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鋼の光   作者: イカ大王
第三章 第二基地降下作戦
19/57

Episode17 高地突入

更新が間延びしがちですね。

申し訳ない。



   


 超低空飛行を維持したまま、高速で205高地を目指す双発回転翼機の一群がいた。

 機数は16機。

 ミサイルポットや大口径機銃を搭載した支援用のガンシップ5機が先行し、その後方を11機の輸送機仕様が続く。

 輸送機仕様が腹に抱えているのは、今回の作戦の要でもある人型駆動兵装マーズジャッカルだ。

 その数は回転翼機1機に2機ずつ───計22機。

 マーズサーベイヤー大隊が現時点で保有するすべての機体である。

 その機体の中には当然、美沙希、イネス、エヴァの機体もあった。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


 回転翼機十番機に吊るされている霜村美沙希は、両手で操縦桿を握り締めながら、徐々に自らの心臓の鼓動が早まっているのを感じていた。


 今頃、第2基地の東側と西側では多脚戦車を中心とする陽動部隊が攻撃を加えているはずだが、北側すべての火危生がそちらに向かったとは考えにくい。

 陽動部隊は美沙希達がやりやすいように、なるべく敵を引きつけようと努力してくれているであろうが、少なからずの火危生が北面──205高地周辺に残っているだろう。

 高地周辺に降りた瞬間からは一瞬の猶予も許されず、俊敏に動かなければ、20機ほどのマーズジャッカルなど簡単に捻り潰される。


『少しのミスが、作戦の失敗や部隊の全滅に直結する』『自分のために、人が死ぬかもしれない』


 このことが、美沙希の心に重圧を与えていた。


「安心しなってミサ」


 その時、頼もしい声が聞こえた。

 戦死したスンシルの代わりに美沙希のペアとなったエヴァである。

 今回はある事情から、美沙希のペアを格闘の名人であるエヴァが務めることとなっていた。


「お前が観測に集中できるようしっかりと守るからさ。俺だけじゃない。イネスも、大隊長のアーチャー大佐も、他のみんなも同じだ」


 モニターに映る彼女はニンマリと笑い、胸を張った。



 ──この作戦の主目的は、第2掘削基地を包囲する火危生大型翼竜型およそ400体を殲滅し、稼働を停止している基地を復旧させ、希少万能金属アーレスメタルの供給を再開させることである。

 幸い、基地本体には被害が及んでおらず、火危生群を撃滅さえすれば基地復旧は素早く行うことができるが、火危生を撃滅する局面において、重大な問題が生じた。

 もっとも効率の良い方法は、衛星戦艦による軌道上物体射出砲の制圧射撃であるが、正体不明の照準レーザー乱屈折現象が多発し、正確な射撃ができないのである。

 照準をせず、火危群の予想ポイントに砲弾を撃ち込む案もあったが、正確さを欠いた砲撃は、基地内に残っている人間を巻き添えにし、基地の設備すらも破壊する危険性をはらんでいる。

