Episode22 遭遇巨獣
訳あってパソコンで執筆したので、今までと比べてスマホの方は読みにくくなっているかもしれません。
◇
最初、それは一つの小高い山に見えた。
地表をゆっくりと闊歩し、周囲を睥睨している。接地面積が広い巨大な足が地面を踏みしめるたびに不動の大地が大きく揺れ、赤焼けた地面にひびが入る。
「聞きしに勝るな…こいつは」
太陽系最大の山──オリンポス山の火口付近から地を割って出現した『究極の火星危険生命』こと、"アスラ"。
それを最初に目撃したのは、第2掘削基地南方盆地から負傷者を満載して発進した航宙揚陸艇であった。
同揚陸艇に乗る眼帯金髪オールバックの熊のような男───アーネスト・アーチャー大佐は、舷側の強化ガラスに張り付いたような姿勢を維持しながら、傍の将校に続けた。
「この距離からでも肉眼で確認できる。体高は250メートルは下らない。攻撃の仕草は見られませんが、一応距離を置いた方が良いでしょうな」
アーチャーは後ろを振り返る。
将校は細々とした身体を艇長席に沈め、沈黙していた。ラテン系の顔が少し青ざめている。
「カスパー艇長」
アーチャーは呆れ気味に艇長の名を呼んだ。艇長の階級は二等星佐(中佐)だが、所属部署が軍事運用部ではなく開拓部なため、丁寧な言葉遣いになっている。
航宙揚陸艇の艇長はアーチャーの自らを呼ぶ声で我に返った。
「と、取舵一杯。前方の超弩級個体を迂回せよ…!」
アーチャーとカスパーがいるのは航宙揚陸艇の船首───昆虫の複眼のような強化ガラスに覆われた船橋だ。船橋は奥行きがあり、先端から操艦席、その斜め後ろに航海長席と火器管制長席がやや高さを持って位置している。艇長席はそのさらに後ろにあり、ブリッジ内を見渡せれるような高さを持っていた。
アーチャーは、艇長席の左右下に設置されている情報分析官席の左側に座っている。カスパー艇長を右上に見る位置だ。
この航宙揚陸艇はセントラル居留地に向かう便であり、アーチャーは同地の軍事運用部に報告書を提出するため、カスパーに無理を言って乗せてもらっていたのだ。
せっかく基地を奪還して休めると思ったのに、まさか乗った航宙揚陸艇が"アスラ"に遭遇するなんて…ついてない、とアーチャーは内心で毒づいた。
「ハードスターボード了解。艦尾補助エンジン噴射角調整。右舷スラスター、推進剤20パーセントカットで10秒間燃焼!」
「高度計問題なし。されど本艇は重貨物状態なり。船体傾斜に注意せよ」
艇長の指示に基づいた、船橋要員たちのきびきびとした号令が船橋内に響くが、航宙揚陸艇は全長200メートル近い巨躯をもつため、動きは鈍い。
それでも、ゆっくりと丸みを帯びた船首を左に滑らせ、正面にいた"アスラ"の不気味で巨大な影が右に流れる。
アーチャーは席を立ち上がって反対側の窓に移動し、観察を続けた。
右側の情報分析官席に座っていた若い女性士官が空間双眼鏡を貸してくれる。アーチャーは短く礼を言うと、筒先を地表へと向けた。
丸みを持った二つの視界が、数倍に拡大されたアスラの姿を映し出す。
「まるで怪獣だ」
彼は眼帯に覆われていない目を大きく見開き、誰にも聞こえないような声で言った。
アスラは数ある火星危険生命体のいずれにも似ていない形状をしている。強いて挙げるとすれば大型翼竜型火危生に近いだろうが、それでも共通点は少ない。
どんな攻撃も跳ね返してしてしまいそうな太くがっちりとした胴体。背中に翼は生えておらず、代わりに壁のような背びれが生えて天を睨んでいる。背びれの並びの先には長大な尾が伸びており、引きずらずに宙をしなやかに舞っていた。
胴体の前にはいかにも屈強な二本の腕が突き出しており、相手を目の前にしたプロレスラーのように、各四本の爪を正面へ向けている。
アーチャーは筒先を上へ向け、次いで下へ向けた。
胴体の頂点にはやや前かがみとなった頭部がある。
狼のような犬ずらにも見えるが、どこか角張った印象も与える頭だ。口には凹凸とした犬歯が並び、その上にはエメラルドグリーンをたたえたどこか優しげな目がある。
