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鋼の光   作者: イカ大王
第五章 オペレーション”タルタロス”
35/57

Episode33 決着火力

12月8日。太平洋戦争開戦の日ですね。

タルタロス作戦の章も終盤に入ります。

 

 ◇


 地上では、攻撃が続いている。

 多脚戦車の砲火、ガンシップの唸りを上げるバルガン砲、巨獣の咆哮。兵士達の叫び。それらが結合して作曲される『戦場音楽』は、はるか上空───大気圏外、高度2000キロメートルの衛星軌道上には届かない。


 衛星戦艦『サウス・フランクリン』の副艦長兼火星開拓局副局長であるケンゾー・ナカヤシキ大佐は、耳を澄ませ、地上の喧騒(けんそう)を聞こうと努力した。

 物理的には絶対聞こえない。彼が聞こうとしているのは、戦場の兵士達が発する『気』のようなものだった。

 本来は地上にいるはずの自分が、安全な大気圏外にいる。その事実がやるせなく、気持ちだけでも地上の将兵達に寄り添おうとしたのだ。

 もちろん、その中心にはアイリスがいる。


「副艦長」


 声をかけられ、ケンゾーは目を開けた。

『サウス・フランクリン』特殊第二射撃指揮所の室内の様子が、視界いっぱいに広がる。

ケンゾーは横に立つ声の主を見た。


「中性子砲の発射準備手順は順調。現在は第四段階をパス。最終段階に入っております」


 声の主───全艦載火器をつかさどる砲術長は、人に心配の感情を抱かせるほど機械的な声で言った。

初の中性子砲発射という重責を与えられ、感情を捨てて物事に当たろうとしているのだろう。

 ケンゾーは短く応じる。


「発射までの時間は?」

「きっかり3分」


 現在、アスラが〈タルタロス・ポイント〉に落下してから約2分が経過している。地上の足止め攻撃も熾烈を極めているころだ。

『サウス・フランクリン』には重要な任務がある。それは作戦の成否に関わることだった。


 ケンゾーは指揮所内を見渡した。


 ──衛星戦艦『サウス・フランクリン』は巨大な独楽(こま)のような形状をしている。

 平べったいさまざまな構造物が放射状に広がり、それの中央を、軸のようにして長さ2キロもの円柱が貫いているのだ。

 その円柱こそが、火星開拓局最強の戦略兵器たる〈超高出力中性子収束投射砲〉であり、それを専門に扱う指揮所である特殊第二射撃指揮所は、「砲」に貼り付くようにして設置されている。


 そのため、射撃指揮所にある無数の窓からは、右隣にある超巨大な砲身の側面が大いに見える。

 火星地表を見せている窓は三割もない。

 これらを見る限り、ほとんど窓の意味がないように思えるが、この指揮所も巨大な中性子砲も、もともと『サウス・フランクリン』に搭載される予定はなく、後々、無理矢理搭載したのだから、寸法上のことはは仕方がなかった。

 指揮所の混雑気味も、無理矢理感は否めない。

 横一列の窓の下には無数のモニター、計基盤、キーボードがあり、八名の射撃管制員と二名のオペレーターが、それらに向かい合うように座席に座っている。

 だが、それと全く同じものが、天井にもあるのだ。


 指揮所は船体中心近くにあるため、遠心力による人口重力が作用していない。無重力なのである。

 中性子砲を扱うなら最低二十名の要員が必要になり、この狭い特設射撃指揮所でその人数を活用するためには、無重力下という環境と、天井(彼らにとっては床だが)を利用するほかなかった。


