Episode30 献身大隊
高瀬というキャラクターをご存知ですか?
ご存知でない?
まぁ大丈夫です。劇中でちょくちょく出てきたちょっぴり口の悪い将校です。
アイリス・ブルーフィールドがいる〈タルタロス〉作戦特設前進指揮所には、刻一刻と変化する状況が様々な情報形態で飛び込んできていた。
指揮所がある四脚装甲車の内部は薄暗いが、いくつものホログラムモニターが光を発しており、暗すぎるというわけではない。
その光はずらりと並ぶオペレーターや、作戦幕僚、作戦総司令官であるアイリスの、興奮と緊張によって強張った表情をぼんやりと浮かび上がらせていた。
「損耗が激しすぎます」
フェアファックス旅団司令部から参加している砲兵幕僚が、モニターを見ながら言った。
そこには作戦参加の多脚戦車、マーズジャッカル各機の状況が一目でわかるように表化されており、大破した機体には赤色の斜め線が記されている。
砲兵幕僚は続ける。
「損耗率はすでに7割近い。このままではアスラ誘導は不可能です」
モニターの表は半分以上が赤い斜め線で埋まっている。その大半は奇襲的に行われた〈黒い霧〉の攻撃によるものだが、それが鳴りを潜めた今でも、じわじわと損害は増していた。
「予備部隊はない。フェイズ2を遂行できるのは彼らだけだ」
それに対して、首席作戦幕僚であるメルスナーが言った。
〈タルタロス〉作戦はギリギリの兵力で行われていると言って良い。
火星開拓局軍事運用部の一万人という総兵力は、広大な火星をカバーするには絶対的に数が足りないし、人類領域の防衛能力という面においても十分とは言えない。そんな人類軍のかつかつな戦力の中から、無理やり一個旅団規模もの大部隊を引き抜き、作戦遂行に当てているからだ。
予備兵力はない。増援もない。
どんなに損耗が激しくとも、大隊の組織力を少しでも残しているのなら、フェイズ2は彼らに任せるしかなかった。
「作戦司令官……」
砲兵幕僚はアイリスにすがるような目を向けた。
彼は宇宙飛行士から宇宙軍人に鞍替えを強いられた一人である。少佐という階級の持ち主であるが、戦場にはあまり慣れていない。
アイリスは沈黙を返した。腕を組み、口をきつく縛り、モニターの一点を見つめている。
沈黙を返したということは、サーベイヤー大隊に「死ぬまで戦え」と突きつけたに等しい。だが、予備兵力が無い以上、それも仕方がないことではあったが……。
アスラ誘導行程はたけなわとなりつつある。
誘導スピードは、キャプテン大隊の壊滅を境に大幅に低下していたが、サーベイヤー大隊はよく戦っているようだ、アスラは誘引路の一歩手前にまで来ていた。
サーベイヤー大隊が力尽きる前に、アスラをタルタロス・ポイント(誘導終着点)にまで到達させられるかが、作戦の肝であった。
しかし、戦況を見ていたアイリスは、それを無理だと判断する。
サーベイヤー大隊はよくやっている。だがキャプテン大隊が壊滅し、サーベイヤー大隊自体も半分近い戦力を失っている状況下で、アスラを終着点まで誘導できるとは思えなかった。
早急に代案を考える必要がある。
「アスラが誘引路に乗ったら砲兵隊による誘導砲撃を行う。担当部隊は、そうね、左翼岩塊上の多脚砲兵隊に一任するわ」
瞬時に判断し、命じた。
フェイズ3の遂行を担当する第39、第51多脚砲兵連隊は、誘導終着点の正面半周、左右後方の岩塊上に分散配備されている。
アスラが峡谷に落下した際の、中性子砲発射までの足止め部隊であるが、それの砲撃によってアスラ誘導を支援しようというのだ。
