Episode28 誘導血路
お久しぶりでございます!
進路関係やバスツアー参加で遅れました。
あと満足のいくものになかなかならなかったというのもあります!
いよいよタルタロス作戦の本番です!
お楽しみください。
◇
衛星戦艦による軌道砲攻撃の有効性は、ここ2週間のアスラを遠隔地に釘付けにする行程で立証されており、よって、作戦第一段階は順調に進むこととなった。
アスラは自らにダメージを与える打撃には過敏に反応すると判明しており、フェイズ1はこれを逆手に取ってアスラの進行方向を操作する行程である。
具体的な方法としては、アスラを左に誘導したければ左側面に、右に誘導したければ右側面に軌道砲弾を直撃させ、アスラの気を引くのだ。
作戦に従事しているとある衛星戦艦砲術員は、「馬鹿な奴め」とアスラを笑った。
アスラは自らを攻撃している存在を叩き潰すべく、軌道砲弾が飛来した方向へと顔を向け、移動を続けている。
だが、衛星戦艦は火星のはるか上空───大気圏外に位置しており、手を出せる存在ではない。
それなのに愚直に進むアスラを見てると、滑稽に思えてきたのだ。
誘導は順調。
参加戦力は敵の攻撃圏外。
フェイズ1に限って見れば、リスクなどかけらもない楽な誘導行程であった。
だがフェイズ2以降は、それを取り戻そうとするかのように、危険がつきまとう。
「アスラ、作戦地帯外縁に接近中。フェイズ2開始ポイントまの距離、約2000メートル」
作戦フェイズ2を担当する“ガイア”部隊ことキャプテン大隊とマーズサーベイヤー大隊の指揮下各機に、オペレーターの固い声が響く。
それを聞いてこれら二個大隊を構成する200名近い兵士たちは表情を引き締めた。
人型駆動兵装 A2-008L1/2“マーズジャッカルⅡ”を操るイネス・マッカートリーもその1人である。
イネス機は他のマーズジャッカルⅡと共に、少し離れた岩塊の影に伏せていた。近くにはサーベイヤー大隊主力の多脚戦車部隊も待機している。ラングスドルフ、ハルキ、レイフが乗る多脚戦車もその中にあった。
イネスは高まる拍動を抑えつつ、フェイズ2の手順を今一度思い出していた。
───フェイズ2において、サーベイヤー大隊はキャプテン大隊の後衛として機能する。
キャプテン大隊がアスラと接近戦を行い、誘導する。サーベイヤー大隊は少し離れた位置からの援護射撃でキャプテン大隊を支援する。
キャプテン大隊の被害が大きい場合はサーベイヤー大隊が前衛となり、アスラ誘導を続行する。その場合はキャプテン大隊は後衛となり、支援に徹する。
火星開拓局の誇る二個精鋭大隊は、交互に攻撃と陽動を繰り返し、互いを援護しつつ、アスラを誘導するのだ。
その際、絶対に止まってはならない。
いかにマーズジャッカル も多脚戦車も高機動型仕様に改装されていても、たちまち〈黒い霧〉に呑み込まれてしまうからだ。
『移動と攻撃を続けてアスラを挑発すると共に、グランドキャニオンのような峡谷地形を最大限に利用し、〈黒い霧〉を回避しろ』
作戦説明の時、イネスを含めた大隊全員はこのように徹底されていた。
アスラの地を揺るがす足音が耐え難い段階にまで達する。
岩塊の向こう側から山のようなサイズをもつ火危生が姿を現わした。
(本当に生物なの?)