 宇宙船において、いかに無重力といえど、床と天井の違いは明確にされている。床は黒、天井は灰色、といった風に区別されているのだ。

 これは、人間の平衡感覚を失わぬようにする配慮なのだが、この指揮所だけは例外だった。


 そのため、中性子砲の操作に抜擢されたエリート士官達は、最初の頃、この部屋に慣れず、げろげろ吐いたり、簡単な訓練で気分が悪くなったりしていた。

 ケンゾーもその一人だったが、今はすっかり慣れている。

 もちろん、この室内にいる全員がそうだった。


 そこまで考えて、ケンゾーはふと思った。

 アイリス局長はこの部屋に慣れていなかった。つまり、部下の前でゲロゲロしたくなかったから私にこの役割を与えたのか……と。

 その考えにいたり、ケンゾーは微笑した。


 最近、彼女は元気がなかったが、アイリスはいつでもアイリスだったのだ。


「発射準備、最終段階。発射まで1分!」


 砲術長の報告で、ケンゾーは思考の渦から戻った。


「中性子融合炉、圧力上昇中。砲熕薬室(ほうこうやくしつ)への直結路を解放。異常なし」

「特殊第二指揮所より融合炉管轄室、聞こえますか?……はい、はい、その数値で大丈夫です」


 室内は一種の緊張感に包まれている。

 室内の要員たち──射撃管制員は計基盤を睨み、中性子砲をつかさどる様々な操作を行う。オペレーターは各部署と調整を行い、問題点があれば解決してゆく。

 今まで機械的だった砲術長の声が、上ずったものに変化していた。


「副艦長より全艦に達する」


 ケンゾーは室内を横目で見つつ、艦内電話を手に取る。角ばった受話器。その下部にあるマイクに向かって声を吹き込んだ。


「本艦はこれより、中性子砲発射シーケンスを開始しする。目標は、〈タルタロス・ポイント〉に拘束中の特別認定個体“アスラ”。発射は初の試みである。不測の事態に備え、総員バイザーヘルメットを装着せよ」


 受話器を置くと、すでに発射準備は整っていた。

 砲術長が許可を求めるようにケンゾーを見てくる。ケンゾーは小さくうなずいた。


「〈タルタロス)作戦はフェイズ4へ移行した。中性子砲発射シーケンスを開始する」


 砲術長は指揮所の中央で仁王立ちになり、宣言した。それを境に、心なしか射撃管制員の動きが慌ただしくなる。


「砲口蓋を開口。セーフティーロック解除。照準は〈タルタロス・ポイント〉で固定」

「砲口蓋オープン。セーフティーロック解除!」


 ホログラムモニターに『ROCK ON』の赤文字が浮かぶ。オペレーターたちは、冷静な声で状況報告を続ける。


「砲身スタビライザー、問題なし。照準固定(ロック・オン)!」

「粒子加速器、正常稼働!」


 超高出力中性子収束投射砲───。

 

荷電粒子砲の一種であるこの巨砲は、中性子を超電力によって亜光速にまで加速し、打ち出すものだ。

 砲口直径は200メートル。この幅の中性子ビームを地上に放ち、細胞を死滅させる透過能力を持った中性子線の雨を降らせることができる。


「発射準備完了!」

「発射カウントを開始」


 砲術長は重々しく命じた。

直後、電子音声によるカウントダウンが始まる。


「10…9…8」


 ここまでの手順は、シミュレーションで何度もやってきたことだ。しかし、今回は紛れも無い実戦である。

 無感情な電子音声は、ここにいる全ての人間と対照的な、冷たい声で数字を吐き出し続ける。


「4…3…2」


 ケンゾーは唇を舐めた。妙に乾いていた。


「1…(ゼロ)








「中性子砲、発射ッ!」




 ケンゾーの口からその言葉が突いて出る。

 琥珀色の閃光が、視界を包み込んだ。





 ◇



「衛星戦艦、中性子砲を発射。収束ビーム着弾まで30秒」


「来るぞーッ。中性子線を浴びたくなかったら、全機所定のラインまで後退しろ!」


 ラングスドルフは『中性子砲発射』の情報が飛び込んでくるや、通信機のマイクに叫んでいた。

 サーベイヤー大隊はフェイズ2を成功させたのち、タルタロス・ポイントから300メートルほど離れた岩塊の陰に隠れている。300という数字は決して遠くはないが、中性子砲の発射は初であり、不測の事態も起こりうる。