それら体全体を支えるのが、巨大な二つの足である。
地表に印された巨大な足跡から、爪が三本あることがわかる。古代の地球を支配していた肉食恐竜のような脚部だが、数千トンはあるだろう体躯を支えるため大きさは段違いだ。
食い入るようにアスラを見つめる。
大佐の階級を持つ彼はアスラの出現を事前に知っていたが、どのような容姿なのかまでは分からなかった。
初めて見る250メートル以上の火危生の姿に、内心では驚きを禁じえない。
「正体不明超弩級個体の分析結果出ました」
女性士官が報告する。心なしか、声が震えている。
「体高277メートル。全長580メートル。映像分析による推定総重量20万7000トン。体表はアーレス系金属で覆われているようです」
ブリッジにどよめきが広がった。
特に操艦手、航海長、火器管制長の三名である。
無理もないとアーチャーは思った。
アスラの存在は極秘であり、その存在が提唱された報告書はクラスA5以上の人間しか閲覧することができない。今この場でアスラの存在を知っているのはアーチャーとカスパーの二人のみである。
「火星開拓局全軍にアスラ出現を警告せよ」
カスパーが凛とした声で言った。
船橋要員は皆がアスラ… ?と怪訝な表情をするが、そうなったのは一瞬であり、すぐさま動き出す。艇長は続けた。
「本艇が離脱するまでで良い。情報収集を継続し、“マーズ・ロザリオ’’に逐次送信。ああ、それから戦闘に備えて───」
その時、カスパーの指示をさえぎってそれぞれの手首に通知音が鳴り響く。‘‘ CONDITION LEVEIL 7’’の発令を伝える通知だった。それとほとんど同時に外部から通信コールが入る。
アーチャーは不快感を露わにした表情を浮かべた。
レベルセブンの発令に異議があるはけではない。通信の発信元が「サウスフランクリン」艦長室だったのだ。
そこから発信できる人間は一人しかいない。
「こちら局長のアイリスよ。“Lシップ04”、聞こえるかしら」
『SOUND ONLY』の文字と通信中の表示が艇長席の眼前に浮かび上がり、女性的な声がブリッジ内に響く。
音声のみの理由は、浴室上がりのバスタオル姿を見られたくなかったからなのだが、揚陸艇のクルーにとってそんな事は知る由もない。
カスパーは、咳払い一つすると応じた。
「04番艇艇長のカスパー中佐です。感度良好。聞こえています」
内心でカスパーはビクついていた。
火星開拓の総責任者であるアイリスから直接指令が来るなど前例がない。通常は上位組織である開拓部から来るはずだ。どのような指令だろう?と、カスパーは次の言葉を待った。
「安心して」
カスパーのの内心を察したのか、アイリスは優しげな声で言った。そのまま続ける。
「命令は二つだけよ。情報収集と、それの『サウス・フランクリン』への逐次送信。25分後に軌道上物体射出砲による攻撃を予定しているから、目標の移動速度と移動方位、現在位置座標もふくめた情報を収集すること。あと…」
それを聞いた時、アーチャーは疑問を感じた。
軌道砲の目標の精密観測は、火星の衛星軌道上に配備されている観測衛星によって行われるはずであり、地上からの観測を必要としないのだ。
もしや、とアーチャーは考える。
第二掘削基地を包囲していた火危生の時ように、照準レーザーが乱屈折を起こしているのかもしれない。
だから、たまたまアスラの近くにいた航宙揚陸艇に観測を下令したのだろう。
アーチャーとカスパーを驚愕させたのは、アイリスから出た次の言葉だった。
「情報収集の手法としては威力偵察を頼むわ。距離を変えながらアスラを砲撃し、奴が誘いに乗ってくる距離を探ってちょうだい。それと皮膚体表の耐久値もよろしく」
「それは…!」
カスパーは言葉を失う。アイリスは平然と言った。
「私の記憶が正しければ、あなたの船には艦砲が搭載されているはずだけれど?」
「それは、そうですけれど…」
「そうならば!!」
彼女はさっきまでの優しげな声を殴り捨てる。音声のボリュームを示すメーターが跳ね上がった。