 人材保護の観点からも、アーレスメタルの迅速な供給の観点から見ても、人を巻き添えにし、基地を破壊する行為は容認できない。


 それを踏まえて火星開拓局司令部にて立案された作戦が、人型兵器による直接観測である。

 基地の北方に存在する205高地の山頂からならば、第2基地の全容を収めることができるし、同時に、基地を包囲する火危生一匹一匹の位置までバッチリだろう。

 そうなれば正確な観測データを衛星戦艦に送信することができ、火危生群制圧に繋がる。


 その重要な観測を任されたのが、月面飛行士学校を首席で卒業し、マーズジャッカル最良パイロットと謳われている美沙希なのだ。

 美沙希機には観測用の大型機材が搭載され、即席ではあるが、観測機体に変貌を遂げている。


 美沙希が危惧しているのは、自分の『守られる存在』という立ち位置である。


 能力的には観測に全く問題ない。

 だが、機材や時間の関係上、観測機体が美沙希の一機しか作れなかった。

 美沙希が失敗すれば、それは作戦の失敗を意味するのだ。

 加えて、重量のある機材を搭載している関係上、機動力が大幅に低下し、美沙希機は常に護衛を必要とする。

 エヴァがペアになったのはそのことが大きい。


 別に、美沙希は自らの機体が鈍重化し、自身が死亡する可能性が高まったことに対してプレッシャーを感じているわけではない。


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 自分を守って人が死んでしまうかもしれない。

 その一点が、彼女は嫌だった。



(そうなったら、私は耐えられない…)



 そう心の中で呟いた時、鉄板をバッドで力任せに叩いたような音が響き渡り、美沙希は思考の渦から戻った。

 機体の下から上へと衝撃が通過し、コックピットの中がピリピリと震える。


「おっと」


 マーズジャッカルのつま先が、地面を擦ったのだ。


「悪い。大丈夫か?」

「大丈夫です」


 パイロットが心配そうに聞き、美沙希は言った。


「ちなみに降下地点まで10分だ」

「了解しました」


 美沙希はパイロットと言葉を交わし、夕日に赤く染まる地表を見下ろす。

 地面はすぐ眼下にあり、それは高速で前から後ろへと流れている。

 高度10m以下の超低空飛行。

 美沙希は回転翼機の操縦は学ばなかったが、並大抵の技量ではできない神業だ。

 未熟なパイロットならば、すぐに地面に激突してしまうような危険な高度であろう。

 そんな地面に張り付くような高さを、回転翼機十番機は二機のマーズジャッカルを抱えながら飛行している。


 そんな高度を黙々と進む編隊。

 異変が起こったのは、およそ3分が経過した頃だった。


 突然、けたたましい警告音が鳴り響く。

 美沙希がハッとして顔を上げると、ホログラムモニターに浮かび上がった『陽電子濃度上昇』の文字が視界内に飛び込んだ。

 文字は警告音と共に、真っ赤に点滅している。


「この高度でか!?」


 エヴァの驚愕した声が通信機から飛び出す。


 わざわざこんな危険な高度を飛行していた理由は、火危生に気付かれずに基地に近づくためなのもあるが、熱線砲の射角の外を飛び、それによる被害を受けないようにするのも大きい。

