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鋼の光   作者: イカ大王
第五章 オペレーション”タルタロス”
33/57

Episode31 撃滅地点

オペレーション《タルタロス》

作戦はフェイズ2。アスラ誘導は熾烈を極め、18大隊はアスラに挑む。


作戦の行方は……!?

 


 ◇


「止まっ……た」


 イネスはマーズジャッカル の操縦桿を握り締めながら呻いた。


 誘引路は4キロに渡って整備された巨大な道であるが、その2キロ地点きっかりでアスラは足を止めてしまった。

 誘引路が誘導を円滑に進めるために設置されたものだと考えると、それに乗りつつ『停止』というのは、存在の意味を疑いたくなる。


 だが、誘引路に欠陥があるとはイネスは考えていない。

 アスラ停止の原因は、兵力の圧倒的な不足だろうと思っている。アスラが興味を持つ(あるいは脅威に感じる)量の部隊でないと、アスラにとって追う対象ではなくなってしまうからだ。


 キャプテン大隊が壊滅し、サーベイヤー大隊が戦力をすり減らしてしまったため、アスラは脅威を感じなくなり、追うのをやめてしまったのだ。


「あと2キロ。あと2キロなんだぞ!?」


 レイフの罵声が響く。車内の状況は分からないが、地団駄を踏むサングラス男の姿は容易に想像することができた。


「“セッター2”より“タイガー1”。指示を請う」


 イネスは沈黙を守っていたラングスドルフに指示を仰いだ。

 ややあって、モニターの別ウィンドウに苦い顔を作ったラングスドルフが映る。

 彼は沈黙している。顔はやや青ざめていた。


 イネスの心の中から、とろ火で焼かれるような焦慮感が湧き上がってくる。

 今、大隊の残存部隊は、アスラから身を隠すようにして稜線や岩塊の影に隠れているが、すぐにでも作戦が再開できるよう、アスラとの距離は近い。

 アスラは破壊対象を求めて、止まったまま辺りを見渡しているだろうから、気づかれて〈黒い霧〉を出されたら回避は間に合わない。


「指示を!」


 イネスはモニターに迫り、叫んだ。

 ラングスドルフの態度は変わらなかった。イネスの声にびくつくことも、青ざめた表情に血色が戻ることもない。


 ラングスドルフは苦悩していた。


 彼は怯えゆえ沈黙を守っているのではなかった。

 自分がすべきことはわかっている。大隊を率い、アスラ誘導を再開するのだ。

 作戦司令部から大隊に与えられた命令がそれだし、《タルタロス》作戦の計画もそのようになっている。


 だが、消耗しきった大隊一つでの誘導は絶望的だし、そんな成功率の低い戦いに、未成年を含む部下たちを参加させることに強い抵抗があった。


 ラングスドルフは逡巡し、イネスは焦り、アスラは停止しているという状況が1分近く続く。

 この短い時間、周囲は、先の激戦が嘘のように静寂に包まれている。空気を震わせるほどだった砲声は鳴りを潜め、地を揺るがすほどだったアスラの足音も、咆哮もない。


 その静寂を破ったのは、ラングスドルフの命令でも、イネスの催促でも、アスラの足音でもなかった。


 サーベイヤー大隊の背後───誘導路終着点付近から、目を背けたくなるようなまばゆい発砲炎が閃らめき、次いで耳をつんざく斉射音が轟いた。


「なに!?」


 誰かが言った。


 合金弾が空気を切り裂く甲高い音が、イネス達の頭上を後ろから前へ通過し、停止中のアスラに叩き込まれる。

 アスラ上半身をめくるめく閃光が包み込み、巨大な爆炎が躍った。アスラ体組織の破片が無数に飛び散り、一拍遅れて、衝撃波が誘導路を駆け抜けた。


(一体、どこから)