あまりの語気の強さに、カスパーが飛び上がりそうになる。
「…指示に従って」
打って変わり、アイリスは諭すように言った。
カスパーは彼女に反論する意思を失っている。ほかのブリッジ要員も何も言わない。
ただ一人、アーチャーだけは違った。彼女への相変わらずの怒りもあったが、冷静に言う。
「本船は今、撤収物資を満載している状態です。よって機動力も低下していますし、居留地での治療を心待ちにしている負傷者も大量に乗船しています。手の内も分からぬ火危生を挑発するには問題が多すぎるのでは?」
アイリスが沈黙した。
数秒後。
「04番艇の状況は理解しているつもりよ。でも、開拓局司令部はアスラの情報を一刻も早く欲しているの。今後の対アスラ作戦のためにもね。あなた方には苦しい戦いを強いるかもしれないけれど…」
アーチャーは拍子抜けした。
彼の知っているアイリスは尊大で傲慢な権力の権化だった。優秀な人間ではあったが、妙な性癖も手伝って出来た人間とは言えなかった。
だが、彼女は申し訳なさそうな声で部下に頼むように言った。沈黙の間にどのような心境の変化があったのだろうか。
「どうかよろしくお願いするわ。アーチャー教官」
それだけ言うと通信が切れる。
アーチャーは立ち尽くす。ブリッジ内に再びの沈黙が訪れた。
「取舵、針路2-8-0。B5種空対地戦闘用意。総員戦闘配置」
カスパーの重々しい声が耳朶を打った。
艇長は命令に従うことに決めたようだ(当然といえば当然だが)。
航宙揚陸艇の指揮官が決めた以上、階級が一つ上であろうとも覆すことはできない。
アーチャーは分析官席に戻った。カスパーが了承を求めてくるように見つめてくるが、アーチャーは特に反応を示さなかった。
内心ではアイリスのとおりに揚陸艇を動かしても問題ない気がしている。彼女は局長としては優秀なのだ。
船内が赤色灯で彩られ、ブザー音が鳴り響いている。命令と復唱がブリッジ内に木霊する。
ゆっくりと船首が右に流れ、航宙揚陸艇は地表を東へと進むアスラを右前方に望む位置に占位した。
「底部電磁軌条加速砲、測的完了。射撃準備よし。全火器火力管制!」
火器管制長が興奮気味に報告した。
「火管長。目標との距離は?」
「約6000メートル。目標とは毎分150メートルで接近中」
火管長の青年は即答した。
「距離5000にて発砲。発射弾数8」
航宙揚陸艇が搭載する最大武装は、底部に天地逆向きに装備された330ミリ連装レールガン砲塔だ。
多脚戦車に搭載されているものよりも門数は二門少ないが、口径は10センチ以上大きく、砲弾重量や向上した初速などを勘案すると打撃力は四倍以上だと言われている。
そんな砲からすれば、距離5キロは至近距離と言えるだろう。
だが、船外右前方の凄まじい巨体を持ったアスラを見る限り、距離1000メートルからでも効きそうには見えなかった。
カスパーはそんな思いを抱きながらも、淀みなく指示を発し続ける。
「命中確認後は被弾箇所を観測しつつ右へ回頭し、距離を詰めつつアスラの前方へ回り込む。分析官」
「はっ」
「これからのアスラの動向を全て記録。軌道砲関係の観測情報はリアルタイムで送信だ」
「了解しました」
アーチャーはテキパキと動くクルーを横目で見ながら、船外モニターの映像に視線を落としている。
揚陸艇はアスラの背後を右から左に横切る針路だ。モニターにはアスラの崖のような背中が映っている。
揚陸艇は全長200メートルの大きさを持ち、アスラもその存在に気がついているだろう。
だが、全くそんなそぶりを見せない。
脅威だと認識していないのか、そんな暇がないのか。
「ん?」
その時、アーチャーは気づいた。
小さすぎてわからなかっが、背中に黒いもやのようなものが舞っていたのだ。
その正体はわからない。
距離5キロは、もう間も無くであった。
アスラのちからは次回以降です!
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