 だが、当然のことのように、陽電子濃度検知機構は反応した。

「あり得ない」と、パイロット全員が思ったことだろう。


 エヴァの驚愕した声に続き、編隊指揮官の冷静な声が響く。


「“ガーディアン・リーダー”より全機、頭上より陽電子反応。各機、機体間隔を空けて回避せよ。臨界まで10秒」


 “ガーディアン”とはこの編隊につけられたコードネームであり、“リーダー”はアーチャー機とイネス機を輸送する回転翼機一番機のことだ。

 編隊の指揮を任される一番機の機長が、陽電子濃度の濃い方角を素早く割り出し、指揮下の回転翼機に警告を発したのだ。


散開(ブレイク)散開(ブレイク)散開(ブレイク)!」


 美沙希とエヴァを運ぶ十番機の前方には九番機が、左側には十一番機が飛行していたが、「散開!」の声とともに大きくばらける。

 各機ともティルトローターを高速で回転させながら、速度を落とすことなく、それぞれの方向に散開してゆく。

 十番機は超低空飛行を維持したまま右に旋回し、味方機から距離を置いた。

 輸送されるマーズジャッカルには遠心力で左に力がかかり、美沙希も左のモニターに頭をぶつけそうになる。


 事前のブリーフィングで伝えられていた『荷電粒子砲』は、散開後。数秒と経たずに襲いかかってきた。


「陽電子臨界点。来るぞ!」


 誰かの焦った声が聞こえた刹那、地面に張り付くように飛んでいる編隊の頭上から、赤白いビームが降り注いでくる。

 赤白いビームは十番機の左側をかすめ、地面に直撃した。

 真っ白な閃光が左視界を包み込み、美沙希は思わず目を閉じる。

 ビームは数秒間地面を照射し、途切れた。地面はバターのように焼き切れ、砂つぶが融解して溶岩と化す。


「外れた…」

「まだだ!!」


 美沙希は安堵の表情を浮かべるが、エヴァが制する。

 一射目に続き、二射目、三射目が立て続けに発射される。

 二射目は十番機ではなく、その前にいた九番機の左エンジンを上から下に貫いた。

 推進力の半分を失った回転翼機はバランスを崩し、左に傾きながら地面に激突する。

 高度が低いため、喰らってから墜落までの時間が凄まじく短い。

 脱出は不可能だろう。


「“ガーディアン9”墜落!」

「エッシャーがやられたか。いい奴だったのに」


 美沙希機を運ぶパイロットの残念そうな声が聞こえた直後、三射目が、振り下ろされる凶刃の如き凄みを持ちながら襲いかかってくる。


 美沙希が歯を食いしばった刹那、三射目は一射目と同様に回転翼機に命中することなく、地面をえぐりとった。

 だが、熱線を回避しようと急旋回した機体が右の翼を地面に接触させ、接触点を基点に、あたかも独楽のように回転した。

 超低空飛行のままの回避には、やはり無理があった。

 操縦をしくじり、致命傷を受けたその機体は、マーズジャッカルを抱えたまま赤い地面に滑り込む。


(また…やられた)