イネスはアスラを見上げ、驚愕の表情を顔に貼り付けたまま胸中で呟いた。
大きさは見上げんばかりだ。遠近感が完全に狂う。
アスラからしたら、イネスは足元の蟻一匹にも劣る存在でしかないのだろう。
命令はまだ下らない。
アスラは2000メートルを走破し、作戦地帯外縁に到達したが、ガイア部隊の指揮を執るキャプテン大隊長の命令はまだない。
二個大隊合計64輌の多脚戦車、10機のマーズジャッカルⅡは岩塊に身を潜めたままだ。
大隊長も、間近で見るアスラに圧倒されているのかもしれない。
「“ガイア1”より大隊各機。行動開始」
命令が下ったのは約1分が経過した時だった。
大隊長の凛とした声が通信機に響いた刹那、キャプテン大隊に所属する高機動型多脚戦車が、その大きさに似合わないスピードで一斉に岩塊の影から飛び出した。
イネス機を含むサーベイヤー大隊の各機は、逆に距離を取り、アスラの正面前方へと移動する。
初動は良好だ。
キャプテン大隊機はアスラの半径200メートル圏内にばらけ、サーベイヤー大隊機はキャプテン大隊を援護できる位置に展開する。
最初に発砲したのは、キャプテン大隊本部小隊の多脚戦車4輌だった。
それらは目一杯上げた二本の砲身から火焔を噴き出させながら、アスラ正面の地表を高速移動している。
二個目、三個目の小隊も遅れじと砲撃に加わった。
───高機動型多脚戦車は従来まで四本だった脚部を六本に増やし、先端に搭載していたクロウラーを360度回転できるようにした仕様だ。
地形対応能力が格段に向上し、どんな地形でも滑るように移動することができる。加えてクロウラーの向きも自在であり、蟹のように正面を向いたまま真横に移動することも可能だ。
最高速度も桁外れに上がっており、飛ぶことはできないが、二次元的な動きで右に出る兵器はない。
キャプテン大隊の各多脚戦車はその力を遺憾なく発揮し、アスラの周辺、あるいわ真下を高速で移動する。
改装によって貫通力と速射力が向上した203ミリレールガンを絶えず撃ち、アスラ体表に複数の爆炎を躍らせる。
「どう……?」
イネスはマーズジャッカルⅡのコックピットから戦況を見守っていた。
フェイズ2において重要なことは、アスラに大隊を脅威だと思わせることだ。
それが無理でも、挑発を続け、アスラの注意を大隊に向けることが必要になる。
今、キャプテン大隊の多脚戦車小隊が行なっている攻撃は、アスラの意識をガイア部隊に向けることが目的だった。
絶えず合金弾を撃ち込まれ、アスラは苛ついている様子だ。
悔しげな唸り声を上げながら、首を左右に振って地表を滑る多脚戦車を目で追う。
人間に例えるならば、少数の蚊にたかられている状態であろう。
これを見て、キャプテン大隊長はアスラの意識は十分大隊に向いたと判断した。
周辺を動き回っていた小隊に命令を下し、部隊をアスラの左前方に集合させる。
自ずとアスラの目線も左へと向く。
フェイズ2はアスラを西に誘導しなければならないが、アスラの現在の進路は北西である。左に注意を引き、進路を修正する必要があった。
良く訓練された滑らかな動きで、多脚戦車小隊群はアスラの左前方に集合した。停車すると、一斉に射撃を行う。
放たれた無数の合金弾はアスラの顔面から首にかけて直撃し、真っ赤な火焔を奔騰させた。
頭部周辺を黒煙が立ち込める。
イネスは固唾をのんでそれを見続けた。
誘導が成功できるか否かの瀬戸際だからだ。
黒煙を振り払い、アスラの顔が姿を現した。
「!」
イネスの体を悪寒が走った。
「藪をつついてしまった」そんな気がしたからだ。
アスラは進路を変えた。
身体の向きを左前方へと向け、小癪な多脚戦車を一掃すべく前進する。誘導成功である。
「アスラ、誘導成功。繰り返します。アスラ、誘導成功!針路西へ変針!」
オペレーターの歓喜の声が響く。
アスラは左足で地面を踏みしめ、大きく左へ体をうねらせた。大地震のような振動波が八方へ散り、それはマーズジャッカルⅡのコックピット内まで伝わってくる。
「やったぞ!」
「うむ!」
ラングスドルフたちの喜びの声も聞こえてくる。
キャプテン大隊の多脚戦車は再び散開した。
小隊ごとにばらけ、アスラを囲む。
アスラの気を引くことに成功し、身体の向きを変えることも成功したが、ここからがフェイズ2の本番である。
アスラを、少なくとも誘引路までは前進させなければならないからだ。
