはなかった。
火星開拓局はこの貴重な時間を無駄にするほど愚かではなかった。組織体制の改革を行い、開拓局から完全なる軍事組織へと移行させたのだ。
火星開拓局は人類初の地球外実働部隊であり、衛星戦艦やガンシップ、多脚戦車などを保有して軍事色が相当に強かったが、あくまでも地球外移民を実行するために設立された宇宙機関であり、軍事は二の次という感があった。
それを取り払い、体制を有事に即応可能な『軍隊』へと変え、主目的も「開拓」から「防衛」へと変化させる。
具体的な方法といえば、火星開拓局にあった二大部門である開拓部と軍事運用部のうち、軍事運用部を昇格させ、開拓局司令部と合併。開拓部はそのは配下とする。
それによって誕生した統括運用司令部は、『火星総軍』と正式に名称が変更された火星開拓局を軍事重視で運用することを目的に据えていた。
この大改革により得た果実は2つある。
1つは、軍事運用部が開拓部を指揮下に置いたことにより、17万人を数える民間入植者への徴兵や物資の徴発が可能となったことだ。
宇宙と地表居留地の中継基地を勤めていた衛星戦艦が撃沈されたことにより、月〜火星間を移動する航宙船の船着場が失われ、外部からの増援は不可能となっている。
補給を断たれた火星総軍にとり、残っている資源を厳密な統制下に置くのは自然の成り行きだっただった。
これにより、戦時総力戦体制が確立されたと言って良いだろう。
2つ目は総軍隷下部隊の改編である。
大規模徴兵を実施し、民間人入植者の中から大量の適齢男性を得、補充兵として訓練・部隊配置を行ったのだ。
開拓局司令部は、開拓局の総軍への移行と同時にバークレー旅団、ギリアード旅団を解体し、それに徴兵によって獲得した大規模補充兵団、フェアファックス旅団残存部隊、局直轄独立部隊を加えて再編した集成第一砲兵旅団、集成第二騎兵旅団、居留地防衛第十一衛兵師団という新しい部隊を編成している。
質はともかく、人材の惜しみない投入により、フェアファックス旅団壊滅の埋め合わせはできた。
それだけではない。火星総軍の総員は五万人を超え、火星戦役開始以来最大の規模となったのだ。
それを見計らったかのように、「アスラ、居留地方面へ移動を開始」との情報が入る。
同時に〈タルタロス〉作戦以来途絶えていた火星危険生命体の居留地周辺での出現がにわかに多くなった。
アスラは火危生下級個体を操ることができると判明している。これもアスラの仕業だと、もはや誰も疑わなかった。
情報統制は敷かれているが、「ついにアスラが居留地に狙いを定めた」と、民間人の間で恐怖とともに噂されている。
文字通り居留地の防衛を担う部隊──居留衛兵第十一師団。それに所属する第七兵団は、サーベイヤー大隊から再編されたものだ。
「兵団」は今回の大規模な改革で「師団」と共に新たに新設された部隊単位であり、一個兵団は二個大隊規模となっている。兵員数は約1200名。
巨大化した組織を維持するために、部隊単位もまた巨大化したのだ。
編成は防衛戦闘に特化したものとなっており、多脚砲兵隊、迫撃砲隊、重機関銃隊などの陣地展開型の部隊が多い。
今日、東方防衛第七混成兵団は居留地東方に設けられた防衛線に展開しており、近づいてくる火危生に対処する任務に就いてから早10日が過ぎていた。
「こりゃ、まずいんじゃないんですか」
操縦手のレイフが聞いた。
「確かに。そうだね」
ラングスドルフもレイフの言わんとしていることは理解している。
防衛線は居留地に沿うように縦長に構成されている。
接近中の火危生集団は防衛線の一点に集中するように接近しており、防衛線両翼からは遠すぎて攻撃できないのだ。
火危生を攻撃範囲に入れているのは、兵団長ラングスドルフが直率する本部管理中隊と、その後方に控えている迫撃砲二個小隊しかない。
──兵団は少なからずの兵力を持っているが、いかんせん担当区域が広すぎる。
ラングスドルフは内心でそう悪態をついた。
「“タイガー1”より“タイガー”全車。レールガン、発射用意。目標、飛行接近中の火危生。距離5000にて射撃開始。撃破ののち、地上目標を片付ける」
通信インカムを通じて本部管理中隊の各車に早口で指示を出す。一息開け、続けた。
「“フォックス3、4”は火焔榴弾を装填して待機。こっちは……距離3000にて射撃開始。多脚戦車の撃ち漏らしを掃討せよ」
“フォックス”は迫撃砲小隊の呼び出し符丁だ。
迫撃砲とは砲身を上に向けた、花火の発射台のような形をしている支援火器だ。
砲弾を上に打ち上げてから真下に落とし、重力加速と砲弾の炸裂によって対象を破壊する。
地上を高速で移動する火危生への命中率は消して高くないが、簡易な作りで壊れにくく、補充兵にも容易に扱えることから、火星総軍では重宝されている兵器だ。
「距離7000」
電子音声が報告する。ラングスドルフは望遠モニターを覗き、火危生が近づいてきているであろう方角を見た。
だが、赤い大地のうねりが邪魔で火危生の姿は見えない。
居留地はアルカディア平原に建設され、居留地東方の大地も同じく平地であるが、完全ではない。小さな起伏が多く、視界を遮っているのだ。
そんなどこまでも続く赤い大地と、遠方に見えるいくつかののっぺりとした岩塊をずっと見ていると、遠近感がおかしくなってくる。
目が痛くなってきたので、ラングスドルフはモニターから視線をはずした。
「距離6000」
(サーベイヤー大隊も、こんな戦い方しかできない部隊になっちまったのか)
電子音声に耳を傾けながら、ラングスドルフは思った。
第七兵団はサーベイヤー大隊を再編した部隊といっても、大隊から引き継いだ戦力は二割にも満たない。
第七兵団に引き継がれたのは、〈タルタロス〉作戦の失敗に伴うアスラの熱線掃射を辛くも生き延びた多脚戦車数両と、当時作戦地帯から離れていた空中騎兵部隊、少数の補給部隊のみだ。
無数の新型人型駆動兵装“マーズジャッカル ”や、選りすぐりの精鋭で作られた多脚戦車中隊を集めた大隊は、その影すら残っていない。
ラングスドルフは左右に延々と続く散兵線を見渡した。
そこにマーズジャッカル 、それを操縦していた少女たちの姿はまったくない。
かつて大隊に所属していたエヴァやスンシル、そしてイネス・マッカートリーといった少女兵たちは全員が死亡した(イネスはアスラの熱線攻撃の後、行方不明になっている)。
唯一、霜村美沙希のみが生きていたが、重い精神疾患を患い、今は居留地の病院に入院中だ。
「距離5000」
「射撃開始」
電子音声が、攻撃射程に火危生が入ったことを伝える。ラングスドルフは少女たちが姿を消したことに一抹の寂しさを感じつつ命じた。
多脚戦車の砲口から青白いスパークが飛び、砲が後退する。
腹に応える発砲の衝撃が機体を震わせ、爆風が砲声と共に火星の地表を駆け抜けた。
それを皮切りに、散兵線の随所に展開していた多脚戦車も射撃を開始する。
放たれた合金弾は5000メートルの距離をひとっ飛びにし、火危生の体を砕いた。火危生の激痛に苦悶する声が聞こえたような気がした。