 イネスは周囲を見渡した。

 戦闘統合システムのモニターには映っていない。データリンクをしていない部隊の支援砲撃のようだ。


 砲撃は再び行われる。150発はあろう砲弾群が真一文字に飛び、アスラ体表に命中、一斉に炸裂する。再びの炸裂音と衝撃波が破片を巻き上げ、マーズジャッカルの装甲に当たって雨のような音を立てた。


 多脚戦車の専攻教育を受けていないイネスでも、どこからともなく降ってきたその砲撃が、並々ならぬ技量で行われていること理解することができた。

 車両ごとにシステムリンクしていても、これほどにまで均一に行われる統制射撃は難しい。

 まるで砲弾の群れが、一つの砲弾のようだった。


 20秒ほどの間隔を開け、その『並々ならぬ技量で行われている砲撃』は続けられる。

 砲弾一つ一つは、アスラにとってどうということはない。容易に跳ね返せる。だが、それが数百と集まり、同時に命中するとなれば話は別だった。


 イネスは四度目の斉射で、その砲撃がどこの部隊からなのかを知った。

 誘導路終着点───タルタロス・ポイントの左翼岩塊に展開する多脚砲兵第18大隊だった。本来は、次のフェイズで戦闘に参加する部隊である。


(あれでは……)


 その展開場所を見てイネスは絶句した。

 その50輌近い多脚戦車が展開している場所は、岩塊の上である。しかも密集隊形を組んでおり、あれでは〈黒い霧〉に襲われた時逃げられない。好餌(こうじ)だ。

 様子を見る限り、AAPシールドが展開される様子もない。

 だが、砲兵大隊は回避も、岩塊から降りようともせず、精密な斉射を放ち続ける。


「”タイガー1”より”ガイア”全機。巻き込まれるぞ。誘導路上から退避!」


 ラングスドルフの命令が終わるか終わらないかといううちに、地面が突き上がるように大きく揺れた。


「うわッ」


 マーズジャッカルは跳ね上がり、イネスは後頭部を計器盤へぶつけた。機体のいたるところが不気味に軋む。何が起こったか悟る前に、胸を打つ轟音、いや咆哮がイネスの鼓膜を震わせた。


 アスラが再び前進を開始したのだ。苛つきは頂点のようで、大地を踏みしめる足にも力が入る。赤焼けた火星の地面は次々とひび割れ、崩れ、高さ100メートル近い岩塊も大きく揺らぐ。

 サーベイヤー大隊は重量20万トンの怪物が引き起こす『地鳴り』から逃げるので精一杯だった。運の悪いマーズジャッカルは岩塊の倒壊に巻き込まれ、生き埋めになる。またある多脚戦車は地面の亀裂に足をとられ、動けなくなる。


