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鋼の光   作者: イカ大王
第五章 オペレーション”タルタロス”
31/57

Episode29 死闘鉄兵


今回は少し短めです!

 

 ◇


 《タルタロス》作戦フェイズ2で、部隊の緊密な連携という面において重要な要素がある。

 それが、統合戦闘システムである。


 フェイズ2はサーベイヤー大隊とキャプテン大隊が連携し、アスラに対して交互に攻撃と陽動を繰り返す行程である。

 この行程においては連携が要であるが、二つの指揮系統を持つ二つの部隊を効果的に運用することは難しいと考えられていた。


 それを解決するために構築されたのが、上記のシステムである。

 システムは、二個大隊に所属する機体全機の状況をリアルタイムで統合し、彼我の位置関係や発砲のタイミング、収集した諸情報などを隊員全員に共有するものだ。


 データリンクを行った機体のモニターには、サーベイヤー大隊、キャプテン大隊全ての機体の位置情報が一目でわかるように映し出されており、弾薬の損耗状況や被害状況、砲撃タイミングなどもよくわかる。


 アスラの〈黒い霧〉から逃れたイネスは、マーズジャッカルⅡのコックピット内で、そのモニターに釘付けになっていた。


「馬鹿な……」


 イネスは血の気の引いた表情のまま、呻いた。

 システム情報が映っているモニターには、キャプテン大隊所属小隊の姿が一つもない。

 ついさっきまでアスラの周囲を動き回り、誘導に大きく貢献していた精鋭多脚砲兵大隊の姿は、神隠しにあったかのように跡形もなく消失していた。


「“タイガー1”より全機。これより我が指揮を執る」


 ラングスドルフの沈痛な声が通信機より響く。


「ガイア部隊は作戦行動を継続する。サーベイヤー大隊は散開しつつ前進、アスラ誘導に当たれ」


 イネスはかぶりを振った。

 今は作戦中である。仲間の死を悼むのは後だ。


 イネスは背部スラスターを点火し、アスラに近づく。

 僚機のマーズジャッカルⅡ9機も遅れじと続き、多脚戦車もアスラに挑むべく前進した。


 アスラは前進を再開している。

 キャプテン大隊を全滅させた〈黒い霧〉は、さっきのの勢いはないものの、アスラ周辺に留まり続けている。近づいたらすぐに攻撃できる構えだ。


「全機、システムへのデータリンクを再チェックしろ。チェック後、701小隊および702小隊はただちに突入。他の小隊は支援だ。奴の足を止めるな!」


 ラングスドルフの怒号と化した命令が矢継ぎ早に発せられる。イネスは彼を冷静沈着な人間だと思っていたが、この局面では気が高ぶって仕方がないのだろう。


 モニターに映る701、702小隊の多脚戦車のビーコンが、アスラに急速に近づく。

 8両の高機動型多脚戦車は、レールガンを乱射させつつ、高速で接近。ギリギリで左右にそれ、アスラ周辺を走り回る。


 爆ぜる火炎。耳をつんざく砲声。


「イネス。君もジャッカル隊を率いて前進。奴の気を引け」

「了解」


 イネスは覚悟を決めた。

 後方のマーズジャッカルⅡに指示を飛ばす。


「“セッター2”よりジャッカル全機。我々も誘導に加わる。続け!」


 イネスは男言葉で叫び、マーズジャッカルを飛翔させた。凄まじい加速だが、それにはもう慣れた。


 マーズジャッカルⅡの腰の部分から、滑空用の翼が展開される。簡易なものだが、大気中の空気を捉え、揚力を生み出す。


 イネス機はスラスターから火炎を吐き出しながら、火星の空を飛行する。高度は100メートルを超え、さらに上昇した。


 後方視界モニターを見ると、9機のジャッカルか続いていることがわかる。

 正面には集中砲火を浴びるアスラの姿が見えている。高度は200メートル。アスラの目線に近い高度だ。


 アスラの態度に変化が生じる。おそらく、突然飛翔してきた10機の人型兵器に驚いているのだろう。

 奴にとって、人類は地上を駆け回るものでしかない。


 そんなアスラに向け、イネスは機体両腕に装備している152ミリレールガンの一連射を見舞った。

 空中で発砲したため、発射の衝撃で体勢を崩す。だがすぐに立て直し、アスラの左に抜ける。射撃の結果は敢えて見ない。

 真っ正面に見えていた怪獣の姿が右にそれ、アスラの山のような巨体すれすれを滑空した。


 後続機も次々と合金弾を打ち込み、それが終わるや、左へと抜ける。地表の多脚戦車部隊も同じだ。

 現在のアスラは進路が左にずれてしまっており、右に誘導する必要があった。


 〈黒い霧〉が攻撃してきたのは、4機目の攻撃が終わりかけていた頃だった。

 キャプテン大隊を壊滅させたような大規模なものではない。アスラ体表から何条もの小規模な筋が伸び、マーズジャッカルⅡを鷲掴みにしようと試みる。


 1機のジャッカルがやられる。


 それはもっともアスラに接近していた機体だった。

 〈黒い霧〉に接触したその機体は、空中で瞬く間にばらばらになり、きらきらした破片を撒き散らす。


 アスラは素手でも攻撃してくる。

 巨大な右腕を勢いよく振り下ろし、左に抜けようとするマーズジャッカルⅡ3番機を砕き、叩き落した。


 それは同じ養成学校22期の顔見知りであったが、仲間の死を悼む余裕はイネスにはない。〈黒い霧〉が彼女の機体にも襲いかかってきたからだ。


イネスは冷静に機体を水平方向に加速させた。

モニターには、右後方から迫る〈黒い霧〉の姿を捉えている。機体との距離は近い。加速。


(いけるか……?)


〈黒い霧〉はイネス機を捉えきれなかった。

加速するマーズジャッカルⅡから徐々に離れていき、500メートル飛翔した時には完全に逃げ切っていた。


イネスは機体をアスラ後方に着地させ、後ろを振り向いた。ごつい巨体を持つアスラの背びれが見える。

〈黒い霧〉から逃れた他の僚機もイネスの元にやってくる。

アスラは誘引路に向けて誘導されつつあった。


イネスは操縦桿を握りしめ、今一度飛翔した。

もちろん、アスラの誘導に参加するためである。

誘導終着点は近い。


「アスラ、再び誘導成功。いけます!」


隊員全員を鼓舞するように、オペレーターは歓喜の声を上げた。






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完結までどうぞお付き合いください。

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