左翼岩塊上の部隊は第51多脚砲兵連隊第18大隊であり、保有する多脚戦車の数は45輌を数える。
アスラは自らにダメージを与える攻撃には過敏に反応することが判明しているから、第18大隊による一斉砲撃は、アスラを誘引できる効力を持つはずだ。
「それは……!」
アイリスの命令を聞いたメルスナーが、一瞬声を荒げたが、冷静を保って続ける。
「アスラによる〈黒い霧〉攻撃を受けた場合、岩塊上では逃げ場がありません。密集射撃隊形を形成している18大隊は、即座に潰滅してしまいます」
彼は肩を落としながらそう意見した。
フェイズ3部隊の〈黒い霧〉対策は電磁シールドによる防御であるが、シールドは大出量電力を消費するため、シールド発生可能時間は300秒のみとなっている。
その5分という少ない時間はフェイズ3──アスラが峡谷に落下した直後から使うのが適当であるため、第18大隊はシールド無しでアスラに挑まなければならない。
だが、それしか方法が無いのも事実であった。
メルスナーが肩を落としたのも、他に良い方法を見つけられなかった自分の落ち度に呆れ、無力感に苛まれているからであった。
「知っている。第18大隊には酷だが、やってもらうほかない。……フェアファックス旅団司令部に至急伝達!」
旅団司令部を通じ、第18大隊本部にそれ命令が送られた。
アイリスは小刻みに震えている。自分が発した命令の残酷さに、自分自身が恐怖しているのだった。
◇
オットー・ラングスドルフ、七尾春樹、レイフ・ハリスが乗り込んでいる高機動型多脚戦車は、アスラ誘導を継続していた。
誘導方法は今までと変わらない。
撃つ。気をひく。逃げる。の繰り返しである。
残っている多脚戦車の数は21輌。定数の三分の一以下にまで減っていたが、戦意は旺盛だ。
誰もが、死んだ仲間の分まで作戦に貢献しようとしてたし、何よりも誘引路までの距離が500メートルを切っているのが大きかった。
ラングスドルフの小隊は、どの小隊よりも果敢に行動した。
レールガンを乱射させながら、アスラの吐息が届くような距離にまで肉薄し、左右、あるいは足と足の間を抜ける。
だが、勇敢と無謀は同義でもある。ある車輌は〈黒い霧〉に捕まって削り取られ、またある車輌はアスラの巨大な足に踏まれ、プレス機に圧縮されるブリキ缶のように潰された。
ラングスドルフは本来このような戦い方を好まなかった。
しかし、なぜそのように戦っていよかというと、この行程が、人間の血によってアスラの道を作るようなものだと理解していたからだ。
自分たちが血を流すのが前提な戦いなのだ。キャプテン大隊が壊滅した今ならなおさらである。
命令とあらば命をかける自分を見て、ますます軍人だな、とラングスドルフは苦笑した。
やがてアスラは、幅200メートル、奥行き4000メートルの平坦に整備された道の端っこに佇んだ。「アスラ、誘引路に乗りましたッ」「やったぞ!」「もう少しだ!」と言った声が随所から上がり、それは作戦司令部やフェイズ3部隊に歓喜を持って迎えられる。
第18大隊本部を除いて。
第18大隊の大隊長は高瀬三等星佐だった。
背は小さいが筋肉質の短躯であり、無用な肉を削ぎ落としたかのように精悍な顔の持ち主だ。
彼は火星戦役において古参の部類に入る。火星にやってきたのは戦いが本格化する四年前、宇宙観測用望遠鏡の設置技師として、妻子共々居留地にやってきていた。
だが火星危険生命体の活発化以降、徴兵に似た形態の兵員募集により軍事運用部に入り(望遠鏡の設置工事は中断)、士官として任官された。その後は順当に経験を積み、バークレー旅団所属の基地防衛第2混成連隊のE中隊長にまで上り詰めた。