 ラングスドルフはそれに備えるつもりだった。


 高機動型多脚戦車。マーズジャッカルⅡ。

 アスラの攻撃により、それらは著しく数を減らしていたが、大隊の組織力は辛うじて残っている。

 命令に従い、赤い砂埃を上げながら、整然と、素早く退避してゆく。


 中性子ビームは、サーベイヤー大隊が距離500メートルまで後退し、フェイズ3部隊の多脚戦車群が半地下式の塹壕に身を隠した直後に飛来してきた。


「上空より高エネルギー反応!」


 多脚戦車砲手席に座るハルキが、モニターを見ながら叫んだ。ラングスドルフは真上を向く。

 多脚戦車の車内には正面、左右、真上にモニターが設置されており、それぞれの方向の視界を提供している。真上のモニターには、くすんだ火星の空が映っていた。


 その空が光を帯び始めた。


 雲と雲の狭間から光が漏れ、それが耐え難い明るさになった時、一閃。雲をかき分け、黄金の光芒が出現する。

 それは一瞬で地表に到達した。火星の大地に黄金色の巨大な物差しが突き立てられたように見えた。

「黄金色の巨大な物差し」は狙い誤らず〈タルタロス・ポイント〉に突き刺さり、そこに束縛されていた巨獣の背中を打つ。

 閃光が走り、今までにない巨大な咆哮が轟く。黄金色の荷電粒子ビームの奔流に呑み込まれ、アスラの輪郭は瞬時に消失した。


 遥か上空から放たれた直径200メートルの中性子ビームは、およそ1分間に渡ってアスラを直撃し続ける。


 長い1分だった。やがて。


 徐々に光芒が弱まり、細くなる。一筋の光まで縮小した直後、ビームは消えた。


 戦場に沈黙が広がる。誰もが固唾を呑んで、ビーム着弾点──アスラを見つめる。


「ハルキ、アスラを拡大しろ」

「了解」


 ラングスドルフは命じた。

 正面のホログラムモニターに別ウィンドウが開き、拡大される。

 ラングスドルフは前のめりになってそれを見た。

 アスラはそこにいた。

 しかし、体表のほとんどが(ただ)れ、焦げている。体内が見えているところもあった。うつむき、微動だにしない。原型はとどめているが、左腕と背びれが消失している。


「死んだか……?」


 ラングスドルフは険しい表情を崩さない。モニターを見つめつつ、腕を組んだ。作戦指揮所からの命令を待つ。


「中性子線を浴び続けて、生きてる生物がいるとも思えませんがね」


 レイフが、どこか他人事のように言う。

 それはもっともな意見だった。現に、中性子ビームを受けたアスラは活動を停止している。

 だが、ラングスドルフは、あの体高300メートル、総重量20万トンの巨獣を倒せたなど、にわかに信じられなかった。


 ラングスドルフは通信機のつまみをいじり、作戦指揮所の通信を拾おうとした。つまみを右や左に回転させ、他部隊やアスラの状況を探る。

 雑音混じりだが、オペレーターの声が聞こえてきた。


「アスラ、活動停止。沈黙。〈黒い霧〉も中性子ビームに巻き込まれ、霧散したようです」


 アスラの状況確認のためだろう、上空には二機のガンシップが舞っている。

 アスラに変化が生じたのはその時だった。ラングスドルフはモニター内のアスラが動くと、瞬時に身構えたが、のちに危険は無いとわかる。


 アスラが峡谷に崩れ落ちたのだ。


 今まで上半身のみを峡谷上に出していたが、力尽き、それを支えられなくなったのだろう。地鳴りのような音と振動と共に、アスラは谷底に落下していった。


 それを見て、ラングスドルフは初めて安堵した。大きく息を吐き、バイザーヘルメットを収納する。


「“ポセイドン”より総員」


 アイリスの力強い声が響いた。彼女は続ける。


「作戦成功。アスラは沈黙。繰り返す。作戦成功、アスラは沈黙。我々は、アスラを下した。人類の勝利だ」


 作戦指揮所からのアイリスの高らかな勝利宣言は、瞬時に各部隊に広まる。刹那、各地で歓声が爆発した。


 死線をくぐってきた兵士達は、近くの仲間と肩を叩き合い、笑みを浮かべる。感極まって泣き出してしまう者もいれば、緊張が切れて地面に崩れてしまう者もいる。

 男性も女性も老兵も未成年兵も、階級の壁さえ超えて、抱擁し、喜びを分かち合っていた。



 峡谷の狭間から真っ赤な熱線が発射されたのは、ちょうどその時だった。

熱線は空を切り、一直線に進む。その先には衛星戦艦。





次回は……!?

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― 新着の感想 ―
[一言] あーーーー やっぱりそのままやっつけられないのね。 アスラの反撃なのか? 別の個体の反撃なのか? 実はアスラの中身は機械だったりとか!? かなりの被害を出しつつ、衛星戦艦もきっと撃墜だろ…
[良い点] 大量の中性子線を喰らって生き残る生物がいたら驚きだよ……(呆れ) 1分間に渡って中性子線を浴びたんだから、死んでるはず……死んでるよね?死んでますよね!? コマのような形の戦艦だとぉ………
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