 美沙希は自らの胸が痛むのを感じる。

 二機の回転翼機が撃墜され、パイロット二名とマーズジャッカルのパイロット四名が命を散らしたのだ。

 マーズジャッカルのパイロットは、自分やエヴァと同じ月面飛行士学校22期の卒業生である。

 当然、顔馴染みだ。

 知り合いが目の前で死んでいくのは、見るに耐えない。


「降下ポイントまで120秒」

「奴らの命中率は高くない!このまま突っ込む!」


 量子コンピューターの電子音声に続き。アーチャー大佐の張りのある声が通信機から飛び出した。


 熱線砲搭載の火危生翼竜型は、おそらく、編隊の上空を飛びながら熱線砲を放っている。

 自らが大きく揺れながら放っているため、命中率は低い。

 アーチャーはそのことを見抜き、部下たちに指示を送ったのだ。


 先頭で傘型の編隊を組んでいたガンシップのうち、右に展開していた二機がティルトローターの角度を上げ、上昇に転ずる。

 恐らく、上空を並走している粒子砲個体に対処するのだろう。

 二機のガンシップは両翼の大口径機関砲を撃ちながら機首を上向け、美沙希の視界外に消えた。

 それを拍子にして、上空から熱線砲が襲ってくることはなくなる。


 後方上空では二機のガンシップと三体の粒子砲個体が空中戦を行っているだろうが、美沙希機からは視界外で見えない。

 仮に見えても、この時すでに、美沙希の集中は前方に向いていた。

 粒子砲個体の攻撃を二機の損失で凌いだ編隊の目の前には、急な斜面を持った小高い丘が鎮座している。


 205高地───ひたすら目指していた、部隊の戦略目標である。

 この高地に登りさえすれば、作戦は成功したと言っても過言ではない。


「降下ポイントまで10秒。9秒。8秒」


 電子音声がカウントを開始し、護衛機以外の生き残り──輸送機仕様9機が大きく減速した。

 90度前へ倒されていたプロペラが徐々に上向き、先端が頭上を向いた時には、回転翼機は地面すれすれでホバリングに移っている。


「降下!降下!」


 風圧によって捲き上る砂埃が視界を遮るが、回転翼機下部に付いているサーチライトが地面を照らし、着地点を示してくれる。


「幸運を祈る。行ってこい!」


 ここまで運んでくれたパイロットのその言葉を境に、マーズジャッカルをガッチリと掴んでいたアームが解放され、美沙希機とエヴァ機は放り出された。

 背面に搭載されたバーニアが数秒間点火し、美沙希機とエヴァ機は落下スピードを押し殺しながら地面に着地する。

 着地した瞬間、足の裏を通じて衝撃が貫き、コックピット内は大きく揺れた。


「さすがだぜ。ミサ」


 衝撃の余韻が小さくなる頃、エヴァが賛嘆するように言った。


「え?」


 美沙希は聞き返す。

 美沙希機は観測機体に改装された影響で重量が増加していたが、通常機のように難なく着地している。

 一見地味だが、舌を巻くほどの操縦技術である。

 エヴァはそのことを言ったようだが、美沙希にその難しさの実感はなく、「?」が脳裏に浮かんでいた。


「まぁいい。行くぞ!」


 エヴァは半ば呆れ気味に言い、美沙希機の肩をポンと叩く。

 降下後は速やかに合流地点に向かうよう言われているが、熱線砲によって編隊を乱された状態のまま降下したため、マーズジャッカルは離れ離れとなってしまっている。

 急いだ方がいい。

 エヴァに対し、美沙希は「ええ!」と力強く答えた。


 刹那、たった今美沙希達を切り離した回転翼機が赤白いビームに貫かれる。

 二機のマーズジャッカルを下ろしたことで重量が一気に軽くなり、機体の高度が数メートル上がってしまったのだろう。

 それが火危生に見逃される筈がなく、基地北面にいる粒子砲個体に撃墜されてしまったようだ。


 機体は打撃と対消滅によってばらばらに砕け、地面に叩きつけられる。


 美沙希は一瞬、パイロットを助けに行こうと考えたが、自らの役割を思い出してやめる。

 パイロットを助けている余裕はない。敵地に乗り込んだ以上、たった1秒でも惜しい。


「ごめんなさい!」


 美沙希は歯を食いしばり、自らのマーズジャッカルを合流地点に向けて駆けさせた。

 機体の左腕には、高速振動波ブレードと一体化した装甲帯(シールド)を装着し、右手は75mmコイルブラスターキャノンの銃把を握っている。

 背部には光学レンズやデータ送受信アンテナなどが搭載された機材を背負っており、マーズジャッカルの走りをややぎこちないものにする。


 正面には、ブレードが付いていない簡易シールドを両腕に装着し、体高の1.5倍の長さを持つナギナタを持ったエヴァ機がおり、美沙希機を先導している。


 駆けること1分。

 すでに日は没しており、周辺は薄暗いが、合流地点に多数のマーズジャッカルを確認することができた。

 その数は16機。

 美沙希、エヴァ以外の生き残り全機だ。


「ミサキ。来たか」


 カラーリングが少し異なる機体が二人を迎える。大隊長の仕様機だ。

 装備は標準であり、左腕にブレード付シールドを、右手にはブラスターキャノンを握っている。


「お前らが最後だ。猶予はない、すぐに登るぞ」


 アーチャー大佐の強面がモニターに映る。


「私とフリント、マーカスが先頭を進む。ミサキの直衛はエヴァとイネス。残りの10機は3人を円環態勢で囲む。絶対にミサキ機を守れ。山頂到達後はミサキの観測データ送信を支援。熱線砲に注意しろ」


 アーチャーは早口に指示を出し、山頂に銃口を向けた。


「何か質問は?」


 誰も何も言わない。

 マーズジャッカルを操る10代、20代の少年少女たちは、沈黙を守っている。


「よろしい。スピードを意識したまま駆け上がれ。行くぞッ!」


 アーチャーの一喝するような号令をきっかけとして、マーズジャッカル18機は205高地を登り始めた。


 同じ頃。

 第2基地北面では、早くもマーズジャッカル部隊に気付いた大量の火危生が、205高地に殺到しようとしていた。


 戦いは激化の一途をたどっている。







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