Episode32 鉄量飽和
今回は〈タルタロス〉作戦フェイズ3を書いていきます。
◇
「“ポセイドン”より“カムペー”。本作戦はフェイズ・スリーへ移行する。伏撃砲兵隊各機はただちに全力射撃を開始せよ。繰り返す。本作戦はフェイズ・スリーへ移行する。伏撃砲兵隊各機は全力射撃を開始せよ」
アイリスは“カムペー”こと、フェイズ3部隊を構成する3個多脚砲兵大隊および1個航空打撃連隊に命令を発した。
モニター画面に〈Phase III〉の赤文字が浮かび上がり、タルタロス・ポイントの前面扇状、左後方岩塊斜面に展開している多脚戦車148輌のビーコンが一斉に緑から赤に変化する。
「兵器使用自由。兵器使用自由!」
タルタロス・ポイントに位置する深度250メートルの峡谷に挟まって身動きが取れない巨獣。
その前方には、第39多脚砲兵連隊の第7、第11大隊が展開しており、左後方では同第51連隊第19大隊が背びれに照準を定めている。
いずれも今まで、半地下式の壕に身を潜め、脚を折りたたんで車体を完全に隠していた機体たちだ。その上からは光学迷彩シートを被せる念の入れようである。
フェイズ3部隊の直接指揮を執るフェアファックス旅団前進本部、各車の戦車兵は、フェイズ2が成功するまで、ただ待っていることしかできなかった。
その忍耐は、凄まじく耐えがたいものだっただろう。アスラを目の前にしてただ隠れているだけなのだから。
味方が死闘を演じてるとなればなおさらだった。
だが、その制約は、今無くなった。
「忍従の時は終わりだ、存分にやれ。18大隊の死を無駄にするな」
旅団長の激励が各車の通信機に響くのとほとんど同時に、車体を覆っていた迷彩シートは取り払われ、150輌近い多脚戦車は一斉に立ち上がった。
大地を反射して鈍い赤色に輝く203ミリ電磁軌条加速砲の砲身が、無数に突き出され、砲門をアスラに向ける。
これにはアスラも驚いたようだった。突然出現した多脚戦車群を見下ろしながら、「罠にはめられた」と言いたげに咆哮を上げる。
次の瞬間。
足元に落雷したかのような凄まじい砲声が轟々と鳴り響き、めくるめく閃光の連鎖が沸き起こった。
148輌。───1輌ごとに四連装レールガンを搭載しているから、合計592門の203ミリ砲が射撃を開始したのだ。
アイリスたちには知る由もないが、ここで火星開拓局実動部隊が行った多脚砲兵の集中運用記録は、過去、現在、そして未来にかけて破られることはない。
多脚戦車は革新的な自動装填機構により、5秒で装填を完了することができる。右の二門、左の二門と交互に発砲するため、2.5秒で2発。1輌につき1分間で48発を発射することが可能だ。
これが148輌と考えると、投射弾数は優に四桁を数え、2分ともなると10000発を超える。
アスラへの攻撃はこれだけではない。
第2航空打撃連隊に所属する完全武装ガンシップが107機。低空飛行で作戦空域に駆けつけ、多脚砲兵隊が砲撃を開始した頃には展開を終了している。
扇状の砲兵隊の頭上で横一列に滞空し、居留地から運んできたミサイル、ロケット弾を発射し、機首に搭載したコイル・バルガン砲を乱射した。
砲弾、車載機銃弾、ミサイル、ロケット弾、バルガン砲弾。その全てがアスラに殺到する。
峡谷に落下したため巨獣の下半身は隠れており、胸部から上のみを地上にさらしている。そこに、その鉄量全てが叩きつけられた。
その様相は『鉄嵐』と称しても過言ではない。
常時痛烈な打撃を受けるアスラは苦しげにうめき、身をよじらせる。だが、動けない。火星の地殻がアスラを拘束し続けているからだ。
人類は圧倒的だった。アスラに常に圧倒されていた火星人類は、こと今に限ってアスラを逆に圧倒している。
それを、アイリスは指揮車で冷静に見つめていた。