そう具体的方法としては、『砲撃しながら逃げる』というものである。
キャプテン大隊はすでにそれを行動へと移していた。
アスラに取り付いている多脚戦車小隊の数は、12個。
そのうちの3つが、射撃を続けながらアスラ正面の地表を西へと走っている。
アスラはそれを追って前進する。一定距離離れてアスラが興味を失えば、別の3個小隊が新たに『逃げる』。
これを繰り返すことで、アスラにタルタロス・ポイントまでの道のりを歩ませるのだ。
もちろん、後衛であるサーベイヤー大隊も誘導に参加する。
キャプテン大隊ほど接近戦ではないが、アスラ針路上に展開し、誘導砲撃を行う。接近戦を行なっている多脚戦車小隊に危機が及べば、支援射撃によってアスラの注意を引き、援護する。
効果は早くも現れた。
アスラは逃げる戦車を追いかけ始める。
「“タイガー1”より全機。第701小隊から順次誘導砲撃を開始。アスラの足を止めさせるな」
ラングスドルフの指揮のもと、サーベイヤー大隊の多脚戦車隊は砲撃を開始する。
車体を進行方向に向けたまま、レールガン砲塔のみを後ろに向け、アスラに合わせた速度で進みつつ、発砲する。
砲門から青白いスパークがほとばしり、電磁加速砲特有の砲声が轟いた。
701小隊の多脚戦車に続き、順次ほかの小隊も射撃に加わる。
イネスのマーズジャッカルⅡもその一つである。
多脚戦車と共に地表を西へ走りながら、両マニピュレーターに搭載されている152ミリレールガンをアスラへと向ける。
座席後方から出てきた照準器を覗き込み、狙いを定める。十字がアスラ頭部と重なっていることを確認すると、トリガーを引いた。
両手に装備しているだけに、機体を大きな衝撃が貫く。
放たれた合金弾は音速の数十倍の初速を保ちながら直進し、アスラの頭部に吸い込まれた。
効果はない。
かすかな爆炎が躍るが、それだけである。
だが、攻撃しているのはイネスだけではない。
ラングスドルフの車輌も他の多脚戦車も、キャプテン大隊の各機もアスラを攻撃している。
束になって攻撃することで、アスラは常に無数の爆炎に包まれていた。
「まだ……出さないか」
砲声の合間にラングスドルフの探るような声が聞こえた。
小型モニタに映る彼の表情は、やや混乱したものとなっている。
何を出さないのかというと、〈黒い霧〉のことだろう。
アスラにとって最も効果的な攻撃手段のはずだが、出現させる様子はない。
フェイズ2部隊にそれを使う価値はない判断したのか、それとも別の手段があるのか。
どうやら後者のようだった。
アスラは数百メートルの長さを持つ尻尾を振り回し始めた。右へ左へと大きくうねらせ、地表を叩く。
広範囲の大地が根こそぎにされ、土砂が舞い上がり、アスラの周囲を走り回っていた多脚戦車の多くが砂埃の中に消える。
砂埃の中は悲惨な状態となっていた。
最初の一撃で4両の多脚戦車が潰され、巨大な尻尾と地面の間で大きくひしゃげる。
アスラの背後に回り込もうとしていた多脚戦車小隊は、えぐり取られた地面ごと宙に放り出され、近くの岩壁に叩きつけられる。
岩塊の影に隠れていた多脚戦車は、尻尾の一振りによって岩塊が崩れ、脱出するまもなく生き埋めになる。
奇襲的に行われた一振りによって10輌近い多脚戦車が犠牲となり、二振り、三振りめでも同数の車輌が戦闘不能となってしまった。
ただ尻尾を振るうだけでも、体高300メートル近い巨体を持つ怪獣であるだけに、相当な攻撃力があったのだ。
「キャプテン大隊、損耗率45パーセント!」
沈痛な報告が作戦部隊中を駆け回る。
それでもキャプテン大隊は任務を放棄しなかった。
誘導を続け、アスラを挑発し続ける。
その努力を突き崩すかのように、アスラは尻尾を振り続けた。
アスラの咆哮。
地を割りかねんばかりの足音。
尻尾が地面を叩く轟音。
レールガンの砲声。合金弾が命中した鋭い炸裂音。クロウラーが発するけたたましい金属音。
それら全てが絶えず鳴り響き、重なり、独特の戦場音楽を形作っていった。
気がつけば、フェイズ2の誘導行程も半分を過ぎようとしていた。
フェイズ2でアスラに進行させるべき距離は10キロメートル。そのうち5キロは走らせた。後半の4キロは誘引路であるため誘導は楽だから、あと1キロ頑張ればフェイズ2は達成されたも同然だ。
イネスは機体を駆けさせながら、正面を見やった。
