Episode3 眼下赤色
主人公登場!
宇宙を漂う一隻の船がある。
尾部に複数のスラスターを備えたその「宇宙船」とも呼べるものは、平べったく、のっぺりとした形状をしている。白色というのが、無機質感に拍車をかけていた。
見たところ、極限の宇宙空間を漂っているのみであり、人の気配はない。しかしながら、先端部分には虫の複眼のような窓が並び、人間が乗っていることを示していた。
その船がにわかに動き始めた。スラスターに火が入り、その推進力を元に前進を開始する。
その宇宙船の中には、数多くの人間がいた。
少佐の階級章を付けた艇長らしき人物や、エンジンと向き合うエンジニアのような人物、そして、緊張した面持ちで客席に座る100人以上の若い男女───。
「い、いよいよね……」
座席に座る霜村美沙希も、そんな緊張でどうにかなってしまいそうな100人の内の1人だった。
その理由は、「大気圏突入まで5分!」や「横揺れに注意せよ!」などの緊張を煽るアナウンスが、船内に絶え間なく響いているからだ。
強化プラスチック製のバイザーに覆われたその少女の顔は、未成年なのか、幼さが残るものだった。しかしながら、端整が極まったすらりとした鼻筋を筆頭に、その顔は大多数の言う「美人」に当てはまることは間違いない。
緊張で凝り固まった今の表情にも、どこか愛らしさがあるのは気のせいではないだろう。
「ミサ、大気圏突入は初めてじゃないでしょう。訓練で何度もやってるし。そんな緊張することかな?」
そんな少女に声をかけるもう一人の女性がいる。
美沙希よりも凛としており、大人びている。身長も美沙希より高そうだ。一緒にいる者に安心感を与えるような雰囲気を、まとっている。
名を、イネス・マッカートリーという。
「火星圏への突入は初めてだよ!」
大人びた女性に対し、美沙希はしゃちほこばって答えた。
イネスはやれやれと言いたげに肩をすくめ、言葉を重ねた。
「火星の大気の層は地球よりも厚いけど、違うのはそれだけよ。ただ、火に包まれる時間が二倍なだけ」
それを聞いた美沙希は目を見開き、首を強く横に振った。
「そぉれが嫌なのよ!地球の二倍ってところが!あの、何というか、炎に包まれる感じがどうしても好きになれないの!火星は二倍炎に包まれるからなおさやね!!」
その間も宇宙船の降下は続いている。
やがて大気圏と宇宙空間の境目を突破し、大気圏突入が始まった。
「きゃッ!」
振動が突き上げ、船外温度が瞬く間に上昇する。
宇宙船は耐熱コーティングの施された底面を大気の層へと向け、大気圏に突入してゆく。
突入開始から数分後には、轟音と火焔が船体を完全に包み込んでいた。
窓から見える船外はさながら火の滝のようであり、その閃光が乗組員の目を潰さんばかりに船内を照らし出す。
宇宙船の正式名称はAt-78b"スター・トランスポーター"。
全長120mの重力下・無重力下両用輸送艇である。
衛星軌道上に位置している超巨大武装人工衛星──衛星戦艦「サウス・フランクリン」と、惑星間の物資の輸送に多用されており、兵員150名と多数の装甲車、物質等を運搬できる能力を持っている。
今回の輸送作戦においては、美沙希やイネスを含む125名の新隊員を、地球〜火星間の中継基地とも言える衛星戦艦から、惑星居留地に輸送することが目的だった。
"スター・トランスポーター”の背後には小さくなってゆく衛星戦艦が見えており、前方には、目指す惑星が見えている。
赤く、乾いた惑星であり、みるみるうちに近づいてくる。
(頼んます。頼んます。頼んますぅ〜!)
そんな中、ミサは両手でがっちりと手すりを握り、目を瞑りを、歯をくいしばって懇願していた。
こういう時、彼女はいらないことばかりを考えてしまう。
降下舟艇が空中分解するかもしれない、摩擦で焼き尽くされるかもしれない、等の想像が頭を駆ける。
一方、隣に座るイネスは余裕の表情だ。ミサの様子を見て呆れ気味に口を開いた。
「月面飛行士学校の首席卒業生が、大気圏突入に弱いなんて。開拓局の将校が聞いたら飛び上がるわよ」
「そんなこと言ったってぇ」
船体は大きく軋み、不気味な振動を続ける。炎は降下艇にまとわりつき、船体外郭の温度は数百度を優に突破していた。
「現在。本艇は火星高層大気圏を突破、続けて中層大気圏へ突入する。ジェットストリームが吹き荒れる乱気流領域だ。各員、急激な横揺れに注意せよ」
「まだ半分よ」
艇長のアナウンスとイネスの言葉を聞き、ミサは「ひぃーー!」と唸った。
降下は続いている。
舟艇は中層大気の壁を突き破り、重力圏内へと侵入してゆく。いままで無重力だった船内に重力が生まれ、降下で浮いていた尻がシートに触れる。
美沙希はまぶたを薄く開け、船外を映すモニターを見やった。
モニターには、ミサ達を乗せた降下艇が目指す惑星が映し出されている。
赤焼け、干からびた大地。水など全く見当たらない、荒野のような星だ。
地球に最も近い惑星であり、人類地球外移民計画によって入植が進んでいる植民星──『火星』である。
(これから…私たちはあそこで戦う」
振動と恐怖に耐えながら、ミサはふと思った。
今までの辛い人生、宇宙飛行士になるための厳しい訓練、それらの記憶が彼女の頭の中を渦巻く。それでいて、それらの苦労が報われたような清々しい気分を彼女は持っていた。
「中層圏界面突破。パルス・エンジン点火、安定翼展開」
彼女は地球とも、月とも違う惑星に降り立とうとしている。
「居留地飛行管制塔よりレーザー誘導通信を受信。フィードバックシステム正常」
アナウンス・スピーカーからは、相変わらず艇長の冷静な声が聞こえてくる。
美沙希は、憧れの存在に近づくことができた喜びと、これから自分たちを待ち受けるだろう困難な惑星開拓への緊張感。この二つの興奮を胸にはらみつつ、降下舟艇の振動に身を委ねていた。
着陸の時は近い。
火星開拓局階級表(軍事運用部)
星将長
星将
一等星佐
二等星佐
三等星佐
一等星尉
二等星尉
三等星尉
上等星准尉
星准尉
飛行曹長
飛行士曹
飛行士長
一等飛行士
二等飛行士
三等飛行士
四等飛行士