満足気では決してない。さっきまでの興奮は冷めているが、予断を許さない表情でたたずんでいる。
フェイズ3でアスラを殲滅するのではない。
トドメはあくまでフェイズ4であり、多脚戦車群の鉄量も、ガンシップの雨あられの空対地ミサイルも、全てはアスラをタルタロス・ポイントに足止めするためのものだ。
トドメを担当する衛星戦艦『サウス・フランクリン』からは、ひっきりなしに〈超高出力中性子砲収束投射砲〉の準備準備の情報が舞い込んでくる。
『サウス・フランクリン』はケンゾーに任せてるだけあって、準備は円滑なようだった。5分後には発射できる。モニターに発射までの時間が秒単位で表示され、それは作戦部隊全機に共有されていた。
問題は、それまでアスラを足止めできるか否か、である。
アスラは峡谷に挟まれているが、身をよじって脱出しようと試みられた場合、保つかわからない。事実、レールガン発砲とは異なる振動が地面に生じている。アスラが下半身を蠢かせ、峡谷からの脱出を試みているのだ。
それをさせぬために、多脚戦車のレールガンは吠え猛り、ガンシップは唸りを上げてミサイルを撃つ。
アスラにダメージを与え続け、峡谷からの脱出を阻むのだ。
合金弾多数を受け続けている胸部は叩き割られ、無数の弾痕、ひびが生じている。被弾するたびに爆炎が躍り、体組織の破片が四方に飛び散る。
頭部も数百発の砲弾を受け、輪郭が変わったように見えるほどだ。
凄まじい強靭性を発揮した体表装甲も、軌道砲弾の直撃による損傷をたった一晩で直した回復能力も、この飽和攻撃に対応できていない。
アスラは苦悶の表情を浮かべ、一際巨大な咆哮を発した。
背部から〈黒い霧〉が発生する。
第19多脚砲兵大隊から統制射撃を受け、およそ三割の背びれが原形をとどめていなかった背部だが、残っていた背びれの合間から黒々とした金属粒子群が這い出てくる。
「来ました、金属粒子反応を検知。規模増大中!」
オペレーターからその報告を聞いたアイリスは、計画通りの命令を発する。
「発生装置への電力供給弁を解放。AAPシールド、展開開始」
アイリスの命令は通信アンテナからただちに各部署へ飛び、多脚砲兵隊の後方に設けられた移動式バリアー発生装置の操作室で、所定の手順が開始された。
「居留地発電所、全力運転中。電力保持限界は300秒で異常なし」
「鉄塔変電所との有線接続を開始。操作計の電圧ゲージに注意せよ」
「変電所からの電力、蓄電器に到達。電圧上昇……問題なし。シールド展開可能値まで残り10秒!」
AAPシールド。非対称性対粒子シールドの略であるこの防御装置は、居留地と外界と遮断し、地球となんな変わらない大気成分、気圧、重力を保つのに一役買っている電磁バリアーを応用したものだ。
バリアーは砲弾や機銃弾は防げないが、『削る』ことに重きを置かれ、突破力に乏しい金属粒子ならば防御できる。
バリアー・ドームの内側に展開した多脚砲兵隊の攻撃は、バリアーの境界面を通過できるが、アスラの〈黒い霧〉は境界面の電磁張力に阻まれて内側に侵入することはできない。
これが、非対称性の所以である。
展開に必要な大出力電力の供給や、発生装置の作戦地域への輸送などの様々な課題はあったが、ひとまず、AAPシールドはアイリスやメルスナーが満足し得る効果をもたらした。
アイリスの指令の直後、うす緑色の光芒が発生装置上の円錐から湧き上がり、高度100メートルまで上昇。その後八方に拡散し、地表に到達する。
多脚戦車のみならずガンシップ編隊すら覆い、バリアー・ドームは完成した。
岩塊斜面の第19大隊も同じく、ドームに覆われる。
巨大な〈黒い霧〉は多脚砲兵隊に迫り、接触する。だが、バリアーに阻まれ、境界面を這うことしかできない。