そこには綺麗に整備された全長4キロに及ぶ誘引路と、それを囲むように林立する岩塊群が見える。
その先に、誘導終着地点であるタルタロス・ポイントがある。
『やれる』とイネスは思った。
あんな化け物を誘導できるか半信半疑であり、いざ間近でアスラを見てるとその疑念に拍車がかかっていたが、ここまでの誘導に成功したのだ。
こちらも無傷では済まないだろうが、あのアスラをタルタロス・ポイントに到達させることは決して不可能ではない。
イネスは自身を奮い立たせた。
それはサーベイヤー大隊の全員も同じだろう。光明が見えてきたことで、あの怪獣に立ち向かう勇気を得たのだ。
だが、アスラはそう簡単にしてやられる存在ではなかった。
突然立ち止まる。
一両の多脚戦車がつんのめり、足に激突して火焔を上げた。後続車両は壁のように切り立っているアスラを左右へ回避し、岩塊や稜線に身を隠した。
「アスラ、急停止!」
「……!」
イネスは声にならない叫びを上げた。
アスラは犬ずらな顔を天へと向け、吠える。すると背びれ付近から黒々しい浮遊金属粒子群───〈黒い霧〉が出現し、みるみるうちに増殖し始めたのだ。
〈黒い霧〉の出現は織り込み済みであり、今更驚くべきことではない。タルタロス作戦全体を通して、対策もできている。
イネスが驚いたのは、その規模であった。
それを目撃した全将兵が驚愕の叫びをあげる。
〈黒い霧〉は、アスラの巨体を覆い隠さんばかりの大きさだったからだ。
それは黒光りしながらみるみるうちに膨れ上がり、決壊した……と感じた刹那、八方へと拡散する。
「うわぁ!」
「こ、こんなの聞いてない!」
アスラによって完全にコントロールされた〈黒い霧〉は、見透かしたかのように、隠れていたキャプテン大隊各多脚戦車に襲いかかった。
───火星開拓局が考えていたフェイズ2における〈黒い霧〉対策は、機動力を強化した機体で〈黒い霧〉の襲撃スピードを上回りながら離脱、回避するという手法である。
事実、多脚戦車もマーズジャッカルも、過去の戦闘データから分かった〈黒い霧〉の最高速度を上回るように設計されていたし、加えて、渓谷地形も活かせば回避は容易だとさえ思われていた。
だが、過去の戦闘データはアスラの全力ではなかった。
奴の本気はその比ではなかったのだ。
拡散した〈黒い霧〉は通過した大地を更地にし、さらに進む。
高周波振動するアーレスメタル粒子は目の前にある全てを削り取り、それは多脚戦車も例外ではなかった。
「全機回避だ、緊急回避!奴から1メートルでも距離を置け!!」
キャプテン大隊長の乗機は、アスラの至近にいたことが祟り、とっくに呑み込まれている。
変わって“ガイア”部隊の指揮官となったラングスドルフが、冷静さのかけらもない声で叫んだ。
この〈黒い霧〉に対しては遮蔽物も意味をなさない。
キャプテン大隊そのものを呑み込んだ〈黒い霧〉は、やや離れた場所に展開していたサーベイヤー大隊にも迫る。
イネスの身体は考える間もなく動いていた。
機体をアスラとは逆側へ向け、背部の全スラスターを点火する。
高機動型に改装されているため、加速力は段違いであった。出力メーターが振り切れ、一挙に加速した刹那、首が後ろにもってかれそうになる。
だが、後ろから〈黒い霧〉が迫っている状況下では、それは最善だった。
マーズジャッカルⅡは100メートルを一気に飛翔し、〈黒い霧〉から逃れる。ちらりと後ろを見ると、サーベイヤー大隊のほとんどの機体が離脱に成功していた。
高機動型への改装と、アスラから離れたところに展開していたのが功を奏したのだ。
だが、キャプテン大隊所属の多脚戦車はほとんどが呑み込まれ、削り取られ、破壊されてしまった。
〈黒い霧〉か引いた後には無残な姿に変わった脚戦車が大量に残る。そのほとんどは原型をとどめておらず、黒煙を噴き上げ、力なく横たわっていた。
〈黒い霧〉は攻撃をやめ、アスラ周辺に漂っている。
アスラは今一度咆哮し、勝ち誇ったように大地を睥睨していた。
作戦は瓦解の危機を迎えている。
イネスは、それを認めざるおえなかった。
・プチ情報
キャプテンは多脚砲兵第11空挺大隊の愛称ですが、なぜ「キャプテン」かというと、アイリス艦長が火星に来て初めて率いた部隊だからです。
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