この連隊での2ヶ月間の戦闘──第2掘削基地防衛戦は、飢えと損耗で凄まじい有様であり、彼も、中隊副官であった妻を失った。
だが高瀬は悲しみに暮れることはしなかった。少佐に昇進後、第51多脚砲兵連隊第18大隊の大隊長を拝命し、今、ここにいる。
そして旅団司令部を中継して送られて来た命令は、どう考えても全滅は避けられないような内容であることを高瀬は一瞬で理解した、
「“ポインター1”より、“ブラックハウンド”大隊全機」
砲列を組む多脚戦車45輌、その一番右脇の大隊長車に乗る高瀬は、大隊を番号ではなく、異名で呼びかけた。
多脚砲兵第11空挺大隊が“キャプテン”大隊と呼ばれているように、歴戦の大隊にはそれぞれ二つ名がある。高瀬が指揮を執る多脚砲兵第18大隊も同様であり、黒い猟犬がそうだった。
高瀬は車長席に座りながら、続けた。
「これより大隊はアスラに対し、誘導砲撃を実施を実施する。目標敵胸部、統制射撃戦、用意」
予想されることではあったが、どよめきが広がり、命令遂行に反抗的な返信が相次いだ。部下たちもそれが大隊の全滅につながると分かっているのだ。
反抗されるのも当たり前か、と呟き、高瀬は自嘲的に小さく笑った。
彼も他の大多数の宇宙開拓者と同じく「軍人」となったことに抵抗を覚えた開拓局職員の一人である。核戦争のことで軍隊にはよい感情を持っておらず、戦車に乗るにも相当な抵抗感があった。
だが、今、それは無い。
惑星開拓のためには火危生をどうにかしなければならない、ということを理解していたし、何よりも娘という、命を捨てても守りたい存在があったからだ。
右前と左前の座席に座る操縦手と砲手も、「悪い冗談はやめてくれよ」と言いたげな顔でこっちを振り向いている。
高瀬は諭すように、通信マイクに声を吹き込んだ。
「この射撃には意義がある。アスラを誘引し、タルタロス・ポイントに落下させるという大きな意義が。作戦の成否に関わるのだ」
反応は芳しく無い。
高瀬は数秒間目を伏せたのち、顔を上げ、続けた。
口調が変わる。
「ここで命を張るのは悪いことじゃねぇ。散々人間様を殺しまくった怪獣を、地獄の底に落とす手助けができるんだからなぁ」
こちらを見る砲手と操縦手がニタニタと笑っている。
高瀬は本来、このような口調で物事を語る。妻を失ってからは鳴りを潜めていたが、今復活したのだ。
砲手、操縦手を勤める二人は高瀬とかなりの付き合いであり、彼らは荒っぽい口調の方が好きだった。
「それに、だ。アスラを倒せるのは今だけかもしれねぇ。こんな滅多にない機会見逃せば、孫になに自慢するんだ?」
小さい笑いが大隊の随所から上がる。
まともでは無い命令を受けて大隊長がまともではなくなった。なら我々もまともじゃなくなろう。最後までついて行こう。
「……逃げる者は止めん。去りたければ去れ」
誰も動かない。
「馬鹿野郎どもめ」
小さく罵った。
高瀬は、自分の言葉は彼らを殺すものだとわかっていたし、自分の言葉に心動かされたから部下たちは逃げなかったとも思っていない。
彼らは皆、アスラに蹂躙された人類拠点の惨状を知っている。
ここでアスラを倒さなければ、いずれ十数万の民間人が住んでいる居留地帯も襲われ、そこに住む自分の家族に被害が及ぶと理解していたからだ。
高瀬自身がそうであるように、自分の家族を守りたいがための行動であった。
「行くぞ、お前ら」
ブラックハウンド大隊。
その最後の戦いが始まった。
最近はモチベが低くてなかなか書けませんでした〜。
助けると思って、ブクマ、感想、評価待ってます!