逆に多脚戦車やガンシップは攻撃を続け、砲弾やミサイルはバリアーを透過し、アスラに新たな手傷を負わせる。
「いいぞ!」
「やった。成功だ!」
幕僚が喝采を上げる。少なくとも5分間は、多脚砲兵隊は一方的に攻撃できる。
それに、散々開拓局を苦しめた〈黒い霧〉の封じ込めに成功したのだ。幕僚たちの喜びは相当なものなのだろう。
非対称な戦いが1分、2分と続いた。
「AAPシールド、避弾経始周波にノイズ発生。防御力86パーセントに低下。〈黒い霧〉接触にともなう電磁張力の減殺だと思われます」
「“カムペー1”より通信。アスラへの命中弾数、減少中」
二つの報告が猛々しい砲声の合間を縫って、オペレーターより上がる。
前者は予想されていたことだが、後者が不可思議だと、アイリスは思った。
アスラは巨大な停止目標であり、多脚戦車が的を外すとは思えない。かと言って、バリアー・ドームがある以上、多脚砲兵隊は無傷であり、発射弾数も減ってはいない。
理由はすぐにわかった。
「発射された砲弾の半分が、空中にあるうちに消失しています!」
オペレーターが叫ぶ。アイリスは理解した。
アスラは金属粒子攻撃の効果が薄いと見るや、〈黒い霧〉を二分し、一つはバリアー・ドームへの攻撃を継続させ、もう一つを自身の周囲に漂わせている。
二つ目の〈黒い霧〉が原因だった。アスラは飛来した砲弾を空中で〈黒い霧〉に削り取らせ、自身に命中する前に撃ち落としているのだ。
「無茶苦茶な奴だ……」
幕僚の一人が呆れたような声をあげた。
多脚戦車とアスラの距離は150メートル。そんな超至近距離から放たれた砲弾を、その距離を飛翔させる前に撃ち落とすなど不可能に近い。
だが、アスラはそれをやってのけている。一発や二発ではない。数十発を空中で消滅させているのだ。
「ひるむなッ!砲身が焼き付いても構わん。物量で押せ。押せ押せ。撃ちまくれ!」
多脚砲兵隊全機の指揮を執る旅団長が、早口で命令を発した。命令というよりも激励だが、それで多脚戦車の砲撃の勢いが増したのは気のせいではない。
アスラは今や火の塊と化しつつあった。
1秒間に百発以上の203ミリ合金弾を撃ち込まれ、炸薬量の多いミサイルを喰らい、無数の機銃弾の筋道が自身に到達する。発生する無数の火焔は大蛇のごとくのたうち回り、アスラ体表を次々と焼いてゆく。
左腕はちぎれかけ、頭部は変形し、胸部には大穴が穿たれていた。天を睨んでいた背びれは叩き割られ、背筋には何もない。地上に晒されている身体の表面で、損傷していない部分を見つける方が難しい。
その全ての攻撃を回避しようと、身を翻そうとする。が、火星の地殻に押さえつけられて身動きが取れない。
人類の物量攻撃を、ただ一身に浴び続ける。
多数の砲弾を空中で撃墜しても、自身に命中する砲弾数はそれ以上だ。
「いけますな」
アイリスの傍らに立つメルスナー作戦幕僚が言った。
「アスラは倒せます。中性子砲のビームが命中したは、まず確実でしょう」
アイリスは中性子砲発射までの時間が記されているモニターを見た。残り時間は1分30秒。
次いで真上を向く。目の前に指揮所の無骨な天井が広がるが、彼女の心眼はその先──宇宙空間の衛星戦艦をしっかりて捉えていた。
作戦フェイズ4への移行は近い。
アスラに中性子線の雨が降り注ぐまで、残り1分。
次回はいよいよ戦略兵器である中性子砲の発射です。
フェイズ1の軌道砲による作戦地域外縁への戦略誘導。
フェイズ2のサーベイヤー大隊による中性子砲照準点への精密誘導。
フェイズ3のアスラの照準点への足止め。
これら全てはフェイズ4のためですから。作者としては感無量な感じです!
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