 アスラの目に灯る『怒り』を、イネスは地鳴りに揉みくちゃにされながらもはっきりと見た。

 あるいは気のせいだったのかもしれないが、アスラの躍進はまさに憤怒のようだった。


 それを第18大隊は真正面から迎え撃つ。


 発射の頻度は徐々に早まり、アスラは常に全身を火焔に包まれている。だが奴は、その火焔を突き破り、その巨体に似合わない速度で突進する。


 第18大隊との距離は瞬く間に詰まる。

 それはすなわち、アスラが誘導終着点に近づいていることを示していた。


 アスラ背部から〈黒い霧〉が噴出したのはその時だった。




 ◇




「アスラ、増速!タルタロス・ポイントとの距離約1000メートル。なおも接近!」


 アイリスのいる特設前進指揮所は浮き足立っていた。

 アスラが第18大隊の誘いに乗ってくれたことに安堵しつつも、『怪獣がこちらに突撃している』という状況に不安を感じないわけがないからだ。

 あるいは、自らの危機を感じつつも、作戦が成功しつつあることに満足を覚え、気が高ぶっているのかもしれない。


 アスラ躍進に伴う振動は指揮所にも伝わってくる。唸る砲声も、奴の咆哮もはっきりと聞こえる。


「アスラ、タルタロス・ポイントとの距離、600メートル……500メートル……400メートル……」

「第18大隊は統制射撃を続行、退避する様子なし」

「アスラ背部より金属粒子反応を検知!〈黒い霧〉です!」


 まくしたてるようなオペレーターの声。

 それを聞き、アイリスは音がなるほど拳を握りしめた。背中は汗でびっしょりと濡れ、不快な感触が上半身を撫でている。

 目はモニターのに釘付けとなっていた。


 案の定、今までにない高密度の〈黒い霧〉は、第18大隊の展開している岩塊上に襲いかかった。

 〈黒い霧〉は高空に刹那滞空したのち、垂直に落下、岩塊の上半分ごと第18大隊を消滅させた。


 アイリスは瞑目(めいもく)し、何かを囁いた。

「恨むなら恨め」だった。


「左翼砲兵大隊、全滅!」

「アスラ、タルタロス・ポイントまで200メートル!」


「いける!いけるぞ!!」


 オイゲン・メルスナー作戦幕僚が叫んだ。興奮に顔を歪めている。


 この時、アスラは一時的に減速した。目標を定めていた第18大隊を消滅させたことによって、攻撃の矛先を失ったからだ。

 タルタロス・ポイントを挟んだ向こう側には、フェイズ3部隊の無数の多脚戦車が待機していたが、偽装によって見つけられていない。


 飛び出したのはサーベイヤー大隊の残存部隊だった。


 中隊ほどに数を減らした部隊は、ラングスドルフに率いられたままアスラの前面に突出し、最後の誘導を試みる。

 多脚戦車に搭載された、作戦開始以来百回は射撃しただろう長砲身戦車砲(レールガン)が立て続けに咆哮し、マーズジャッカルⅡ は残り少ない推進剤を振り絞って上昇し、アスラの頭部に連続して合金弾を叩き込む。


 アスラは前進する。罠があるとも知らず。

 咆哮が轟いた。距離が凄まじく近いため、鼓膜を直接的に振動させる。


 大隊の勇戦を横目に、アイリスはアスラと誘導終着点の距離を示すモニターを見続ける。息は荒い。


「150メートル!」


 大地を踏みしめる足音。振動。


「100メートル!」


 何十と聞いたレールガンの砲声。

 金属の叫喚。


「50メートルっ……アスラポイント到達!!」


 アスラを示すビーコンが、タルタロス・ポイントと重なった……と思った刹那、星の底から鳴るような地響きが轟いた。


 アスラは、峡谷の上に作られた仮の大地を踏みしめ、砕く。

 架橋を連ね、その上に土砂を積み上げただけの「仮の大地」が、重量20万トン以上の怪物を支えられるわけがない。

 脆い足場は瞬く間に崩れ、それに自身の巨体の全てをかけていたアスラは、ゆっくりと、だが確実に落下していった。


「地獄に堕ちろ!!」


 誰かが叫ぶ。それはアイリスが言ったのだが、本人に自覚はない。

 直後、地球各地で発生する大規模地震を全て掛け合わせたかのような衝撃が、タルタロス・ポイントを中心に放射状に広がった。

 体高300メートル近い怪獣が、深度200メートルの谷に落下したのだ。当然の衝撃である。


 重機ですら吹き飛ばされそうな風圧によって、濛々(もうもう)たる砂埃が100メートル近い高さまで舞い上がり、視界を遮る。

 それが晴れた時に指揮所要員たちが見たのは、峡谷に挟まり、動きを封じられたアスラの姿だった。

 悔しげに頭上を見上げ、唸り声を上げている。


「アスラ、中性子砲照準点に捕縛成功!」


 タルタロス・ポイントの意味合いが、誘導終着点から中性子砲照準点に変化する。

 この瞬間、《タルタロス》作戦はフェイズ・スリーに移行したのだ。






遅れて申し訳ないです。できたら10日周期にしたいけど……


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